第116話 招待状
色んな事があった離宮への旅だったが、その収穫は大きかった。
王族に割り当てられている資金は、ソアラが財務部に所属した事でキッチリと管理され収支が合うようになっていた。
不正を働いていたモーリスは、あの後王宮に連れて来られ、今は王宮の牢屋に収監されて取り調べを受けている。
モーリスの妹の嫁ぎ先のワイアット商会の会長も捕らえられて、取り調べ受けている最中だ。
長年に渡って王族を欺いていた彼等の極刑は免れ無い。
しかし……
ワイアットと言う妹の嫁ぎ先の商家の名で横領したお金と、離宮に割り当てられたお金の横領で得たお金は、数年前の洪水で壊滅的になった彼の領地の復興に当てられた。
当時、前国王が病に倒れた事により、モーリスの領地の復興の為に政府は動かなかった。
政府も混乱していたのである。
その負い目がある事からモーリスの極刑だけは免れた。
ビクトリアの情状酌量の懇願もあった事も大きかった。
当然ながらワイアット商会の全財産は没収されて、この横領事件は秘密裏に終わった。
***
初夏に行われる王室の三大行事の一つの、国王の誕生祭が間近に迫った頃。
ルシオはとんでもない話を聞かされた。
なんと……
ルシオの妹のシンシア王女と、隣国のマクセント王国の王太子フレディの婚姻話が持ち上がったのである。
「 はぁ!? シンシアとフレディ殿? 」
国王の執務室に呼ばれ、サイラスからこの話を聞かされたルシオは、すっとんきょうな声を上げた。
父親であれども、サイラスの前でルシオのこの所為は珍しい。
寝耳に水とは正にこの事で。
シンシアは、先日に誕生日を迎え16歳になったばかりである。
フレディは27歳。
いくら16歳は結婚出来る歳だと言っても……
流石に大人のフレディとの差は大きい。
シンシアは、近々開催される国王陛下の誕生祭でデビュタントで社交界にデビューをする予定だ。
過去にもフレディには婚約者もいなかったし、10歳程度の年の差ならば……
これはもう許容範囲である。
両国での鉱山の発掘事業が始まった事から、お互いの友好の為だと言えばそれは有りなのだが。
「 父上! 何もシンシアを犠牲にしなくても、両国の事業は成功致します 」
「 いや、それが…… 」
サイラスの歯切れが悪い。
眉尻を下げて困ったような顔をしている。
「 シアが……フレディ殿に恋をしたらしいのだ 」
「 ………………はぁ? 」
シンシアがフレディ殿に?
ルシオはまたもやすっとんきょうな声を上げた。
それは……
ドルーア王国とマクセント王国との鉱山発掘事業で、フレディが来国して来た時の事だ。
まだデビュタント前であったシンシアは、晩餐会や舞踏会に出る事は無かったが、フレディを招いての昼食やお茶会を何度か共にした。
ルシオはその時のシンシアとフレディの様子を思い返した。
何時もなら誰といてもお喋りなシンシアは……
確かに口数が少なかった。
他国の王太子の前だから緊張してるのかと、気にも止めなかったが。
フレディが優しくシンシアに話し掛けると、シンシアは恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
しかし……
大人の男の色気たっぷりのフレディと、小さな愛らしい少女のシンシアの姿がそこにあっただけで。
ルシオは両手で顔を覆った。
シンシアの理想の男性は兄のルシオだ。
その見目麗しい様相には、妹であっても惚れ惚れする程で。
だからこそ……
地味で冴えないソアラがルシオには相応しくないと思っていたのだ。
ルーナの策略にまんまとはまったのも、そう言う思いがあったからで。
それは……
ルシオの横に並ぶのならば、可愛らしいルーナの方がマシだと思わせる策略だ。
自分の結婚相手は何処かの国の王子様だと、シンシアは物心が付いた時から決めていた。
貴族に降嫁するなんて絶対にお断りだと思っていて。
将来は未来の国王となる王子然とした兄の、横に並び立つ妃に自分の未来の姿を重ねたのである。
王女から妃へ。
