第10話 グーパンの威力
ソアラは、あのルシオとの決別の日から何時もの生活に戻っていた。
あの時にピックアップした伯爵令息に、そろそろ結婚の打診をして欲しいとダニエルにお願いしていた所だ。
そして……
舞踏会の招待状は1ヶ月前に届いた事から、今度はちゃんと夜会用のドレスを仕立る事が出来た。
既製品を少しアレンジしただけだが。
普通の体型であるソアラは手直しをする必要が無い。
勿論文官の給金だけでは、金持ちの貴族の様に全てをオーダーメイドで仕立て貰う事なんて出来ないが。
ただ彼女は若い令嬢達に流行っているマーメイドドレスは買わなかった。
ドレスを長く着たいからで。
流行りのドレスにすればそれこそ歳がいくと着れなくなってしまうのだからと。
選んだのは自分の好きな色である深いブルーの色のドレス。
これなら長く着る事が出来るだろうと。
舞踏会への招待状が来たのは自分へのお詫びの招待だと思った。
何故ならルーナにも届いていたからで。
女性ならば誰でも憧れる宮中舞踏会。
4年前のデビュタントの時を思い出す。
両陛下と王太子殿下の前で踊るのは緊張した思い出だけだった様な気がする。
そう。
リリアベル様は王太子殿下と踊ったのよ。
白の夜会服を着た王子様と純白のデビュタントのドレスの2人のダンス。
とても素敵だった。
まだリリアベル様は踊り慣れていない様で、王子様のリードが素晴らしかった。
とてもお似合いだったのに。
この様な事になって。
リリアベル様はどんな風に思っているのかとソアラは思うのだった。
ソアラとリリアベルは同学年。
そして……
2学年上にルシオとアメリアがいて。
この1年間は学園のとても華やかな時代だった。
ルシオ王太子殿下と公爵令嬢である2人の婚約者候補の、ドロドロした三角関係のドラマが目の前で繰り広げられているのだから。
ソアラ達1年生は、勿論同学年のリリアベルを応援した。
ルシオとアメリアは生徒会の会長と副会長。
それにクラスも同じだから断然アメリアが有利だったが。
時には王子様とリリアベル様が中庭のベンチに座って話をしている時もあった。
でもそこに……
アメリア様がやって来て……
この三角関係を覗き見しながら私達はドキドキしたのだわ。
そんな2人が婚約者候補から外されて、侯爵令嬢や伯爵令嬢が色めき立っていると言う宮中舞踏会。
今宵はどんな舞踏会になるのかしら?
ソアラだけで無く……
国中がこの舞踏会に注目しているのだった。
***
ソアラとルーナは2人共父親にエスコートされて参加した。
ルーナの婚約者は騎士として任務中。
王宮での催しがある時は、騎士達全員でその任務に当たるのである。
「 流石に王宮の舞踏会ね 」
その豪華さと人の多さに、ソアラとルーナはさっきから口が開いたままで。
前もってのリサーチによると……
国王陛下の挨拶がある時は、それが終わるまでは警護の都合上外には出られないらしい。
だから夜の9時には寝る事は出来ないとダニエルが言う。
フローレン家にとっては一大事である。
「 それでしたら、今夜は存分に楽しみますわ 」
もう招待される事は無いだろうから。
それに……
デスラン伯爵とモーガン伯爵が招待されていたら、お父様と一緒にご挨拶に行きたい。
この2人はソアラが結婚相手にピックアップした伯爵令息である。
会場に入ると、華やかな夜会服を着た紳士達や色とりどりの豪華なドレスを着た貴婦人達があちこちに集まって話をしていた。
宮中舞踏会など来ることが無いのはダニエルも同じで。
父親達が懐かしい顔の友達に挨拶に行くと言ってソアラ達から離れた。
宮中舞踏会は騎士達がしっかりと警護をしているので、安心だからと言って。
ルーナと2人で会場の隅で話をしていると……
3人の令嬢達に囲まれた。
彼女達は学園時代でルーナを苛めていた令嬢達。
もう大人なのに……
こいつらはまだつるんでこんな事をしているのかと、ソアラは呆れるが。
ルーナは怯えた顔をしている。
ルーナは可愛い顔に可愛い声の小さくてふわふわとしている令嬢だ。
思わず庇ってあげたくなるタイプである事から男子生徒達からは凄く人気があった。
見た目通りのおバカならまだ許せるが、ルーナは頭が良かった。
その事から『あざとい』と言って女子生徒達からは嫌われていたのだ。
ソアラも頭が良いのだが。
『天は二物を与えず』の言葉通りだと言われてスルーされていたと言う。
そんなルーナを何時も一緒にいて庇ってあげていたのがソアラで。
2人は幼馴染みなのである。
「 何か用ですの? わたくし達は、貴女達に全くこれっぽっちもほんの1ミリも用はありませんが? 」
「 フン! 貴女には用は無いわ! 用があるのはそちらのはしたないエマイラ様ですわ 」
令嬢達は扇子を広げて目だけを出している。
「 はしたないってどう言う事ですの? 」
「 エマイラ伯爵令嬢! 貴女は婚約者がいると言うのに節操が無いとは思いませんの? 」
