第8話 消えてしまった縁

 




 ルシオは国王宮に出向き、父親であるサイラス国王の執務室に訪れた。


 サイラスは執務机に座ったままでルシオをソファーに座らせた。

「 急ぎの書類があってな 」

 それでも深刻そうな顔をしたルシオを見て、サイラスは側にいた側近達を下がらせた。


 ルシオはお茶を運んで来た侍女が下がるのを待って口を開いた。



「 僕の婚約者候補から、アメリア嬢とリリアベル嬢が外される事はお聞きでしょうか? 」

「 ああ、その様だな 」

 サイラスは書類から目を離さずにサラサラとペンを走らせている。


「 それにはサウス公爵とイースト公爵家は納得してるのですか? 」

「 納得も何も、議題に挙げれば我々の意見が通るのだから、心配するは何も無い 」

 書類を見ていたサイラスが顔を上げてルシオを見た。


 大臣も議員もみなノース一族。

 揉める事も無く何でもスムーズに決まるのが今のドルーア王国である。



「 僕の妃になるのは……彼女達のどちらかで構わないと思っております 」

「 それはもう無理だな。王妃の言う事も尤もな事だ。確かに我々は血が濃い様に思う 」

 この妙な慣習を考え直す時が来たのかも知れないとサイラスは言った。


 王妃の言いなりになる国王だが、彼なりにも考えがある様だとルシオは納得する。


「 その事は……理解します。でも…… 」

 そこでルシオは一瞬下唇を噛んだ後に口を開いた。


「 新たに僕の婚約者候補となったソアラ・フローレン伯爵令嬢も僕の婚約者候補から外して下さい 」

「 ……その理由は? 」

「 彼女から婚約者候補を辞退させて欲しいとの申し出がありました。僕はそれを受けたいと思います 」


 サイラスはルシオを見て口角を上げた。


「 彼女と他の令嬢を派手に間違えたそうだな。何時も慎重過ぎるきらいのあるお前としては珍しいな 」

 サイラスはそう言って楽しげにハハハと笑った。


 流石にあの騒動は報告されている様だ。

 しかしだ。

 あの最悪な出会いよりも前にも仕出かしていて。

 勿論それは言うつもりは無いが……


 最早彼女の前に行く勇気も無い。

 彼女のプライドを傷付け、自分に失望させたのだから。



「 そうか……まあ、妃探しは王妃に任せてあるが……他に探すのも良いだろう 」

 公爵家との結婚は血が濃いのが問題だと言えば、侯爵家からも打診があるだろうと言って。


 ルシオはホッと胸を撫で下ろした。


 これ以上彼女を自分の結婚話に巻き込む訳にはいかない。

 伯爵家と言ってもその家格はピンきりだと言う事を知った。

 父親のフローレン伯爵も直ぐに断ったと言うのだから、その方が彼女に取っては最善なのだろう。


 ましてやこんな最悪な出会いをしてしまったと言う事は、僕と彼女のは無かったのだ。



「 では、お前の選択肢を広げる為にも近々舞踏会を開こう 」

 今まで他の令嬢とは交流さえ無かったからなと言って。



 こうして……

 ルシオとソアラの婚約の話は無くなった。



 ルシオは勿論の事だが……

 サイラス国王も知らなかった。


 エリザベス王妃の野心を。




 ***




 ルシオ王太子の部屋から退室したソアラは……

 その広い豪華な回廊を歩いて行く内にどんどんと覚醒して行った。


 王太子殿下に向かって大変な事をしてしまったと。

 怒りに任せてとんでも無い言葉を発してしまった。

 王太子殿下は真摯に謝罪をしてくれたと言うのに。


「 不敬罪に問われたらどうしょう…… 」

 項垂れながら経理部に戻ると皆からは好奇な目で見られたが……

 誰からも何も聞かれる事は無かった。



 経理部には王太子殿下の秘書官達の手違いだったと言う正式な通達が既になされていて。


 王太子殿下の婚約の話に関しては、後に王室から発表があるまでは詮索不可となり、この事に関しては経理部全体に箝口令が敷かれた。

 話せば罰が与えられると言う厳しいものである。



 ソアラは自分の部屋にルーナといた。

 その日は仕事にならないと上司から言われて、騒ぎの当事者であるソアラとルーナは早退させられていた。


 同じタウンハウスに住んでいるルーナは、帰宅する前にソアラの家に寄って、2人で話をしている所だ。



「 そんな事があったのね 」

「 ごめんね……いきなりで驚いたでしょ? 」

 ソアラは大まかな事をルーナに話した。


 箝口令は敷かれていたが。

 ルーナには話しておきたかった。

 彼女の婚約者であるブライアンに変な誤解をさせたくは無かったからで。



「 ウフフ……ソアラに間違えられたから得しちゃったわ 」

 王太子殿下にキスされるなんて、末代までの自慢だわと言ってルーナはその可愛らしい顔を輝かせた。


「 ブライアンとは気まずくならないかしら? 」

「 大丈夫よ。彼は私にぞっこんだから 」

 最近はね、騎士仲間達と飲みに行く回数が増えて私にあまり構わなくなってたから良いスパイスになったと言う。


 そんな余裕があるのもその可愛さ故の事だろう。