「 ドルーア王国に、こんなに可愛らしい姫がいた事を知らなかった私は不幸でした 」
自分の前で跪いて、その手の甲に口付けをした凛々しい顔の王太子フレディに、シンシアは一目惚れをしたのである。
皆が自分の前に跪く王女であっても……
本物の王子様のその所為は、王女の心をもときめかす破壊力があると言う事だ。
ルーナがルシオにあれ程に、誤解と執着心を抱いたのも仕方の無い事であった。
***
「 シンシアはまだ子供です」
どうみても釣り合わない。
「 シンシアも先日16歳になった。婚約だけでもと、ランドリアが打診をしている所だ 」
ドルーア王国は16歳で男女共に結婚が出来る年齢だ。
だけど学園がある事から、学園時代に婚約をして卒業を待って結婚をする貴族令嬢が多い。
令息達は、やはり仕事があるのでの22歳以降に結婚する事が多いと言う。
勿論、仕事の種類にもよるが、やはり騎士達の結婚は遅くなりがちだった。
1年間は寄宿舎生活をしなければならない事もあるが、全身全霊をかけて訓練に勤しまないと、一人前の騎士にはなれないからである。
だからこそ……
ブライアンとルーナの結婚も遅れたのだった。
「 しかしだ……うまく行けば両国の関係も、より強固なものになると思うがな 」
サイラスはかなり乗り気でいるみたいだ。
「 父上! フレディ殿の噂をご存知ですか? 」
あんな百戦錬磨の王太子に可愛いシンシアを渡すわけにはいかない。
「 まあ、噂は噂。それに結婚する前の事は何ら問題は無いと思うぞ 」
実際に見たフレディはやはり王子然としていて、彼よりも2歳年下のルシオよりも立派に見えた。
世界中を旅したりと、色んな事に経験豊富な男なので。
「 まあ、ネックはフレディ殿が待ってくれるかどうかだがな 」
学園だけは卒業させたいとサイラスは思っていて。
「 王女が誰かに恋をする事なんて稀有な事だ。余はシアの初恋を叶えてやりたいと思うぞ 」
サイラスは一人娘のシンシアに兎に角甘かった。
冗談じゃない!
フレディ殿はソアラを欲しいと言っていたんだぞ?
ルシオはこの話をソアラにした。
昼食を共にしている時に。
ソアラの体内時計はきっちりしていて、ルシオが12時に迎えに来なければさっさと食堂に行ってしまう。
仕事中のソアラは仕事優先だ。
なのでこの日のルシオは、廊下を走ってソアラを迎えに来たと言う。
ゼエゼエと息を切らしながら。
「 シンシア王女殿下が……フレディ様を? 」
ソアラは考えた。
デザートのアップルパイを頬張りながら。
とても美味しそうに食べる姿に、ルシオは目を細めた。
あの暴漢騒ぎがあった時。
ソアラに食べさせたくて……
離宮のガゼボに持参したアップルパイは、結局食べられる事は無かったのだ。
「 ソアラはどう思う? 」
「 それは……」
フレディは26歳。
シンシアは16歳。
ソアラの弟のイアンはシンシアと同い年だ。
今彼は……
将来の王太子妃の弟として、女子生徒から注目の的にある。
ルシオの計らいにより、別の建物にある特進クラスに移った事で難を逃れているが。
「 ………嫌だわ 」
「 嫌? 」
ルシオはソアラが嫌だと言った事にドキリとした。
ソアラがあれ程に慕うディランがフレディなのである。
フレディが本気でソアラを口説けば、ソアラがフレディの所へ行くのでは無いかと思ってしまうのだ。
ソアラが自分の事を好きだと言ってくれているにも関わらず。
まだ始まったばかりの2人の恋は、確固たるものにはなっていなくて。
麗しの王太子殿下と言われているルシオでさえも、不安がつきまとう。
ましてやフレディは百戦錬磨の女たらしの王太子なのだから。
「 どうして嫌なの? 」
ルシオはソアラの返事を待った。
ソアラが何を言うのかドキドキして。
「 イアンが10歳も年上の女性と結婚するなんて嫌だわ 」
ソアラが嫌だと言ったのはシンシアに、弟のイアンを重ねた事からで。
「 イアン…… 」
ルシオは、ソアラがそう言った事にホッと胸を撫で下ろした。
