第7話 最悪の出会い
「 殿下! 一番前の席にいるのがフローレン伯爵令嬢だそうです 」
「 ……凄く可愛らしい令嬢だな…… 」
ルシオとカールが経理部の部屋の窓から覗いている。
経理部にいる知り合いに、ソアラ・フローレン嬢はどこにいるのかと聞いたのだとカールが言う。
ルシオは王国の王太子だ。
勿論、こんな覗きをするなんて事は初めてで。
「 良かったですね。可愛い令嬢で 」
もう、気が済みましたでしょ?執務室に戻って溜まった仕事を片付けましょうと言って、カールがこの場から離れる様にと促した。
「 話をしたい! 僕の存在を知って欲しい 」
「 なっ!? 我が国で殿下を知らない人はいませんよ 」
「 そうじゃ無い! 彼女の婚約者として僕を見て欲しいんだ 」
ルシオは経理部の扉に向かって歩き出した。
そんなに新しい婚約者候補に興味があるんだ。
アメリア嬢とリリアベル嬢は兄妹みたいな感情しか無いと言っていたからか……
ましてやあんなにも可愛い令嬢だ。
アメリア嬢やリリアベル嬢には無い可愛さだから、気持ちが逸るのも無理はない。
「 王太子殿下がお越しになりました! 皆は礼を尽くしなさい 」
カールが経理部の扉を開けて王太子の入室を告げる。
皆が起立をして出迎える中。
ルシオはソアラ・フローレンのいる場所までカツカツと靴音を鳴らして、王者の風格を醸し出しながら真っ直ぐに歩いて行った。
麗しの王太子殿下の登場は皆を緊張させていた。
美しい王子である。
幼い頃から勤勉であり真面目な性格。
背はスラリと高く、ブロンドの髪にサファイアブルーの瞳は美しい。
その優しい微笑みで誰もを魅了する王子だ。
だが……
生まれる前から婚約者候補が決められているからか、これ程までに美しい王子でありながらも女性絡みの浮いた話は一切聞こえて来ない。
そんな所もあってか、女性からの人気が恐ろしく高い王子であった。
ソアラは勿論だが、隣の席にいるルーナも今までルシオ王太子をこんなに近くで見た事は無かった。
王宮努めだと言えども……
事務方の仕事場と、王族達の行動エリアは全く別の場所にあるのだから。
「 やあ! そなたが僕の新しい婚約者候補のソアラ・フローレン嬢だね……想像通りの可愛らしい方だ 」
麗しの王太子殿下ルシオは……
満面の王子様スマイルで、ルシオに見とれてボーっとするルーナの手を取りその手の甲に優しく口付けをした。
「 で……殿下!? 人違いです!彼女は私の婚約者です!! 」
「 えっ!? 」
ルシオの後方から上擦った声が響いた。
護衛騎士のブライアン・モーマット侯爵令息が慌ててルーナの手を握るルシオの前にやって来て、その場に跪いた。
彼はルーナの婚約者である。
「 彼女がブライアンの婚約者だって!? 」
驚くルシオに……
早く手を離して下さいとブライアンが凄い圧を向けて来ていて。
「 殿下のお探しのソアラ嬢は彼女の横にいる令嬢です 」
ブライアンからは私の婚約者から早く手を離せとしつこい圧が飛んで来る。
これが王太子でなければ殴り付けているに違いない。
ブライアンは190センチはあるかの屈強な大男だ。
経理部はパニック。
ソアラ・フローレンが殿下の婚約者候補?
アメリア・サウス公爵令嬢は?
リリアベル・イースト公爵令嬢はどうなるんだ?
……で?
何故ルーナ・エマイラが殿下から手の甲に口付けをされてるんだ?
