第6話 まだ恋には程遠い
「 お父様! もう帰る時間ですわ…… 」
「 しかし……まだノース宰相に挨拶に行って無いが…… 」
「 でも……辻馬車の御者には7時30分に迎えに来て貰う様に言ってありますのよ? 」
「 しかしだな……招待された側は招待してくれた方に挨拶に行く事になっているんだ……このまま帰る訳にはいかない 」
夜会は大体22時でお開きなので、当然ながら19時30分に帰る輩はいない。
この時間帯は、まだ到着してない貴族もいる時間帯なのである。
しかしだ。
フローレン家の就寝時間は21時。
それまでに帰宅をして湯浴みをしなければならない。
なので、19時30分には馬車に乗らないと、21時の就寝にはとてもじゃ無いが間に合わないのだ。
だから辻馬車の御者には19時30分に迎えに来る様に言ってあって。
「 ノース宰相は何処にいるのか? 」
挨拶だけでも済ませたいのだが。
高位貴族の夜会に出席した事の無いダニエルは知らなかった。
主催者は招待客が全員揃ってから会場に来る事を。
それにはある思惑がある。
高位貴族の自分が挨拶をされる立場なので、全員を自分に跪かせたいと言うのだ。
要するに……
王族みたいにしたいと言うのが本音だ。
しかし……
今回は本物の王族が来る。
王太子が来る事から公爵家総出で出迎えなければならない。
公爵家の応接室にルシオを案内して挨拶を交わしていた時に、フローレン
「 御者を待たせては申し訳ないわ。……それに追加料金は割り増しなのよ? 」
あの足元を見られたぼったくりは我慢ならない。
明日は休日だから、次に宰相にお会いした時に謝罪しましょうと言ってソアラはダニエルを説得した。
「 来た事が重要だから、まあ良しとするか 」
2人は受付の者に帰る事を告げると、時間通りに迎えに来た辻馬車に乗って帰路に着いたと言う訳だ。
王太子が来る事を知らされてはいない2人だったので。
いや、知らされていても……
2人が優先すべきは21時の就寝であるが。
嘲笑はされていたと思うが……
直接何か言われた訳では無い。
場違いな人間が場違いなドレスを着て場違いな場所に来たのだから、好奇の目で見られるのは想定内だ。
そう思いながらソアラは夜の9時に眠りに就いた。
公爵家は豪邸だったわと思いながら。
勿論泣きながら帰ってはいない。
それは……
ルシオの勝手な思い込みで。
ルシオは……
可哀想な輩には思わず手を差し伸べる優しい王子様なのである。
***
「 旦那様ーっ!! 」
それは翌日の休日の昼下がり。
執事のトンプソンの叫び声がフローレン家に響き渡った。
門の前には大きな馬車が止まっていた。
馬車には王家の紋章があって。
「 王太子殿下からの贈り物です 」
馬車から降りた使者が目録を広げた。
「 ドレスが20着、宝石が……… 」
呆気に取られて立ち尽くしているフローレン家の人々を横目に、使者は淡々とした口調で目録を読み終えた。
「 これは何処にお運び致しましょうか? 」
「 そんな……困ります 」
「 私共は殿下の命令を遂行しなければなりません 」
こんな荷物は我が家には入らないとメアリーは首を横に振ったが、使者は毅然として言い切った。
「 ………では、一旦こちらに 」
殿下の命令ならば従うのは当然だと、ダニエルが使者をフローレン邸に案内をする。
ソアラ達も慌てて後に続いて、使者が荷物を運び入れるのを見ていた。
ダニエルやトンプソンが手伝おうとしたが。
使者は運び終わるまでは私の責任だからと言って手伝いを断った。
流石は王族に仕える者だと皆で感心をしている間に、テキパキと荷物を運び終えた使者はさっさと帰って行った。
リビングには最新式の豪華なドレスが何着も積み重なってソファーの背凭れに掛けられていた。
どれも目を見張る様なドレスばかりだ。
至る所に置かれた大量の箱の中身は、きっと宝石や靴が入っているに違いない。
「 王太子殿下はもしかしてこのお嬢様をお気に召したのですか!? 」
トンプソンが怪訝な顔をしながら、ドレスを手に取って失礼な事を言う。
リビングいっぱいの高そうなドレスを前にして、まだボーぜんと立ち尽くしているダニエルを横目に、メイドのクロエとノラがドレスを手に取って見ている。
