第12話 シンデレラの魔法

 




 楽士達が奏でる音楽が鳴り終わると、ソアラの夢の様な時間は終わった。


 ソアラがルシオに向かってカーテシーをしていると、ルシオの周りに令嬢達が駆け寄って来た。


 そう……

 夢の様な時間だと思っていたのは私だけ。

 ここにいる人達は誰もそうは思っていない。

 王子様とのダンスの余韻に浸る暇も無く、令嬢達が押し寄せて来たのだ。


 力の無い伯爵令嬢なんて……

 ライバルにもなれない存在なのだと思い知らせされる。



「 ルシオ様! 次はわたくしと踊って下さいませ! 」

 あんなよく分からない令嬢が王子様と踊れるのなら、わたくしもわたくしもと皆がルシオの前で膝を折る。

 中には腕に絡み付く令嬢達もいて。


 以前ならば……

 ルシオの周りには必ずやアメリア公爵令嬢がいて、礼儀がなっていないと容赦無く叩き潰して来たのだが。

 彼女がいたから令嬢達の秩序が守られていたのだろう。


 学園時代では程にそんな場面が見られたのだ。

 しかし……

 もう公爵令嬢が王太子殿下の前に立つ事は無いのである。



 押し寄せた令嬢達に、ゴミの様に突き飛ばされたソアラは、あれ~っと言いながらルシオの前から消えた。


 箸より重い物は持った事が無いと言われている令嬢達なのに、やたらと力が強いのはどうしてかしら?