殿下の横では大柄な騎士が跪いていて凄く怖い顔をしている。
もう訳が分からない。
ルシオは……
ブライアンに言われた通りにルーナの横にいる令嬢を見た。
そして……
「 ソアラ・フローレン嬢は貴女でしたか。やっと会えましたね 」
やっとの事で言葉を押し出し、ソアラに向けてにこやかに笑うが笑った顔はひきつっていて。
そう言いながらもまだルーナの手を握ったままで。
「 あの……王太子殿下…… 」
ルーナは顔を真っ赤にしていて。
その可愛い瞳がルシオを見たり、ブライアンを見たりとキョロキョロとしている。
「 お初にお目に掛かります。わたくしがソアラ・フローレンです 」
ソアラは女官の制服のスカートの裾を持ってルシオにカーテシーをした。
「 残念でしたね。ソアラ・フローレンが彼女じゃ無くて…… 」
そう言ったソアラの視線がルーナの手を握っているルシオの手に向けられたので、ルシオは慌ててルーナの手を離した。
「 いや、これは…… 」
今まで生きてきた中でこんなに狼狽した事は無い。
ルシオは……
新しい婚約者候補との劇的な出会いを演出したかっただけなのだ。
その時……
「 ソアラ・フローレン嬢。これは私共の伝達ミスです。殿下にもお詫び申し上げます 」
どうかご容赦下さいとカールがソアラに向かって頭を下げた。
「 それで? わたくしはこの後どうすれば良いのでしょう? 」
「 殿下が話をしたいとの事ですので、これから王太子宮まで一緒にお越し下さい 」
カールが経理部の部長に目で合図をする。
このまま彼女を連れて行くからと言って。
流石は王太子殿下の秘書官だ。
カールはこの場を上手く纏めて流してくれた。
カール!
今ほどお前が僕の側近で良かったと思った事は無いぞ!
ルシオは『穴があったら入りたい』と言う言葉の意味が理解出来た。
勿論、そんな状況になった事は今まで無かった事だった。
***
王太子宮の応接室の3人掛のソファーにソアラは座らされていた。
ルシオは1人掛のソファーに座っていて。
お茶を入れた侍女が退室してからはずっと沈黙が続いている。
ルシオは……
壁際に立っているカールに目をやり助けを求めたが、彼は黙って首を横に振っただけだった。
ここからは自分で何とかしろと。
自分のケツは自分で拭けと。
気まずい。
全てが初めての事ばかりでどう対処したら良いか分からない。
ソアラと間違えたルーナ・エマイラと言う令嬢が、想像以上に可愛かった事からルシオは舞い上がってしまったのだ。
あんな仕事場で……
それも皆が見ている前で……
ルシオは消えてしまいたかった。
時間を巻き戻して暴走した自分を殴り付けたい。
「 間違ってすまなかった……僕の確認ミスだ 」
「 いえ……気になさらないで下さい。よくある事ですから 」
「 えっ!? よくある事とは?」
「 ルーナの顔は可愛いので、彼女と一緒にいるとわたくしの存在をよく消されるんです 」
殿下の様に……と言われて、ルシオはその気まずさに眉間をグシグシと押さえた。
「 そう言う訳では無いんだ………本当に申し訳ない 」
「 もう謝罪は受け入れましたのでこの話は終わりです。それから……お伝えしたい事があります」
姿勢の良いソアラが更に姿勢を正した。
「 ああ、構わない……申してみなさい 」
「 殿下の婚約者候補はわたくしの他にもいらっしゃるのですよね?」
「 それは…… 」
「 わたくしをその候補から外して下さい 」
ソアラはルシオに向かって深々と頭を下げた。
「 僕が……嫌……なのか? 」
「 はい…… 」
「 !? 」
「 いえ……殿下が嫌な女性はこの国にはおりませんわ 」
はいと返事をした事に、ショックを受けた様な顔をしたルシオにソアラはクスリと笑った。
ルシオは笑ったソアラに胸がサワサワとした。
このサワサワが何なのかは分からないが。
「 わたくしは普通の伯爵家に嫁ぎたいと考えております。普通の生活をするのがわたくしの望みですから 」