「 確か……王太子殿下も誘惑したとか 」
彼女達はルシオが経理部でやらかした事を言っているのだ。
ルーナは全く悪く無いと言うのに。
「 えっ!? ち……違います…… 」
ルーナは蚊の鳴くような声で否定をするが、令嬢達はさらに語気を強める。
「 貴女は王太子殿下を跪かせたそうじゃないの!? 」
どうやら箝口令はソアラ・フローレンの名前だけだったみたいで。
噂は一人歩きして行った様だ。
王太子殿下が彼女の前で跪いたのは事実だから、これだけは否定も出来ない。
ルーナはどんどんと顔が赤くなり、何か言おと口をパクパクとさせている。
もう事を荒立てたくは無い。
ここは王宮だ。
今はやり過ごす方が得策。
「 それを知りたいのなら、直接王太子殿下にお聞きすれば言い事ですわ 」
ほら! もうすぐ王太子殿下がおなりになりますわ。
行かなくて宜しいんですかと、ソアラは王族が登場して来る場所を指差した。
着飾った令嬢達が既に集まっていて。
キャアキャアと騒いでいる。
絶対にルシオ王太子殿下とダンスを踊るのだと色めき立っているのである。
「 大変だわ! 」
侯爵令嬢達は慌ててソアラ達から離れて行った。
やれやれと思っていると。
「 王太子を誘惑したのは君だって? 」
「 そうかぁ~君が誘惑したから、公爵令嬢達が捨てられたんだね? 」
今度はどこぞのしょーもない男達が2人現れた。
側で今の話を聞いていた様だ。
もうかなり飲んでいる酔っぱらいだ。
「 俺達も誘惑してよ~ 」
男2人はルーナを見てニヤニヤとしている。
「 行きましょう 」
ソアラがルーナの手を引っ張ってこの場から離れようとしたが、男達はルーナの腕を引っ張った。
ルーナは恐怖で声が出ない。
ソアラは助けを呼ぼうと振り返ったが……
宮廷楽士達の演奏が始まり、助けてと言う声が掻き消されて誰もこっちを見ない。
この助けてと言う声も震えてしまって大声をあげられなくて。
人々は両陛下のダンスを見ている。
きっとこいつらはこの瞬間を狙っていたんだと身体が震える。
男達は2人でルーナの肩を抱き込んで、素早く連れ去ろうとする。
駄目だ!
廊下に出たら終わりだ!
ソアラは男の前に回り込み、渾身の力を拳に込めて男の鼻っ柱にグーパンを食らわせた。
「 !? 」
男は鼻を押さえて俯いた。
鼻からは血が吹き出した。
やった!
クリティカルヒットだ!
これは以前にブライアンから教わった事。
「 鼻っ柱にグーパンを浴びせて、怯んだ隙に逃げろ! 」
ルーナが万が一の場合は、ソアラが守ってやってくれと言って。
か弱くて可愛いルーナを守れと。
私も女なのにとその時は憤慨したが。
この話を聞いていて良かったと今こそ思う。
今回はグーパンをされた男達が逃げ出したが。
男達はルーナを突き飛ばして慌てて廊下に逃げて行く。
この騒ぎに気付かれたらヤバいと思ったらしい。
「 待て! お前!何故血を流している!? 怪しい奴らめ!! 」
廊下からはバタバタと言う音と共に激しい怒号が聞こえる。
すると……
扉の向こうから騎士達が入って来た。
倒れているルーナに気付いた騎士達は、慌てて彼女を抱き起こした。
「 ルーナ!? 」
騎士達はブライアンの婚約者のルーナを知っていて。
ガタガタと震えているルーナを見て、彼女が彼奴に襲われ掛けたのだと瞬時に思った様だ。
「 ルーナ、大丈夫か!?」
「 ブライアンの所へ連れて行こう 」
声も出せない程にショック状態になっているルーナの肩を抱いた。
その時……
騎士の1人がソアラをチラリと見たが……
彼はそのままスルーしてルーナと一緒に会場から出て行った。
廊下にも騎士達がいて……
奴らは捕まえたからもう大丈夫だと言う声が、閉まる扉の隙間から微かに聞こえた。
助かった。
そうだ。
ここは宮殿。
あちこちで騎士達が警備をしているのだ。
自分の拳を見たら真っ赤になっていて。
ズキズキと痛い。
人をグーパンしたのは初めてで。
辺りを見渡せば……
両陛下のダンスは続いていて。
演奏されてる音で皆はこの騒ぎに気付かなかった様だ。
そこにはソアラだけが立っていた。
何時もそうだ。
誰も私に気付かない。
誰も私を気にもしない。
それにしても……
あの騎士達は、少しぐらい私を気に掛けても良いと思うわ!
ルーナがいくら知り合いだからと言って。
私の事をしっかりと見たのに。
怪我をしたのは私なのに。
勿論グーパンをしたのは私だけれども。
これは後から捕まったとしても……
私は正当防衛を主張するわ!
ソアラはルーナの事を伝える為にルーナパパを探しに行こうと思った。
赤くなった拳はまだズキズキと痛い。
「 怪我は無いか!? 」
「 !? 」
ドキリと心臓が跳ね上がった。
声のする方を見れば……
そこにいたのはルシオ王太子殿下だった。
私を……
見ていてくれた人がいた。
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