第11話 彼女は幸薄の令嬢

 




 ルシオはソアラの元へ駆けて行った。


 王族が座る椅子が備えられている壇上から、ソアラが男にグーパンを食らわせている所を見ていたのだ。



 会場は皆が両陛下のダンスに見入っていて、人垣が2人を取り囲む様にドーナツ状になっていて。


 両陛下が踊る横を突っ切るなんて事は普通ならとんでも無い事だが……

 この時のルシオはソアラを助けたいと言う思いしか無かった。


 男にグーパンを食らわしていたのはソアラだったが。



 ルシオが向かう先は人垣がサーッと別れるが……

 何しろ人が多過ぎる。


 皆は……

 次にダンスを踊るルシオが、お相手の令嬢を探しているのだと思った。

 両陛下が踊り終わるのも待てないお相手は誰だと驚いている。


 図々しい令嬢はルシオの前に飛び出して来たりして……

 会場はキャアキャアとどんどん騒然となって行った。

 両陛下のダンス所では無い程に。



 人垣の合間に騎士の姿が見えた事から安堵してはいたが、ルシオがソアラの側に行くと騎士達は居なくなっていて。

 彼女は1人ポツンと立っていた。


 騎士達は彼女を残して何処に行ったのだ?



「 怪我は無いか!? 」

 振り向いたソアラはルシオを見て安堵をした様な顔になった。

 自分が駆け付けた事が、彼女を安心させたのだと思うとルシオは嬉しくてたまらなくなった。



「 何があった? 何をされた? 」

「 ……男達にルーナが……ルーナ・マーモット様が連れて行かれそうになったのを、騎士様達が助けて下さいました 」


 ソアラは自分が男にグーパンをした事は言わなかった。

 勿論、ソアラのグーパンを見ていたルシオは知っているが。


「 それで……騎士達は何処に行った? 」

「 ルーナ様を婚約者のブライアン様の所へ連れて行きました 」

「 そなたを1人置き去りにしてか!? 」

「 ルーナ様は怯えていたし……私は大丈夫でしたから 」


 何時もの事ですと、ソアラが小さな声で言ったのをルシオは聞き逃さなかった。


 自分も……

 騎士と同じ様な事を彼女にしたのだと思うと胸が痛んだ。



 その時……

 ルシオはソアラの拳が赤くなっているのを見た。


「 ……手を見せてみなさい 」

「 大丈夫ですから 」

 手を隠そうとしたソアラの掌を掬い取ったルシオは、彼女の手の甲を優しく包み込んだ。

 こんな小さな手で……

 大の男に立ち向かったのだと思うと泣きそうになる。


「 すまなかった……城の警備をもっと厳重にする事を約束する 」



 その時。

 会場がワッとなった。

 

 そう。

 今宵の舞踏会での皆の興味は……

 ルシオ王太子殿下が最初に踊るのは誰かと言う事だったのだ。

 そもそも他家の令嬢とも交流をすると言う目的で、急遽開かれた国王主宰の舞踏会なのだから。



 ソアラのグーパンを知らない会場の者達は、ルシオがソアラの元へダンスを申し込みに行ったのだと思った。

 ソアラの手を取ったのを見た事から。


 そして……

 その時に宮廷楽士達が音楽を奏で始めた。

 ダンス曲である。



 周りを少し見渡して……

 ルシオはソアラに優しい眼差しを向ける。


「 この曲を踊れるか? 」

「 …………? 」

 意味が分からないソアラはキョトンとして。


「 周りを見てごらん? どうやら僕達は踊らないと駄目みたいだよ 」

「 えっ!? 」

 ソアラが慌てて周りを見回すと……

 皆の両の目が2人に注がれている。

 好奇と驚きの顔をして2人を見ているのだ。

 王太子殿下が1人の令嬢の手を握り締めている所を。



 今の今まで誰にも気付いて貰えなかった事が嘘の様だ。

 王子様の存在は凄い。


「 先に手の手当てをした方が良いか? あの時……そなたに失礼な事をしたお詫びにダンスを申し込みたい 」


 そうか……

 お詫びなのね。

 ならばに王子様と踊るのも有りかも。


 そして……

 ソアラ達に絡んで来たあの侯爵令嬢達の悔しがる顔が浮かんだ。

 理由はどうであれ殿下とダンスを踊れば、彼女達にザマアが出来る。


 天は二物を与え無いと言って私を嘲笑った彼女達が……

 麗しの王太子殿下とダンスを踊る私を見てどう思うのかしら?