「 あれが普通の生活? 夜会用のドレスも持って無くて……馬車も無い生活がか? 」
それを聞いたソアラの顔はカァっと真っ赤になった。
「 あ……いや、すまない……でも聞いてくれ。ノース公爵家の夜会でそなたが古いドレスを着て来たと聞いた。帰りの馬車も辻馬車に乗ったと。そこまで貧しいのなら……可哀想だから何とかしてあげたくてそなたにドレスや馬車を贈ったのだ。余計な事をしたと思わないで欲しい 」
皆から嘲笑されたそなたに……
何か手助けをしたかったんだとルシオが言った。
「 可哀想? わたくしは………可哀想なのですか!? 」
「 そなたが僕の妃候補なら…… 」
膝の上で握っていたソアラの手が、プルプルと震え出した事に気付いてルシオはハッとしてソアラの顔を見た。
俯いてルシオの話を聞いていたソアラの唇は微かに震えている。
そして……
「 あのドレスは父が母と婚約をした時に母にプレゼントした物です。父と初めてダンスを踊った時に着ていた思い出のドレスです。母がずっと大切にしていたドレスを着せて貰えた事が嬉しかったから、皆からどう思われてもわたくしは気にする事はありませんわ。それから…… わたくしの家は馬車の無い生活をしておりますが、それに不自由を感じた事はありません 」
ソアラは一気に言い切ってルシオの目を真っ直ぐに見据えた。
「 殿下から見れば……哀れに見えるのかも知れませんが……普通の生活をして普通に生きているわたくしは可哀想ではありません 」
ソアラはそう言うと……
それでは失礼しますと席を立った。
最後に……
「 殿下……顔も知らない女性に、哀れみであったとしてもドレスを贈るのは止めた方が良いですよ。ドレスは愛する
ソファーに座ったままで……
握り締めた自分の手を見ているルシオに向かって、ソアラはカーテシーをして部屋を後にした。
「 殿下……フラれましたか? 」
「 ……… 」
壁際に立って2人の話を聞いていたカールがソファーに座った。
何故か嬉しそうにして。
「 聡明な令嬢でしたね。顔は……まあ、普通の顔でしたが 」
確認は大事ですねと言って、カールは侍女を呼んでテーブルの上のお茶を片付ける様にと指示をしている。
ルシオは頭を抱えたまま暫く動く事が出来なかった。
何たる失態。
何時もなら何事も慎重に行動する事を心掛ける様にしているのだが。
ソアラ嬢に対してとんでもない失礼な事を言い、とんでもない事をした。
彼女にあんな悲しそうな顔をさせた。
今まで生きて来た中で……
女性からあんな悲しそうな顔をされた事は無い。
自分がそうさせた事にルシオは胸がキリキリと痛んだ。
「 彼女に……あんな……辛そうな顔をさせてしまった 」
ルシオは顔を覆ったままで呟いた。
殿下!? 何を言ってるんですか!? とカールは語気を強めた。
「 これからアメリア嬢とリリアベル嬢にも、あんな顔をさせなければならないんですよ? 」
「 !? アメリアとベルに…… 」
顔を覆っていた手を離してルシオはカールを見た。
ノース邸での夜会の時に……
アメリアとリリアベルとダンスを踊らなかった事を思い出した。
彼女達は体調が悪いのかと気遣いをみせてくれていた。
「 少なくとも2人共に殿下に好意を持っていた事はご存知でしたでしょ? 」
そうだ。
だからこそ自分では決められないからと、父上に決めて貰うつもりでいたのだ。
まあ、王妃様には逆らえないのだから、彼女達が婚約者候補で無くなる事は、仕方は無いとは思いますがと言ってカールは肩を竦めた。
「 それにしても……王妃様はまた別の令嬢を探してくれますかね? 」
あの2人が駄目で、ソアラ・フローレン嬢も駄目ならそうして頂くしか無いとカールは言う。
ルシオはこの後……
国王陛下に会う為に国王宮に向かった。
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