第4話 麗しの王太子殿下

 




 ルシオ・スタン・デ・ドルーア。


 サイラス・スタン・デ・ドルーア国王とエリザベス王妃の間に生まれた第1王子である。


 背がスラリと高く薄いブロンドの髪にサファイアブルーの瞳。

 顔は『 麗しの王太子殿下 』と国民達から呼ばれている程の美丈夫。


 彼は……

 平和な国の時期国王としての国民からの期待も高く、それに見合う器としてすくすくと成長したやんごとなき王子である。



 今回彼は……

 地方の公務に出掛けていて、凡そ1ヶ月振りの帰城だった。

 出迎えるのは侍女達。


 大勢の騎士達に囲まれる中……

 侍女達からの挨拶を受けて王宮の奥に入って行った。



「 あら? どうしたの? 何時もは王太子殿下を見ようともしないのに 」

「 えっ!? 」

 丁度内閣府の経理部から出たソアラは、王太子を見ようと必死で背伸びをしていた。


 しかしだ。

 ソアラとニーナのいる場所からは王太子の姿は見えなかった。

 屈強な騎士達が取り囲んでいて。



 王族が帰城した時に出迎えるのは、侍従や侍従などの彼等の直属の側近達で、ソアラ達の様に事務仕事をしている面々は出迎える事は無い。


 そもそも王宮で働いていると言っても、王族と直接会うなんて事は無いし、その姿さえ見る事も殆ど無い。

 宮殿への出入りも王族は正面玄関を使うが、ソアラ達事務官は従業員出入り口を使用しているので。



「 ひ……久し振りにご帰城なされたから……ちょっと拝顔しようかなと思って…… 」

「 王太子殿下の美しさは目の保養になりますものね 」

 至近距離で見たら卒倒してしまうかもと、ルーナはクスクスと笑った。


 昨夜お父様からあんな事を聞いたから、ちょっとだけ意識してしまった。


 だけど……

 やはり王太子殿下などは雲の上の人で。

 顔どころか姿さえも見る事の無い存在だと改めて認識する。



 ソアラにとってのルシオ王太子殿下とは……

 その存在を知ってるだけで、特別な想いさえも無かった。


 それはソアラに限った事では無くて、ドルーア王国の令嬢達は皆そうであった。

 王太子妃になる方は……

 既に2人の令嬢の内のどちらかと決まっている事なので。



 きっと……

 年頃の令嬢達が皆候補に上がったのよ。

 私も一応は伯爵家の令嬢なのだから。


 ドルーア王国に置ける身分制度では、伯爵以上の身分が高位貴族とされていて、国の重要なポストは伯爵以上の爵位が無いとなれない仕組みになっているのである。



 差程気にする事は無いのかも知れない。

 私が選ばれる訳は無いわ。


 ソアラは……

 安心して帰路に着いた。

 ニーナと楽しく話ながら。


 何時もの普通な1日が終わりソアラは満足するのだった。




 ***




 しかし……

 ソアラの望む普通はもう無くなっていた。



 家に戻ると……

 一通の封書がリビングのテーブルの上に置かれていた。


「 ただ今戻りました………お母様? 」

「 ソアラ……これを……… 」

 ソアラ宛だと言ってメアリーはソアラにその封書を渡した。


 それはノース公爵家からの封書だった。

 ランドリア宰相主宰の夜会の招待状。

 それも……

 の夜会への。



 普通ならば、少なくとも1ヶ月前には各々の家に招待状が届くのだが、やはりソアラが婚約者候補に上がった事で急遽招待されたのだと皆は思った。


 夜会は社交界の交流の舞台であり、そこは色んな利権が交差する場所だ。

 伯爵家と言えどもただの文官であるフローレン家と交流を持っても何ら得する物は無い。


 なので……

 ノース公爵家の夜会は勿論の事、他の貴族の夜会などにも招待された事なんか殆ど無い。


 ソアラ宛の夜会への招待は初めての事だった。



「 そんな……お嬢様は夜会なんか行った事も無いのに 」

 そう叫んだのは執事のトンプソン。

 いきなり大御所の夜会だなんてと言って使用人達が青ざめている。


 しかし……


「 ドレス……私……持って無い…… 」

 使用人以上に青ざめていたのはソアラだった。


 ソアラの16歳のデビュタントの時に王宮の舞踏会に参加をした事はあるが。

 その時は真っ白いドレスを着用した。