何処に運びましょうかと言いながら。
「 昨夜の夜会で王太子殿下とお会いしたのですか? 」
「 いや、殿下は来られていなかった 」
「 では何故こんなに大量のプレゼントが来たのですか!? 」
何故かトンプソンがダニエルを尋問している。
「 ねぇ……これ……サイズが…… 」
「 本当だわ! サイズがお嬢様のサイズではありませんよ 」
クロエとノラがドレスを広げてソアラの胸元に当てた。
ドレスの丈はどのドレスも短い。
ソアラは背は高いと言う程では無いが……
そこそこの身長があり、何時も歩いているからか細身でスタイルは良い方だ。
「 きっと何かの手違いね。ちょっと!トンプソン止めなさい! 」
トンプソンがリボンの付いた箱を開けようとしているのをソアラが止めた。
「 返却しますわ 」
「 どうしてですか!? 」
「 だってプレゼントされる謂れは無いし、第一サイズが違うのだから、誰かと間違えたのよ 」
きっと他の婚約者候補に贈った物が間違って私の家に届いたのだから、返却するのが筋だわと言ってソアラは溜め息を付いた。
面倒な事になったわ。
休日の午後はメアリーと買い物に行くか、読書をすると決まっていて。
それが出来なくなった事が残念だった。
「 辻馬車を呼んで頂戴。直ぐに宮殿に返却しに行くわ!」
「 返却!? 折角貰ったのだから頂いて置けば宜しいのですは? サイズの合わないドレスは売れば良いし…… 」
「 トンプソン!! 王族から頂いた物を売るなんて……不敬罪になるわ! 」
メアリーがトンプソンを叱りつけながら、貴女の言う様に返却するのが一番だとソアラに言った。
トンプソンは59歳。
しょーもない事を言っては常に叱られているフローレン家の執事である。
トンプソンが辻馬車を呼びに行こうと渋々外に出ると、彼はまたもや叫んだ。
「 旦那様ーっ大変です!! 」
今度は何だと慌てて皆が外に出ると……
「 えっ!? 」
フローレン一家は目の前の惨事に絶句した。
2頭の馬と目が合った。
ヒヒンと嘲笑うかの様な目を向けて来る馬は口をモグモグとしていて。
どうやら庭の花を食べていた様だ。
大きな馬車は門から外にはみ出していて。
「 馬と馬車は何処にしまいますか? 」
馬と馬車と私も王太子殿下の贈り物だと言って小太りの御者は、目を細めて馬を撫でている。
そんな様子をフローレン家の隣人が首を伸ばして覗き込んでいた。
馬車には王家の紋章が入っているのだから、何があったのかと興味津々だ。
「 何かの手違いがあった様ですわ 」
メアリーが慌てて彼女に事情を説明する。
この隣人が噂好きな夫人であるから、噂をする立場から噂をされる立場になりたく無いからもう必死で。
こうして……
馬と馬車と御者を荷物と一緒に返却する為に、ダニエルとソアラは王宮に向かったのだった。
***
「 何だと!? 僕のプレゼントを返却して来た? 」
執務室で溜まった仕事をしていたルシオに、秘書官のカールが告げた。
「 誰かと間違えているのではと言っていたそうです 」
秘書官のカールは宰相ランドリアの長男。
ルシオと同い年の従兄弟である。
「 誰かって誰? 婚約者候補は彼女だけじゃ無いのか? 」
「 ドレスのサイズが違ってた様で…… 」
「 あっ!? 」
ルシオの顔色はどんどんと固まって行く。
ルシオはやらかしてしまったのだ。
ドレスのサイズはアメリアとリリアベルのサイズ。
何時ものショップに遣いを行かせてオーダーしたのだ。
最新のドレスを20着とそれに見合うアクセサリーと靴を。
店のオーナーはてっきり婚約者候補のアメリアとリリアベルのドレスだと思っていた。
ルシオがドレスをプレゼントをしたのはこの2人しかいない事もあって。
「 お前……少しは気を回せよ! 」
「 私に女性の事なんか分かる訳ありませんよ 」
僕の間違いを正すのはお前の仕事だろと言ってルシオは天を仰いだ。
「 宝石なら受けとれる筈だ! 」
「 他の女性に贈った物だと思っているのに、宝石なんか受け取りませんから 」
これは常識ですよと言ってカールは鼻でルシオを笑った。
そうなのか?