 ソアラに邪悪な心が沸き立った。



「 手は全然大丈夫です。踊りますわ 」

 高飛車な言い方になってしまったが。


 すると……

 ルシオが破顔した。


 眩しいっ!

 王子様はやはり凄い物を持っている。

 この素敵な深いサファイアブルーの瞳に吸い込まれそう。



 ソアラがルシオの目をじっと見つめると、ルシオの心臓がドキリとする。


 何だろう……

 この気持ちは?



「 あの……一応は踊れるのですが……デビュタントで父と踊ってからは1度も踊った事は無くて…… 」

 ソアラは普通の伯爵令嬢だ。


 貴族としての当たり前の教育は身に付いていて、勿論ダンスもしっかりと習った。

 ただ披露する場は無かったが。



「 では、改めて……僕と踊って頂けますか? 」

 ルシオはソアラの手を胸の高さまで持ち上げて、腰を折りダンスを申し込んだ。

 少しおどけた顔をして。


「 喜んで 」

 ソアラがクスクスと笑う。


 ルシオは……

 ドキリとした顔を隠す様にソアラから顔を逸らした。


 さっきから……

 僕の心臓は何なんだと自問自答を繰り返して。

 ルシオはソアラをエスコートして皆が取り囲むホールの真ん中に進み出た。



「 あの……足を踏むかも知れませんよ 」

「 構わないよ 」

「 もしかして……ステップを忘れてるかも知れません 」

「 大丈夫。僕に身を委ねて 」


 そんな事を話しながら2人は向かい合う。



「 では……宜しくお願いします 」

 ソアラはそう言ってドレスの裾を持って膝を屈めて挨拶をする。


 楽士達が奏でる演奏は貴族なら誰でも踊れると言う簡単なダンスの曲だ。

 2人が踊るのは初めての事だから楽士達が無難な曲目を選んだのだ。



 凄い。

 踊りやすい。

 お父様とは全然違う。


「 僕の目を見て 」

「 !? 」

 足下ばかり見ていたソアラが慌てて顔を上げると、上から優しいサファイアブルーの瞳が降って来た。



 その瞬間にソアラの心臓がドキリと跳ね上がる。


 私は今……

 麗しの王太子殿下と踊っている。

 皆が憧れる王子様と……

 誰もが羨む夢の様な時間を過ごしている。




 ***




「 ランドリア! あの令嬢は誰なの!? 」

「 さあ? 」


 会場も王太子殿下と踊っているのは誰なのかと大騒ぎだが、エリザベス王妃も驚きを隠せない。


 何やら楽しそうに話をしながら踊っている2人は、かなり親密そうに見える。



「 ルシオには想い人がいたのかしら!?」

 彼女が侯爵令嬢だとしたらどうしたものかと、エリザベスはランドリアに調べる様にと申し付ける。


「 カールを呼んで来ます 」と言って、少し離れていた場所にいたカールの腕を引っ張ってエリザベスの元へ連れて来た。


 カールも……

 ルシオがソアラと踊っているのを見て驚いていたのだった。


「 殿下と踊っているあの令嬢は誰なんだ? 」

「 王妃陛下! 父上! あの令嬢が……ソアラ・フローレン伯爵令嬢であります 」

「 えっ!? 」

 カールの話にエリザベスもランドリアも驚いた。


 ソアラ・フローレン自身がルシオに婚約者候補を断り、それをルシオが受け入れ、国王陛下の耳に入れた事から彼女との縁は無くなったと思っていた。



「 2人はまだ関わりがあったのか? 」

「 いえ、そんな事は一切ありません! 」

 ルシオの側近であるカールは、何時もルシオの側にいるのだから知らない筈がない。


 何故2人が踊っているのかが分からない。

 あれから1ヶ月。

 2人の接点は無かった筈だ。



 しかし殿下は……

 この会場に入ってからは誰かをずっと探していた。

 その探していた人物が彼女?


 いや、それよりもソアラ・フローレン嬢を招待する様に言ったのは殿下だ。


 もしかしたら……

 殿下は彼女の事を?



