第9話 令嬢達の戦い

 




 王宮舞踏会が久方振りに開かれた。


 当然ながら舞踏会にはドルーア王国の四大貴族と言われるノース公爵家、イースト公爵家、サウス公爵家、ウェスト公爵家の4家の面々が揃い踏みする事になった。



 この4家。

 実に仲が悪い。


 当然だ。

 どの時代も王太子妃の座を巡って壮絶なバトルをして来て、政権争いをして来たのだから。


 今はサウス家のアメリア嬢とイースト家のリリアベル嬢が争っていて。

 いや、もうその争いは無くなったのだが。



 サイラス国王が王太子時代は……

 ノース家のエリザベス嬢とサウス家のナタリー嬢が、王太子妃の座を巡って激しい戦いを繰り広げたのである。


 この3人は同い年。

 幼い頃から学園時代、そして学園を卒業して王家から婚約発表がなされるその瞬間まで、エリザベスとナタリーは激しいアプローチをずっとサイラスにして来たのである。


 見事サイラスを落としたのは、勿論現王妃であるエリザベスだった。


 そう……

 今のライバルの2家の2人は、アメリアはリリアベルよりも2歳年上だから、どうしてもリリアベルは一歩引いているのだが。


 エリザベスとナタリーは同い年だ。

 性格も同じ様なキツイ性格のイケイケドンドンタイプだった事から、それはそれは激しくバトったのである。



 エリザベスが王太子妃に選ばれた発表の場では……

 その豊満な肉体を使ってサイラス王太子殿下を誘惑したのだと、ナタリーが負け惜しみを叫んだものだから、エリザベスのナタリーへの憎悪は激しいものだった。

 皆がいる前で侮辱されたのだから。


 実際はその通りなのだが。



 そのナタリーの娘がアメリアなのである。


「 あの女狐王妃が! 今になってムカつく小細工をしやがって 」

 ナタリーが扇子を広げて隣で佇んでいるアメリアに囁いた。


「 お母様……王妃様の事になるとお口が悪くなりますわね 」

「 当たり前ですわ!あの女に出し抜かれたのですから 」

 今でもあの時の口惜しさは忘れられないと言う。


「 だけどね。あの女狐は前王妃のビクトリア様にそれはそれは激しく虐められましたのよ 」

 ザマアだわと高笑いをする。


 激しい戦いに破れたナタリーは、その後直ぐに入り婿を迎えて自分の親達と幸せに暮らしている。


 どちらが幸せなのかは図る事は出来ないが……

 兎に角、生まれた時からライバルだったエリザベスに敗北した事に腹が立つのだ。



「 貴女はそれで良いの? 」

 ルシオ王太子殿下を好いていたのでは無いの?とナタリーはアメリアに聞いた。

 あの女狐王妃はムカつくが、ルシオ王太子は優しい王子なのでナタリーも推している。


 発表があってからは……

 もう何度もサウス家の面々を総動員して家族会議を開いた。



 好きだわ。

 幼い頃からずっと。


 それに……

 ずっと彼と結婚すると言われて来た事から、将来は王太子妃になってこの国の王妃になる事しか考えてはいなかった。


 だけど……

 ここに来て血が濃い過ぎると言う理由を付けて、結婚を阻止して来た王妃とは上手くやる自信は無い。


 やはりお母様の言う通りに腹黒で気性の激しい女で、結婚したら虐められるのかと思ったら……

 それに堪え得る程にはルシオ様を愛してはいない。


 あのぶりっ子リリアベルにだけは敗けたく無かっただけ。


 それに……

 学園時代は彼を独占出来たから……

 もうそれで良いわ。



 そう。

 学園時代はルシオとアメリアは常に一緒にいた。

 ルシオが生徒会長でアメリアは副会長。

 公爵令嬢と言う高い身分と、王太子殿下の婚約者候補と言う立場から、常にルシオを独占していたのだ。


 それでもルシオに近付こうとして来る礼儀知らずの馬鹿な男爵令嬢や平民の生徒達を、手下である侯爵令嬢や伯爵令嬢達と徹底的に叩きのめした。


 2年後にリリアベルが入学して来ても。

 彼女をルシオには近付けさせなかった。


 学園時代はアメリアの天下だったのだ。



 しかし……

 大人になってから気付いた事は、好きなだけではどうにもならないと言う事。


 あの王妃が姑になったとしても……

 婚約者候補だと言われていたから頑張ろうとしていたが。


 そうで無くなれば……

 ルシオへの執着は無かった。



 ぶりっ子リリアベル・イーストは、自分達がルシオの婚約者候補から外されると聞いて泣き暮らしていた。


 幼い頃の2歳違いは大きな差がある。

 彼女の両親からはアメリアとは対等だと言われていたけれども。



 わたくしは……

 ルシオ様がずっと好きだった。

 わたくしにとっては2歳年上の憧れの王子様。


 アメリア様にその横を独占されても……

 贈り物をしてくれる時や、お茶会で会う時は何時も平等に扱ってくれた。

 ルシオ様がわたくしを大人の女性の様に接してくれる事が嬉しかった。

 一生懸命背伸びをして王子様の妃になる事を夢見ていたのに。



 学園時代……

 やっと入学してルシオの側に行けると思ったら、アメリアがやはり邪魔をして来て。

 ルシオとアメリアは2学年上で、生徒会の会長と副会長。

 リリアベルがそこに入り込む事は出来なかった。


 夜会や舞踏会のファーストダンスを踊るのは常に彼女からで。

 それが悔しくてたまらなかった。


 だけど……

 その悔しい気持ちを抑えてニコニコして待っていると。

 申し訳無さそうな顔をして手を差し出してくれる王子様が好きだった。