宝石なんかどれも一緒だと思っていたが。
「 殿下……もしかしたら……贈ったアクセサリーの中には指輪も入っていますよね 」
「 多分…… 」
「 それって……アメリア嬢とリリアベル嬢の指のサイズでは? 」
「!? 」
その通りだ。
何もかも店任せにしたのだから。
ドレスがあの2人のサイズなら、指輪も当然あの2人のサイズに間違いない。
いくら何でも……
これは非常に不味い事だとはポンコツ王子でも分かる。
「 ソアラ嬢は箱を開けて無かったのだな? 」
「 はい、全てがそのままに返却されたそうです 」
何もかも間違っているのに……
取りあえずはホッとしたルシオとカールだった。
「 でも馬車のプレゼントは喜んだだろ? これからは夜遅くなっても馬車で帰る事が出来る 」
夜会から辻馬車に乗って帰るなど断じてあってはならないのだ。
彼女は僕の妃になる令嬢なのだから。
可哀想な彼女が喜ぶ姿を想像する。
勿論、まだ会った事も無いが。
良い事をしたと、ほくそ笑んでいるルシオにカールが申し訳無さそうな顔をする。
「 殿下……令嬢の家には馬車と馬と御者のスペースが無いらしいです 」
「 えっ? 貴族なのに馬車を置くスペースが無いだと? 」
「 はい。私も驚きました。庭が無いんですって 」
「 庭が……無い? 」
だから……
馬車と馬と御者も返却されましたとカールが言った。
王太子と公爵令息はポンコツだった。
しかし……
雲の上で育った王子様と、これまた雲の上で育った公爵令息の常識が……
やはり雲の上にあるのは仕方の無い事だった。
***
翌日。
ルシオはソアラの勤務する経理部にやって来た。
ポンコツな事をした事を謝罪したかった。
そして……
やはり彼女に会いたかった。
自分の妃となる令嬢に会いたいと思う気持ちは募るばかりで。
「 そんなにお顔が気になるなら、貴族名鑑を見に書庫に行きますか?」
「 いや、直接会いに行く 」
彼女は王宮にいるのだから……
貴族名鑑を見に行くなら、彼女の働く経理部に行けば良いだけだ。
エリザベスが『 フローレン家には伝えてあるから、貴方もそれを踏まえた上での行動をしなさい 』と言う言葉がある。
それは……
彼女の立場を考えて慎重に行動をしろと言う意味だったのだが。
何を勘違いしたのか……
ルシオは突撃していた。
何時も静かにペンを走らせる音や、帳簿を捲る音しかしない経理部がザワザワとした。
すると……
「 王太子殿下がお越しになりました! 皆は礼を尽くしなさい 」
……と言う声が経理部の部屋に響いた。
王太子殿下が?
何故?
王族が経理部に来る事なんか初めての事。
視察ならば前もって通達がある筈だが?
そう思いながらも皆は起立をして頭を下げた。
ソアラは起立をしながら真っ青になっていた。
昨日の今日でここに来るなんて……
やっぱり私に会いに来たのよね?
もしかして……
あのプレゼントの山を返品した事がいけなかった?
恥を掻かせたから罰を与えに来たとか?
でも……
サイズの違うドレスなんだから私宛じゃ無いと思うのは当然だわ。
だけど……
やっぱり間違っていると知っていても受け取るべきだったのかしら?
王族との接し方が分からない。
でも……
罰を与えられるなら自分だけにして欲しいと言おう。
ソアラは覚悟を決めて前で結んでいた手をギュッと握り締めた。
秘書官と護衛の騎士達を連れたルシオは、ソアラ・フローレンの元へやって来た。
「 やあ! そなたが僕の新しい婚約者候補のソアラ・フローレン嬢だね……想像通りの可愛らしい方だ 」
麗しの王太子殿下ルシオは……
満面の王子様スマイルで令嬢の手を取り、その手の甲に口付けをした。
しかし……
ルシオが手の甲に口付けをしたのは……
ソアラの横に立っていたルーナ・エマイラ伯爵令嬢だった。
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