「 いや、それは無いな…… 」

 カールは首を横に振った。


 あんな特徴の無い顔の令嬢だ。

 ましてや殿下は彼女をスルーして、可愛い方のルーナ・エマイラ伯爵令嬢を選んだのは確かだ。

 いくら勘違いしていたとは言え。


 殿下の想い人がルーナ・エマイラ嬢ならあり得るが……

 ソアラ・フローレンが殿下の想い人である訳が無い。


 あの2人に一体何があったのかと、カールは頭を捻るのであった。



 勿論、驚いたのは王妃達だけでは無い。

 王太子殿下との婚約者候補から外されたアメリアやリリアベル達も驚いていた。


 この会場では……

 カールもピックアップしていた、強い侯爵家であるマリアン・ロイデン侯爵令嬢とアメリアはバトッていた。

 学園時代のマリアンはアメリアの取り巻きの1人だったのだ。


「 わたくしの腰巾着だった貴女が、随分と派手にしゃしゃり出て来ましたわね。目障りだわ 」

「 ええ……わたくしがルシオ様の婚約者候補になるかも知れませんもの。当然ですわ 」

 アメリア様は永遠に無理になりましたものねと、マリアンは扇子に口元を隠してクスクスと笑う。



 嫌だ。

 こんながルシオ様の婚約者候補になって……

 あんなに素敵なルシオ様の横に並ぶなんて。


 マリアンは少しポッチャリしている。

 それは学園時代からで。

 しかし……

 ロイデン侯爵家は、ドルーア王国の4家の公爵家に匹敵する程の力のある家なのである。


 その令嬢であるマリアンが、新たな婚約者候補になるには申し分のない事であるのは確かだ。


 しかしだ。

 こんな食ってばかりの女が、王太子妃になるのだけは何が何でも阻止したい。

 アメリアは目を眇めた。



 その向こうではリリアベルとミランダが睨み合っていた。


「 リリアベル様、これからはわたくしの応援をお願い致しますわ! 」

 マリアン様に負けない様にと言ってホホホと笑うミランダは、アメリアに負けていたリリアベルをずっと励ましてくれていたのだ。


 そんなミランダも新たな婚約者候補になると噂をされている。

 美しさではアメリアやリリアベルと拮抗していて。

 おデブのマリアン様が選ばれる訳無いと笑うミランダが、余裕たっぷりなのがムカついてたまらない。


 こいつを選ばさせてなるものかと、リリアベルはギリリと自分の親指の爪を噛んだ。



 そんな新旧の婚約者候補の争いを差し置いて、ルシオは他の令嬢と踊っていて。


 彼女達はもちろんだが……

 他の貴族達も大騒ぎだ。


 あの令嬢は誰だ誰だと皆がひそひそと囁き合う。



 しかし……

 フローレン伯爵令嬢だと言う事を知ったとたんに皆の詮索は終わった。


『 無い無い 』と互いに首を横に振って笑い合う。

 伯爵と言っても名ばかりで、あんな力の無い家が殿下の後ろ楯になれる訳が無い。


 何よりも王妃陛下が許す訳が無い。


 ましてや……

 ソアラ嬢は何の取り柄も無い普通顔だ。

 美しいアメリア様やリリアベル様と同じ時を過ごして来た王太子殿下が、彼女を見初める訳が無いのだと。




 ***




 ソアラと踊った後……

 ルシオは侯爵令嬢のマリアンやミランダ、他の何人かの令嬢達とも踊った。

 国王から色んな令嬢達と交流を持つ様にと言われていて。


 ルシオは彼女達と踊りながらもソアラの事が頭に浮かんでいた。

 彼女は……

 なのだと。


 あんな可愛い令嬢が友達であり、何時も側にいるから無下に扱われるのだと。

 あんな欲の無い父親がいる事も彼女は不幸に違いない。



 可哀想な彼女の力になりたい。

 王太子として……

 国民の幸せを願うのは当然の事。



「 殿下? もしかしてあのソアラ・フローレン嬢をお気に召した……とか? 」

 カールの推す令嬢達と一通りのダンスを終えたルシオに、カールは恐る恐る聞いた。


「 違うんだ! そんなんじゃ無い! 彼女は可哀想なんだ!あんなに可愛い令嬢が友達なのも、あんな欲の無い男が父親だと言う事も…… 」



 そう……

 それだけだ。



 そんなルシオのソアラへの贖罪の気持ちと同情が……

 辛うじての2人の赤い糸を繋ぎ止めていたのだった。







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