「 でも残念だったわ。ブライアンと婚約して無かったら私も婚約者候補になって、王太子妃になっていたかも知れなかったのに…… 」

 折角のチャンスなのにソアラはどうして断ったの?と言ってルーナがコトンと首を傾げる。


 この所作は可愛らしいルーナならではだ。

 普通顔の私がしても可愛く無いだろうなと、ソアラは改めて思うのだった。



 学園時代はこの可愛さの為に……

 入学早々に色んな令息から執拗に言い寄られ、その事で他の令嬢達から目の敵にされてルーナは虐められていたのだ。


 それを見かねたソアラが、知り合いの2歳年上のブライアンをルーナに紹介した事から2人は付き合う様になった。

 あの屈強な男が側にいるのだ。

 直ぐに誰も言い寄らなくなったと言う。



「 私は普通の伯爵令息と結婚したいのよ。王太子妃なんてとんでも無いわ 」

「 そうよね。伯爵家が侯爵家と婚約するのも大変だったのよ……王族なんて雲の上の世界よね。ブライアンがマーモット侯爵家の三男で良かったわ 」

 嫡男だったら反対されていたかもと肩を竦めた。


 その所作がまた可愛らしい。


「 あら? ルーナと結婚出来なかったら死んでやると言っていたブライアンだもの。嫡男だったとしても絶対に大丈夫だったわよ 」


 2人でそんな会話をして……

 この話はもう終わりにした。

 箝口令が敷かれている事から。



 その夜はソアラは珍しく寝付けなかった。


 ルシオ王太子殿下。

 やっぱり素敵な方だったわ。

 背が高くて……

 ブロンドの髪がキラキラと輝いて。

 カップのお茶を飲む仕草まで優雅で。


 それに……

 近付くと良い匂いがしたし。



 あんな素敵な王太子殿下から跪かれてキスをされたなんて……

 ちょっぴりルーナが羨ましいかも。


 でも……

 王太子宮に行って、王太子殿下のお部屋にまで入ったなんて。

 これは……

 ルーナと同じで……末代までの私の自慢だわ。


 寝付けなかったソアラは……

 21時15分に幸せな気持ちで眠りについたのだった。




 ***




 それから暫くして……

 ドルーア王国の国民達に向けて国王からの通達があった。


『 ルシオ・スタン・デ・ドルーア王太子の婚約者候補を新たに設ける 』




 その間……

 宰相ランドリアは王宮の蔵所にある王族に関するあらゆる資料を調べ上げていた。


 その結果……

 王妃は四家の公爵家から輩出すると言う記載は何処にも無い事を確かめた。


 これは……

 慣例と言う言葉が浸透していた事を利用しての、4家の公爵家の利権を王族に押し付けただけの事なのである。



「 これで……奴等を捩じ伏せれるわ 」

 エリザベスとランドリアは高笑いをした。


 何処までも己だけが可愛い王妃エリザベス。

 自分もその利権を求めたドルーア王国の、その4家の一つであるノース公爵家の出身なのだが。


「 これであのソアラ・フローレン伯爵令嬢を王太子と結婚させれば……我々の未来も安泰だ 」

 お主も悪よのうと言う会話を姉弟がしていた時に……

 ルシオがやらかしたのである。



 甥っ子のカールから……

 ルシオのポンコツ振りを聞いたエリザベスは、こめかみを押さえながらフラフラとソファーに座り込んだ。


「 ソアラ・フローレン嬢と思い込んだ令嬢が、あまりにも可愛い方だったので殿下が暴走したのです 」

「 お前がちゃんと殿下にお伝えしていればこんな事にならなかったのだぞ! これ程までに王太子妃として相応しい令嬢は他にいないと言うのに 」


 カールもポンコツだから仕方が無い。



「 それに……ソアラ・フローレンを、婚約者候補から外す事を陛下が認めただと? 」

「 しかし……ソアラ・フローレン嬢は平凡な顔でしたよ? 殿下には釣り合いませんよ 」

 美しい令嬢を探しましょうとカールは言う。

 麗しの王太子殿下と言われている殿下なら、引く手あまたですよと。



 エリザベスとランドリアは顔を見合せ溜め息を吐いた。


「 カールや……このプロジェクトはお前の将来の為でもあるんだぞ 」

 ノース一族の長くの栄華の為に。


 だから……

 力の無い家門のフローレン伯爵を選んだのだ。

 まだそれは時期尚早だから言わないが。



 水面下で進めようとしていた話がポンコツな2人の所為で一気に表に出た。


 公爵家の2人の令嬢をルシオの婚約者候補から外す理由は血の為だと言えるが……

 ソアラ・フローレン伯爵令嬢でなければならない理由は……とてもじゃ無いが言えない。


 そうこうしている内に……

 他の貴族令嬢達にも視野を広げる事が議会で採決されて、国王の通達が出る事になってしまったのである。



 そうして……

 国王主催の大舞踏会が開催された。

 利権を求める高位貴族達の……

 各々の野望たっぷりの。


 そこに……

 王宮の舞踏会には、今まで招待された事の無かったソアラ・フローレンが招待されていた。


 ソアラにとっては……

 16歳のデビュタント以来の王宮舞踏会だった。













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