 デビュタントの令嬢達は真っ白なドレスを着用する決まりとなっていて。

 一世一代の舞台だからと豪華なドレスを誂えて貰ったのである。


 しかしだ。

 まさかその白いドレスを着るわけにもいかない。



 夫人が着る様な夜会用のドレスはメアリーも何着かは持ってはいるが。

 若いソアラが着るにはあまりにも地味過ぎる。


「 やっぱり1着位は作っておくべきだったわね 」

 夜会の招待状は1ヶ月前位に届くので、届いてからドレスを購入すれば良いと思っていた。


 まさか……

 昨日の今日に招待状が届くなんて思ってもみない事だったのだ。



 年頃の娘がいるのだから、何時なんどきこんな事があるかも知れないのを予想しておく必要があったのだと言って、メアリーは自分の顔を両手で覆った。


 買いに行こうにも給料日前で夜会用の豪華なドレスを買う様な大金なんて無い。

 お得意様なら後払いも可能だろうが。



「 お父様!欠席する事は出来ませんか? 」

「 宰相からの正式な招待に欠席なんか出来る訳が無かろう 」

「 そうですよね。余程の理由が無い限りは欠席なんか出来ませんよね 」 

 トンプソンがそう言ってうんうんと頷いている。


「 じゃあ仮病を使って…… 」

 メイドのクロエとノラが、欠席する理由の案をあれこれと出している。


 しかし……

 フローレン家の人間は誰も嘘なんか付いた事は無い。

 ずっと人を欺く事無く誠実に生きて来たのだ。

 仮病を使うなんて事はご先祖様に申し訳が立たない。



「 私……正直に言いますわ! 夜会に着て行くドレスが無いから出席出来ませんと……明日ノース宰相にお伝えします 」

「 ソアラ…… 」

「 姉上…… 」

「 お嬢様…… 」


「 いや、私に言わせてくれ。父親が不甲斐ないからと 」

 娘にドレスの一枚も作ってあげて無かった私の責任だからと、ソアラの手を持ってダニエルが涙ぐんだ。


「 お父様…… 」

「 父上…… 」

「 旦那様…… 」

 皆もヨヨヨと泣き崩れた。


 普通の生活を好むフローレン家の人々は、些細なハプニングには弱い。



 その時……


「 私が若い時に着たドレスが1着だけあるわ! 」

 両手で顔を覆っていたメアリーが思い出した様に立ち上がり、ソアラの手を引っ張って自分の部屋に向かった。




 ***




 夜会は夜の18時からで。

 仕事を終えたソアラは帰宅して直ぐにドレスに着替えた。


「 少し丈が短い様だからレースを縫い付けたわ 」

 ソアラは小柄な母親よりも10センチは背が高い。

 なので丈の短いドレスを補う為に。


 ドレスは20年以上も昔に作られた物。

 ダニエルがメアリーと婚約した時にプレゼントをして、初めて2人で夜会に出席した時に着た物らしい。

 初めて2人で踊ったダンス。

 思い出の品だから取って置いていたのだと言う。



「 お母様……お父様との大切な思い出のドレスに手を加えるなんて…… 」

「 良いのよ。ドレスが無いから出席出来ないなんて、そんな情けない事は……お父様や貴女に言わせられ無いわ 」

 流行遅れのドレスなのが申し訳無いと言って。



 夜会にはエスコートの男性がいないと入れないので、勿論父親のダニエルと一緒にノース宰相の公爵家に到着した。


 公爵家は少し遠い場所にあるので辻馬車を手配した。

 帰りの時間にも迎えに来て貰える様にお願いして。



 公爵邸も王宮と変わらない様な広い敷地だ。

 勿論訪問するのは初めてで。

 正門を潜っても玄関口に到着するまでは、かなりの時間を馬車に乗る事になる程であった。


 家紋の入った馬車が引っ切り無しに行き交って行くのをソアラは辻馬車から眺めていた。


 招待客はかなりいるに違いないと思いながら。



 大きなシャンデリアが幾つも並ぶ大広間は王宮の広間よりはかなり狭いが、色とりどりの豪華なドレスを着た貴婦人達があちこちで花を咲かせていた。


 ソアラ達は目立たない様に壁際に立っていて。

 壁際にいるのに皆の視線を感じるのは、ソアラがこの場にいるのが珍しいからなのだろう。


 高位貴族だけがいる公爵家の夜会には場違いな令嬢だと。