***
「 父上は、今度の誕生祭にフレディ殿を招待すると言っていた 」
要はお見合いだ。
「 まあ! フレディ様が? 」
ルシオは、少し嬉しそうな顔をしたソアラを敢えてスルーした。
フレディ殿がディランである事は変わらない。
そこに恋心が無い事は分かっている。
だから……
今はもっと僕がソアラと仲良くなる事が重要だ。
「 ソアラ? 」
「 はい 」
ルシオがソアラの顔を覗き込んで来た。
少し腰を折って。
「 聞いて良い? 」
「 ……はい……」
ルシオの形の良い高い鼻が、ソアラの鼻にくっつきそうで。
慌てたソアラは一歩だけ後退りした。
「 君は何時まで僕を殿下と呼ぶつもり? 」
「 ? 」
「 そろそろ名前で呼んで欲しいな 」
「 ……そんな……殿下をお名前で呼ぶなんて…… 」
少し拗ねたような顔をしたルシオに、ソアラは両手を自分の胸の前で振った。
畏れ多い事ですと言って。
昼食を食べた後、2人は王族専用の庭園を散歩していた。
小高い丘にあるガゼボの近くでは、庭師達が芝生の上に座ってお昼を食べている姿があった。
「 フレディ殿は名前で呼んでいるのに? 」
「 それは…… 」
「 ルシオと言ってみて? 」
「 ……両陛下も、敬称で呼び合っておられますわ 」
サイラスとエリザベスは『陛下』『王妃』と、お互いに呼び合っている。
「 父上と母上は、2人だけの時は愛称で呼び合っているよ 」
「 それは……お2人はご学友で、王妃陛下は公爵令嬢だった身分の高いお方です。私とは立場が違います 」
殿下をお名前でお呼びするなんて……
まだ私にはハードルが高過ぎる。
ソアラは一生懸命頭を横に振って全力で否定をした。
「 僕達はもうキスもしている恋人同士なのに? 」
「 ……それは…… 」
「 ル・シ・オ……一度言ってごらん? 」
俯いていたソアラの顎をルシオはそっと持ち上げた。
ルシオを見やれば……
ご褒美を待っている犬が、尻尾をブルンブルン振っていかのようで。
キラキラした瞳をしてソアラに顔を近付けて来た。
「 ル……ル……シオさま 」
「 ………もう一回 」
「 ……ルシオ様 」
「 ソアラ 」
「 ルシオ様」
「 ソアラ 」
お互いに名前で呼び合って。
2人は恥ずかしそうに笑い合った。
本当は、様はいらないが……
今のソアラにはこれが精一杯だろう。
ルシオはソアラを掻き抱いた。
「 ソアラ!大好きだ! 」
「 キャア! 殿下! 人がいます! 」
庭師達がこっちを見ていて……
少し離れた場所には当然ながら騎士達がいて。
「 早く慣れて! 僕達の生活は人に見られている生活なんだから 」
ルシオはソアラを腕の中に抱えたままにクスリと笑った。
ソアラが離れようとして、バタバタともがいているのが可愛くて。
ルシオはソアラの頭にチュッと唇を落とした。
唇への口付けは帰りの馬車の中でしようと思いながら。
この日の午後の公務は余裕があって、ソアラを自宅まで送って行くつもりだったので。
そんな風に……
ルシオとソアラの距離は少しずつ近付いていた。
***
財務部の仕事とお妃教育で忙しくしていたソアラは、初夏に開催される誕生祭に向けての準備を手伝う事になった。
これもお妃教育の一貫だ。
王宮で開催される晩餐会や舞踏会の準備は、全て王妃が取り仕切る事からで。
フローレン家では、夜会など開催した事など無いから、覚えなければならない事が山積みだった。
この日はエリザベスの執務室に出向き、招待客の返信の封書をチェックしていた。
貴族名鑑の姿絵を見ながら。
貴族の名前と顔を覚える事は王族ならば必須だ。
ソアラは既に大半を覚えていたが。
「 ……!? 」
ソアラは何枚かの封書の中から、ある封書を手に取った。
それは、サウス公爵家の家紋のある封書。
封を開けたそこには……
出席者の名前に、アメリア・サウスの名前があった。
1ヶ月後の誕生祭。
アメリアが……
半年振りに社交界に戻って来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます