第72話 国家プロジェクトに向かって




 サイラス国王の御代になり、ノース政権が発足して5年あまりが過ぎた。


 その間にはルシオ王太子の立太子があったりと、内政に力を入れて来た。

 前政権であるウエスト政権と比べてノース政権はポンコツ政権だと揶揄されていたが。



 王太子の婚約を期にいよいよ動いた外交は、隣国マクセント王国との共同事業。


 隣国の国王の名代としてやって来たフレディ王太子との、友好の証として踊ったダンスで王太子の婚約者が転倒してしまったのである。



 大失態だ。

 両陛下やマクセント王国から来た要人達を始め、会場にいる皆が青ざめた。



 フレディが慌てソアラの腕に手をやって引き起こした。


「 怪我はしなかったか? 」

「 無様な所為を致しまして申し訳ございません 」

 ソアラはフレディに頭を下げた。


 顔を真っ赤にしながら。



 直ぐにルシオが2人の元へ駆け寄って来たが……

 ソアラはルシオに向かって、大丈夫だからと頷いてフレディと向かい合った。


「 フレディ王太子殿下。宜しければもう一度ダンスをお願い出来ませんでしょうか? 」

「 無理に踊らなくてもいい 」

 ルシオが周りの目を気にしながらソアラに告げた。


 会場はざわざわとした喧騒に包まれている。


 広げられた扇子で口元を隠してひそひそと話をする女性達の姿があり、皆からの冷たい視線がソアラに注がれていた。



 こんな中で2人を踊らせるのは忍びない。

 何よりもソアラをこんな好奇な目に晒したくは無い。


 ここはこの場から去るのが一番だ。


 フレディを見れば……

 彼も頷いている。



「 いいえ。両国の友好の為にわたくし達は踊らなければなりません 」

 これはただの舞踏会では無いのでしょと言う目をして、ソアラはフレディを見た。


「 私は構わないが…… 」

 フレディがそう言うとソアラはルシオに向かってニッコリと笑った。


 心配してくれて有り難うと言う想いを込めて。



 ソアラは姿勢を正しくして……

 もう一度フレディに向かってカーテシーをした。


 フワリとドレスの裾が翻った。

 目の前にいる隣国の王太子殿下ディランが教えてくれた通りに。



 楽器を弾くのを止めていた宮廷楽士達が、再び踊ろうと向き合った2人を見て、また楽器を奏で始めた。


 喧騒の中にあった会場は、サイラス国王が手を上げると直ぐに静寂を取り戻した。


 国王と王妃の椅子に座っていて事の成り行きを見ていたサイラスとエリザベスは、満足そうな顔をしてうんうんと頷き合うのだった。



 ルシオは再び踊り出したソアラを見ていた。

 ダンスはガタガタだったが……


 緊張するのは当たり前だ。

 ワルツしか踊れない伯爵令嬢には荷が勝ち過ぎたのだ。


 普通なら羞恥のあまりにこの場から立ち去る案件だ。


 しかしソアラは……

 健気にもこの広いホールの中心で、皆の好奇な視線に晒されながらも踊る事を選んだのだ。



 立派に王太子殿下の婚約者としての責務を果たそうと懸命に踊る事を選んだソアラに、会場の殆どの者は少しうるうるとした。


 ただ一部の夫人達だけは……

 広げた扇子で口元を隠し、ヒソヒソと喋る事は止めなかったが。




 ***




「 すまない……騙すつもりは無かったのだ 」

 フレディは他国へ行く時には必ずや変装をしていて、ダンス講師をしながら生活をしていると踊りながらソアラに説明をした。


 何時ものようにダンス講師に登録したら、たまたま王宮から依頼があっただけと言って。



「 結果的には騙していた事になってすまない。それに……そなたを驚かせた事も謝罪する 」

 自分を間近で見ても気付く気配さえ無かった事から、ソアラの驚く顔が見たくてフレディはやらかしてしまったのだ。


 まさかこんな事になるとは思わなくて。


 ソアラと踊りながら……

 フレディはずっと謝罪の言葉を口にするのだった。



 しかし……

 皆の同情的な視線を他所に、ソアラの頭の中には別の思考がぐるぐると回っていた。


 ディランさんがフレディ王太子殿下。

 マクセント王国の王太子殿下がディランさん。



 そうだ。

 やっぱりディランさんは男だった。


 そして……

 騎士でも無く、新聞記者でも無く、平民のダンスの講師でも無く、ディランさんはマクセント王国の王太子だったと言う凄いおちだ。


 それも……

 貴族と平民の身分違いの恋じゃ無く。

 殿方同士の恋だったと言う新たな事実が判明したのだ。


 王太子殿下と公爵令息。

 普通の男女なら結婚出来る身分のお2人だと言うのに。

 殿方同士の恋だから結婚出来ないのだわ。



 殿方同士の恋の話は異国の本で読んだ事がある。

 ハレンチ過ぎて早々にリタイアしたが。


 世界にはそんな恋もあるのだわ。

 身分違いの恋だけど……

 きちんとが出来る私はやはり幸せなのだわ。



 ソアラは何でも自分の心の中で完結するきらいがある。

 フレディとシリウスが同性カップルだとしたら、今までの矛盾も納得するものとなった。


 王太子なのに婚約者さえいない事も。

 公爵家の嫡男なのに他国に行ったままで帰国しなかった事も。



「 フレディ王太子殿下。大丈夫です!わたくしは秘密を守りますわ! 」

 ソアラはキラキラと瞳を輝かせながらそう言った。


「 そなたは……何か勘違いをしてはいないか?」

「 大丈夫ですよ!世の中には男女以外の、色んな愛がある事は存じ上げておりますから 」

 ソアラは、2人のダンスを見ている人々の輪の中にいるシリウスを見やった。


 そして……

 もう一度フレディに生暖かい笑みを向けた。



「 絶対に誤解している 」

 ダンスが終わり……

 ルシオの元へ行くソアラの後ろ姿を見ながら、フレディは天を仰いだ。




 ***




「 ソアラ……よく頑張ったな 」

 ルシオは大役を果たして戻って来たソアラの手を握った。


 勿論、ソアラが転んだ本当の理由を知らないルシオは、ソアラは緊張のあまりに転んでしまったのだと思っていた。



 今まで舞踏会や夜会に出た事さえ無かった彼女に、無体な事をしなければならなかった事に胸が痛くて仕方が無かった。


 ワルツさえ満足に踊れない彼女が、隣国の王太子と踊らなければならなかったのだから。



 泣き出すかと思っていた。

 逃げ出すかと思っていた。

 だから泣き出す前に彼女を会場から連れ出そうと思ったのだ。



 だけどソアラは自分の責務を全うした。

 僕は何度彼女を見誤るのだろう。


 そして……

 新たな彼女を知れば知る程にどんどんと惹かれて行くのを感じるのだった。



 ルシオの元へ戻って来たソアラが愛しくてたまらない。


 しかし……

 次の瞬間にソアラの身体がグラリと揺れ、彼女はそのまま床に座り込んだ。



「 !? 怪我をしたのか? 」

「 少し……足首を…… 」

 ソアラは豪華なドレスの上から、隠れている自分の足首を抑えた。


 足を痛めながらも踊ったと言うのか……

 高いヒールを履いたままに。



「 大丈夫です。キャアッ!? 」

 ルシオはソアラを抱き上げた。


 そして2人を見つめる会場の者達を見渡した。



「 我々はここで失礼する! 僕の婚約者が足を痛めたようだ 」

 ざわざわとしていた会場がルシオの声で静まり返った。


 静かになった事を見極めたルシオは、更に言葉を続けた。



「 彼女はで失敗をした。しかし……足を痛めているにも関わらず、立派に公務をやり遂げた事は評価に値する。皆も私の婚約者を称賛してくれ! 」


 会場からパチパチと拍手の音がすると、拍手の音は更に大きくなった。



 そうして拍手が鳴り止まない会場をルシオは後にした。

 ソアラを抱き上げたままに。



「 殿下……あの、本当に少し捻っただけなので……歩けます 」

 座り込んでしまったのは、踊り切った安堵で力が抜けたからだとソアラは言う。



「 黙って僕に運ばれていなさい 」

「 はい……殿下……有り難うございます 」

 どんな理由があるにせよ、隣国の王太子とのダンスの途中で転ぶなどあってはならない事なのに。


 殿下は私を庇ってくれた。



 ソアラは……

 歩く度に揺れるルシオの胸にそっと頭を寄せた。




 ***




『 王太子殿下の婚約者の大失態! 』

『 マクセント王国のフレディ王太子とのダンス中に転倒 』

『 伯爵令嬢には荷が勝ち過ぎた大役 』


 会場での拍手とは裏腹に、翌朝にはソアラの失態の記事が号外で出され、王国中が賑わった。



「 公爵令嬢ならこんな失態は無かっただろうな 」

「 やはり外交には最高位貴族の公爵令嬢で無いと恥ずかしいよ 」

「 ドルーア王国の未来には公爵令嬢達が必要だ!」


 街の者達からは公爵令嬢待望論まで出て来ていると言う。



 そんな中。

 来国したフレディ王太子から遅れて、とある商会の商人達がドルーア王国に来国して来た。


 ドルーア王国から海を渡った所にあるカルド王国の商人達で、その名はゼット商会と言う。


 この商会は前政権から繋がりのある商会で、鉱山の採掘に長けている商会と言われている。



 今回のドルーア王国とマクセント王国の共同事業での調印式は、このゼット商会を交えての調印式となる。

 

 国民の間でソアラを揶揄する噂が出回る中、王宮では国の未来を作用する国家プロジェクトが始まったのである。






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