第76話 閑話─誰にも言いません




「 あの女官がソアラ嬢だと!? 」

 フレディは驚いた。

 シリウスからそれを聞いて。



 マクセント王国の王太子フレディは王宮の客間に滞在していて。

 あの後、シリウスと一緒に自分の客間に戻っていた。



 ムニエ語を話せる者が両国の要人達の中には居なかった事から、ウエスト家の執事に通訳を頼んだのである。


 勿論、他の貴族や平民達には話せる者もいるだろうが。

 国の重要な案件に、関係者以外を関わらせる訳にはいかない。


 ウエスト家はサイラス国王が王太子時代の政権だった事から、サイラスは彼らを信頼していた。



 あの後、通訳のロイド・バッセン伯爵は体調が悪いと言って直ぐに帰宅した。


 フレディがシリウスに話を聞いた所、ロイドが今までムニエ語を話すのは聞いた事は無いと言う。

 久し振りにムニエ語を話したらしい。


 だから……

 彼が間違えたと言えばそうかも知れないと。

 

 前政権では財務部の部長をしており、今はウエスト公爵家の執事であるロイドが、かなり年がいっているのは事実なのだから。



 しかしだ。

 ゼット会長の言っている事と違うのであれば仕切り直しだ。


 マクセント王国の大臣達も憤慨している所である。



 それも頭が痛い事だが……


 フレディはあの後、ドルーア王国で発刊された新聞を読んで心を痛めていた。


 ちょっとした悪戯心がとんでも無い事になってしまったと。

 自分がディランだと気付かないソアラを、驚かそうとしてやらかしてしまったのだ。


 あれ程驚くとは思わなかったが。



 しかしだ。

 自分が驚かせたのだとは言えなくて。


 無許可で他国の王太子が入国したばかりでは無く、王太子の婚約者であるソアラに女性だと騙して、ダンスの講師をしていた事はどうしても言えない。



 シリウスを見れば嬉しそうにしている。


「 彼女は納税の時でも凄かったんだ 。父上にだって、あんな風に言い負かしていたんだよ 」

 ……と言う顔は蕩けそうで。



 急遽帰国をしなければならなくなったフレディと共に、シリウスもマクセント王国に戻った。


「 親が結婚をしろと煩いから、そろそろ家に定着しようかと思ってね 」

 ウエスト公爵家の嫡男シリウスは、フレディにそう言って自国への帰国の準備を始めた。



 シリウスはマクセント王国にいる恋人達との関係は全て精算して来た。

 中には本気だった女もいて泣かれもしたが。



 別にソアラとどうこうなりたい訳では無い。

 彼女は自国の王太子殿下の婚約者なのだから。


 だけどソアラに出会った事から……

 自分もこんな令嬢と、ちゃんとした結婚をしたいと思ったのは確かだった。




 ***




「 シリウス……今から重要な事を言う 」

「 ? 」

「 ソアラ嬢はとんでも無い誤解をしている 」

「 誤解とは? 」

「 私とお前が恋人同士だと思っている 」

「 ? それは……殿下がディランとして、ずっとアピールして来たからでは? 」


 ソアラとのダンスのレッスンの時は、恋人同士だと言う事を必死で否定するシリウスが面白くて、わざとソアラの前でイチャイチャしたのだ。



 フレディは話した。

 ソアラが自分とシリウスの事を、にあると思っている事を。


「 はあ!?……何でまたそんな話に? 」

「 私がディランだと言ったら……何故かだと思ったみたいだ 」


「 ……… 」

 今度は男同士のカップルだと思っているだと?

 殿下をマクセント王国の王太子殿下と知った上で?


 シリウスはフレディの勘違いだと思った。

 いや、思いたかった。



 辺りは暗くなり自宅に帰る為に、シリウスはフレディの部屋から出て来た。


 扉を開けて廊下に出た所でソアラに出会した。



 王宮には他国の王族が滞在する客間が何部屋もある。

 その客間の1つを利用していたソアラは、帰宅する為に女官の制服からドレスに着替えて来たのである。


 ソアラはシリウスに向かってペコリと頭を下げると、シリウスも頭を下げた。


 先程の女官姿の時とは違って……

 ドレス姿のソアラは何処か自信無さげに見えて。


 シリウスは胸がキュンとした。



「 おい!シリウス待て! 忘れ物だ 」

 フレディがそう言いながら扉を開けて廊下に顔を出した。


「 !? 」

 ソアラはこの部屋にフレディが滞在している事は知っていた。


 マクセント王国からの護衛騎士が常にドアの前にいるのだから一目瞭然だ。



 ソアラは2人を見てニッコリと笑って頭を下げると、誰にも言いませんからねとばかりに、自分の唇の上下を指で挟んだ。


 そして……

 頭を下げながら、そそくさと王太子宮に向かって歩いて行った。



「 な!? 誤解してるだろ? 」

 シリウスに忘れ物の書類を渡しながらフレディは苦笑いをした。


「 ……… 」

 こんな体躯の良いを女だと思っている事も不思議だった。


 まあ、人の言う事を信じやすいのは彼女だけでは無くて、フローレン家の家族の皆がそうだった訳で。


 あの、執事のトンプソンを除いては。

 彼だけはずっと怪しんだ目をしていたと言う。



 それでもだ。

 まさか殿下と恋人同士だと思われるなんて。


 彼女の思考はどうなってるのかと、シリウスは頭を抱えた。







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