 ソアラがそんな事を思ってふと前を見ると……

 先程絡んで来た令嬢達が物凄い形相で立っていた。



「 どうして貴女が!? 」

「 貴女なんかがどうやったらルシオ殿下と踊れると言うの? 」

「 もしかしてルーナ・エマイラをダシにしたの? 」

 言いなさいよと、キイキイと騒ぎ立てている3人に取り囲まれた。


「 わたくしも一度で良いからルシオ様と踊りたい 」

「 殿下と踊れたら……末代までの自慢に出来るわ 」

「 本当に……そんな思い出が出来たのなら……どんな殿方との結婚も我慢出来るのに 」



 彼女達は侯爵令嬢だが……

 伯爵家にも色々とある様に侯爵家にも色々とあって、王太子の側には近寄る事も出来ないのだ。


 それに……

 貴族であるなら、その殆どが親同士が決めた結婚になるのも事実。


 結婚と言う現実が近付いて来たソアラ達にとっては……

 ルシオ王太子殿下と踊る事が出来るなんて事は、本当に夢の様な事なのである。


 彼女達の目は真剣だ。


 まあ、彼女達の言う事も強ち間違いでは無い。

 ルーナが男達に連れ去られそうになった事から、こうなったのだから。



 こ奴達の言う通りなのかも知れない。

 王太子殿下はルーナを助けに来たのだわ。

 あの壇上からルーナが連れ去られ様としてる所を見たから、駆け付けて来たに違いない。


 殿下はお詫びだと言っていたけれども。

 そこにルーナがいなかったから私と踊っただけなのだわ。



「 そうよ! 貴女達もルーナを苛めたりなんかしないで仲良くしていたら、わたくしの様に素敵な想い出が出来たのかも知れませんわね! 」


 ソアラはここぞとばかりに言葉を続ける。

 いくら彼女達からルーナを庇って来たと言えども、侯爵令嬢は伯爵令嬢よりも身分は上。

 ソアラは言葉を選ばなければないのだ。



「 貴女達のした事をルーナから聞かされたら……王太子殿下は、どう思うかしらね? 」

「 ねぇ……貴女からルーナ……様に謝罪して貰えないかしら? 」

 胸に手を当ててソアラに懇願する様に、掌を返すとはこの事だわとソアラは呆れる。



「 ご自分でどうぞ! でも……ルーナは貴女達を怖がっているから、暫くは近寄らない方が得策ですわね 」

「 そんな…… 」

 自業自得だわと言って令嬢達にバイバイと軽く手を振ってその場を立ち去った。


 これでルーナは嫌な目に遭わなくて済むわ。

 きっとこれからは……

 侯爵家の令息と婚約している彼女は、私よりも頻繁に社交界に出る事になって、もう一緒にいる事も無いだろうから庇ってあげる事も出来無くなる。



 王太子殿下の威力は凄い。

 長年の鬱積が晴れたソアラだった。



 ルシオを見やれば……


 第一有力候補のマリアン・ロイデン侯爵令嬢と踊る所であった。


 再びドーナツ型になったホールでは、次は自分だと言う様にミランダ・ドルチェ侯爵令嬢が胸の前で両手を合わせて2人のダンスが終わるのを待っていて。


 その他の令嬢達や親達もルシオとマリアンのダンスに注目をしている。

 負けてなるものかの熱気と共に。



 私は……

 王太子殿下と踊ったと言うのに皆からスルーされて。


 やって来たのはあ奴らだけで。

 それもルーナのお陰だと思われていて、誰も私が婚約者候補になるなどとは思ってはいないのだ。


 やはりあの時……

 お父様が聞いた、婚約者候補になったと言う話は間違いだったのだと思う。


 ルーナと私を間違えたと言うのが正解なのだろう。

 実際に殿下は間違えていたし。



 その時……

 ワタワタとソアラの元にダニエルが駆け付けて来た。

 何故お前が殿下と踊っていたのだと不思議がる。


 ダニエルがルーナパパと一緒にいるとブライアンがやって来て、2人で慌てて会場から出て行ったのだと。


 ソアラが事情を話せば、そう言う訳だったのかとダニエルは納得をした。



「 殿下は……今日の警備の不備とか……今までの全てのお詫びだと言って私と踊ってくれたのよ 」

 殿下はちゃんとした好い人だったわとソアラが言う。


「 怖い目にあったが……良い想い出が出来たな 」

「 ええ……ルーナには申し訳ないけれども…… 」

 帰宅したら皆に自慢するわと言ってソアラは笑った。



 大広間の壁に掛かっている時計を見ると時間は8時を少し過ぎていた。


 もうすぐ寝る時間だ。

 早く帰らなければ。


「 お父様! 早歩きで帰りますわよ 」

 2人は急いで宮殿を後にした。



 シンデレラの魔法はすっかり解けたのだと思うと……

 ソアラは少し泣きそうになった。




 ***




「 えっ!? フローレン親子は8時過ぎには帰宅しただと? 」

 そんな早い時間に帰宅するなんて……

 あの後何かあったのだろうか?


 令嬢達と一緒にいる所を確認してからその場を離れたのだが。

 勿論、直ぐに騎士達に命じて警備の強化を徹底した。



 あの後は令嬢達に捕まって、ダンスをしたり言葉を交わしたりの交流を図った。

 令嬢達の両親や親戚も挨拶に来たりと忙しい時間を過ごしたのだった。



 舞踏会を終えて自分の部屋に戻ったルシオは、カールから報告を受けていた。

 もう時間は深夜近くになっていた。


 殿下が気にされていたから、受付から聞いて来たとのだとカールが言う。


 王宮の舞踏会では警備の為に人の出入りがしっかりと記入される事が決まりなので、2人が宮殿を出た記録が残っていて。



「 分かった。ご苦労 」

 上着を侍女に渡してルシオはドカッとソファーに座った。


 出されたお茶を一口飲むと、ソファーの背凭れに凭れて眉間を押さえた。


 今までは2人の令嬢の相手をすれば良かっただけだったが、今宵は大勢の令嬢達の相手をして相当疲れていた。


 公爵令嬢のアメリアがいない事から全く統率が取れなくて、我先にと争う令嬢達の質問責めにすっかり参ってしまった。



「 それから……アメリア様とリリアベル様から、お茶会の申し出が来ております 」

 カールはそう言いながらルシオにカードを見せた。

 どちらも2人だけで話をしたいと申しておりますと言って。


 ルシオはカードを手に取った。

 いくら婚約者候補から外されたとは言え、彼女達を無下にはしたく無い。

 最近まで……

 本当につい最近までは、彼女達のどちらかと結婚すると思っていたのだから。


「 分かった。近い内に席を設けてくれ 」

「 御意 」


 

 何時も直ぐに消えてしまう彼女は……

 まるでお伽噺のシンデレラの様だ。


 ガラスの靴は落とさなかったけれども……

 僕の足は彼女の靴で沢山踏ん付けられた。


 何度も何度も一生懸命謝る彼女が愛らしかった。



 だけど……

 ソアラ・フローレン嬢とはここまでだ。


 これ以上僕が関わると彼女に迷惑が掛かるだろう。

 僕の婚約者になるのは誰なのかと皆が過敏になっているのだから。


 彼女は既に僕の婚約者候補では無くなったのだ。

 何時までも気にする事も無いだろう。



 皆を惑わさない為にも……

 婚約者候補では無く、僕の婚約者を決めようと思う。

 もう、アメリアやリリアベルみたいな争い事にはしたくない。


 僕の妃となる女性ひとを決めたい。



 ルシオは自分に言い聞かせる様にして……

 また一口お茶を飲んだ。








───────────────────



この小説の世界にも、お伽噺の『シンデレラ』の物語があると言う設定です。


揺る~く読んで頂ければ有難いです。



読んで頂き有り難うございます。




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