 リリアベルが20歳になった事で、そろそろどちらかを決める事になり、これからは2人っきりでデートをする予定をしているとカールが両家に通達していたが……


 それがこんな事になったのだった。


 イースト家は激しい抗議をしたが……

 血が濃過ぎるからだと言われれば引き下がるしか無かった。


 ルシオとリリアベルは、特に顔が似ていると言われていた。

 ルシオの実妹のシンシア王女よりも、リリアベルの方が似ていると言われる程で。



 アメリアとリリアベルのバトルは、当人達が大人になったこれからが本格的に始まる筈だった。


 だからこそ……

 庶民の間ではどちらが王太子妃になるのかが、賭け事の対象になっていたのだ。

 皆の残念がる声が聞こえて来る。



 そしてこの2人にとって、婚約者候補から外れる事で一番許せない事がある。


 それは……

 自分達を応援してくれていた侯爵令嬢や伯爵令嬢が、新たにルシオの婚約者候補になる事だった。


 今まではルシオ王太子は自分達の物だった。


 それを……

 あのに、これ見よがしに彼の横に並ばれるのには到底我慢が出来ない事であった。




 ***




「 国王陛下、王妃陛下、並びに王太子殿下が御成りになりました 」


 色んな人々の様々な想いが交差する中……

 この舞踏会の主役のルシオ王太子が現れた。



 やはり……

 色めき立ったのは侯爵家の面々だった。

 親達が我が娘とダンスを踊って貰おうと、我先にと令嬢達を前に押しやっている。


 こんなチャンスが巡って来ようとは。

 狙っていたのは公爵令息だったが……

 もう彼等はカスにしか見えない。


 婚約しないでいて良かった。

 売れ残りだと言って馬鹿にしていた他の侯爵令嬢達は、さぞや地団駄踏んでいる事だろう。


 こんな素敵な王子様の妃になれるのだから。



 今までは公爵令嬢の2人に、麗しの王太子殿下を独占されていたのだ。

 これからは自分達が彼の婚約者の対象になる。


 チラチラとアメリアとリリアベルを見る侯爵令嬢や伯爵令嬢達の目が優越感満載で。



 国王陛下の挨拶が終わったら……

 我先にと令嬢達がルシオを取り囲んだ。


「 ルシオ殿下! わたくしと踊って頂けませんか? 」

「 いえ、わたくしと 」

「 侯爵家では我が家が筆頭ですわ 」

 何時もよりも遥かに気合いの入った令嬢達が、背の高いルシオの周りに纏わり付いている。


 20人以上の若い令嬢達が集まった事に、ルシオの側にいるカールは大満足だった。


「 令嬢方……先ずは両陛下のファーストダンスが先です 」

 カールはそう言って、令嬢達を一旦下がらせた。



「 殿下! 凄いモテようですね。誰から踊ります? 」

 先ずは力のあるマリアン・ロイデン侯爵令嬢からですかね?

 それとも……

 ミランダ・ドルチェ侯爵令嬢が良いか。

 彼女はかなり美人ですよとカールは大興奮だ。


 私の婚約者候補にしたいもんだとブツブツ言って。

 ノース公爵家嫡男のカールも、ただいま絶賛募集中なのである。



 しかし……

 ルシオはキョロキョロとしていて、誰かを探している様だった。


「 殿下? お目当ての令嬢がいるのですか? 」

 誰か言って下さったらお呼びして来ますよとカールが言う。


「 いや……そんな事は……無い 」

 そう言いながらもルシオはまだ辺りを見回している。


 宮廷楽士達の演奏が始まり、ホールの中心では両陛下のファーストダンスが始まった。


 次はルシオが誰かと踊らなければならないのだ。

 今まではアメリアとリリアベルと踊れば良かったのだが。



 やきもきするカールを他所に……

 ルシオはソアラを探していた。


 ソアラ宛に招待状を出す様にカールに指示をしたのはルシオだった。


 あの騒動は……

 箝口令が敷かれた事で恨むやになってしまったが。

 ちゃんと2人にお詫びをしたかった。


 だから……

 勿論ルーナにも招待状を出していた。



 ソアラ・フローレン嬢は……

 今回はどんなドレスを着て来ただろうか?

 またドレスが買えなくて、母親のドレスを着て来たとしたら……


 皆から嘲笑されてはいないかと心配する。



 彼女が言った「 私は可哀想ではありません 」がずっと頭から離れなかった。


 あの日……

 泣きながら辻馬車に乗って帰った彼女が、可哀想で無くてなんなのだと。


 そして……

 人間違いをしたといっても……

 確かめもせずに隣にいたを迷う事無く選んだのだ。


 王太子としての立場で考えずに、下世話な事をしてしまった自分自身がどうしても許されない。



 気にして無いと言ってくれたが……

 皆のいる前であんな間違いをされたのだ。

 それがどれだけ彼女を傷付けてしまったのか。


 よくある事だと言った彼女の顔が忘れられない。

 


 どうにかして彼女にお詫びをしたかった。

 何か困っている事があれば力になってあげたい。

 ドレスの事で、また嘲笑されてるなら助けてあげようと思った。


 王太子の力を駆使してでも……

 二度と言われない様にと。



 その時……

 見渡した会場の奥で凄い光景が目に入った。


 一人の令嬢が……

 男の顔面にグーパンを食らわしたところだった。



 その令嬢は……

 ルシオが探していたソアラ・フローレンだった。













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