 中には扇子で口元を隠してヒソヒソとやっていて、貴婦人達にとっては初めて見るソアラを田舎から出て来た令嬢だと思っているかの様で。



 まあね。

 20年以上前のドレスなんだから流行遅れなのは当然ね。


 でも……

 これはお母様の大切な想い出のドレス。

 少しも恥ずかしくは無いわ。


 ソアラは皆の視線を堂々と受け止めていた。


 何時もはこの普通顔で何事にも目立つ事は無いが……

 この日はかなり目立ってしまっているのは気になるが。



「 やあ! フローレン氏じゃ無いか? 珍しいな 」

 ダニエルに1人の男が声を掛けながら近付いて来て、横にいるソアラに気付いて挨拶をする。


「 おお……ご令嬢か!? 確か経理部で働いているとか…… 」

 美しい女性だと言うあからさまなお世辞を言われて、ニコリと笑ってやり過ごす。


 こんな普通顔に……

 美しいと言うのも大変だと思いながら。



 2人が熱心に話し出したのでソアラはその場を離れた。

 ダニエルには学園時代の友達を見付けたのでそこへ行くと言って。


「 まあ!? ソアラ様なの? 」

 夜会に来るなんて珍しいわねと、軽食コーナーに向かおうとしていたら声を掛けられた。


 勿論、この令嬢達は流行りのマーメイドドレスを着ていた。

 近くで見ると胸元が大きく開いていて、首元のネックレスの大粒の宝石がシャンデリアの光でキラキラと輝いていた。


 彼女達は大伯爵家の令嬢。

 そう……

 この会場にいるのはお金持ちの令嬢達ばかり。

 皆は学園時代よりも少し大人になり、お洒落をして美しくなっていた。


 きっと……

 彼女達も王太子殿下の婚約者の候補なんだわ。

 そう思うと何だか安心する。


 いや、もう無理矢理にその理由をこじつけていた。

 自分が王太子殿下の婚約者候補だなんて事は、とてもじゃないが受け入れられないのだ。



 勿論、招待されているのは令嬢達だけでは無い。

 あちこちに素敵な夜会服を着た令息達もいて。

 学園時代のクラスメートも何人もいる。


 皆はすっかり大人になっていて。

 お酒の入ったグラスを片手に格好良くお喋りを楽しんでいた。



「 王太子殿下がお出ましになりました 」

 ノース家の執事がルシオ王太子の到着を告げると……

 皆が話を中断して姿勢を正した。


 この夜会は王妃陛下の実家であるノース公爵家の夜会。

 誰もが王太子が来る事を予測出来ていたみたいで、慌てた様子も無い。


 王太子が入場して来ると……

 一斉に男性達は腰を折り女性達はカーテシーをする。



 ブルーの夜会服を着ているルシオは『 麗しの王太子 』と言われるだけあってとても美しい。

 その姿には……

 周りからホゥゥと溜め息が漏れる程に。


 カツカツとゆっくりと歩く姿にはやはり王になる風格を伴っていて。


「 やっぱり素敵だわ…… 」

「 格好良いわ 」

 そんな声があちこちに飛び交っている。


 ホールの上座までやって来たルシオを遠巻きに皆が取り囲んでいる中……

 2人の美しい令嬢がルシオの前に歩いて来て、改めてカーテシーをした。


 公爵令嬢のアメリアとリリアベルだ。


 アメリアは真っ赤なマーメイドドレス姿でリリアベルはオレンジ色のマーメイドドレスを着ていて、2人共にとても美しく着こなしていた。



「 ルシオ様……無事の御帰還何よりですわ 」

「 お帰りなさいルシオ様! 」

「 アメリアにリリアベルか……久し振りだな 」

 ルシオはそう言って2人に優しく微笑んだ。


 お互いに名前で呼び合う程に3人はとても親しい。

 ルシオが生まれる前から決められている婚約者候補の2人とは、幼い頃から好意を持って幾度と無く会っていたのだから。



 何時もならば……

 ここでルシオはアメリアにダンスを申し込み、アメリアと踊った後にリリアベルと踊るのである。

 アメリアはリリアベルよりも2歳年上だからと言う事もあって。



 しかし……

 この日はそうしなかった。



「 ソアラ・フローレン嬢は何処にいる? 」



 ルシオは会場を見渡しながら……

 彼の後から入場して来たランドリア宰相に聞いた。










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