第3話 フローレン家の結論

 




「 お父様の帰りが遅いですわね 」

「 どうしたのかしら? 何時もなら遅くなる日は前もって言ってくれるのに 」

 図書館の仕事に残業は無い。

 同僚達と飲みに行く時は、前もって決められている日しか行かない父である。


「 もしかして……事故? 」

 王宮へは徒歩通勤。

 帰り道で事故かそれとも暴漢にあったとか。

 徒歩15分の距離だが。

 ソアラは青ざめた。


「 そんな…… 」

「 姉上、縁起でも無い事を言わないで下さい 」

 置時計を見れば18時を回ってる。


 毎日17時30分に帰宅して、18時きっかりに夕食を食べ始めるフローレン家にとっては考えられない遅れである事から、皆があたふたとしているのだ。



「 奥様! 私が見てまいりましょう 」

 執事のトンプソンがそう言って玄関のドアを開けて外に出た。


 すると……


「 あっ!? 旦那様! 」

 ドアの外からトンプソンが叫んだ。



 ダニエルは宰相の話を聞いてからの記憶は無く、気が付くと家の前に立っていた。


 ダニエルは、まじまじと家を見上げた。


 持ち家では無く国に借りてる借家だ。

 庭と言えば……

 妻が園芸を嗜む程度であるから、勿論庭師などの贅沢な使用人はいない。


 伯爵と言えども……

 執事が1人とメイド2人とシェフの4人の使用人がいるだけだ。


 勿論自分達の身の回りの世話をする侍女などはいない。

 皆、自分の事は自分でする。

 なのでドレスを着る時は母娘が協力しあって着る事になる。

 女官のソアラは家から制服姿で通っている。


 平民のメイドはあくまでも家の掃除や洗濯をするだけであって、教育をされた侍女の様に優秀では無いのだ。


 金持ちの子爵や男爵ならばもっと広い邸宅に住んでいる。

 平民でも金持ちならば、沢山の使用人に囲まれて良い暮らしをしているだろう。



 こんな家で暮らして来たソアラが王太子妃?



 あの後……

 ダニエルは必死でノース宰相に食い下がった。


「 理由を教えて下さい! 」

「 まあ……王族に新しい血を入れる必要があると言う事だ 」


 新しい血?

 確かに、代々公爵家の4家で妃を決めている訳だから血も濃くなるだろう。

 その理由は理解できる。


 しかしだ。


「 その新しい血は………何も私の娘で無くても…… 」

「 これは王妃陛下が決めた事です 」

 ダニエルの必死の懇願にも宰相はただただ首を横に振るだけで。


「 まあ、後は王太子殿下次第ですな 」

 宰相は嬉しそうに言って自慢の口髭を撫で付けた。




 ***




 フローレン家は急いで夕食を食べ、リビングで家族会議をしていた。

 ダニエルは使用人達も皆呼び寄せた。


「 !? 何故私が王太子殿下の婚約者候補に? 」

 帰宅が遅れた事の事情を話したダニエルに対して、皆の反応は宰相にしたダニエルと同じだった。


 誰もが信じられないと叫び、何かの間違いでは無いのかと蜂の巣をつついた様な大騒ぎとなった。



「 お父様は……勿論お断りをして下さったのですよね?」

「 勿論、お断りはしたさ 」

「 それで? 」

「 聞き入れてくれなかった。王妃陛下がお決めになった事だと言われて 」


「 父上! もしかして王命が下ったのですか!? 」

 イアンの言葉に全員が青ざめた。


 王命ならば絶対だ。

 王命が下ったのなら最早逆らう事は出来ない。

 もうそれに従うしか生き残るしか道は無い。



 青ざめているソアラ達3人の横では、トンプソン達使用人がヒソヒソとやっていて。

 もしかしたら……

 これは何かの罠かも知れないと。


 お嬢様を婚約者候補に仕立て上げて、皆で嘲笑う刑罰か何かなのかもと言っている。

 とばっちりを受けたら大変だから、早い目に就職先を探した方が良いのかもと。


 フローレン家の使用人達は皆が希薄な奴らだった。



「 いや……それは無い。まだ水面下での話だそうだ 」

 ダニエルの言葉に取りあえずは安堵する。

 王命では無いのならまだ逃げ道はあると言って。


「 そうだ! 思い出した!王太子殿下にはまだお伝えしていないらしい。宰相は王太子殿下次第だとも言っておられた 」

「 あなた……それは本当ですか!? 」

「 父上! それを早く言って下さい! 」


 皆は各々がそれを聞いて大喜びをした。


 希薄な使用人達も……

 これで就職先を探さずに済むと歓喜した。

 4人でこっそりとガッツポーズなんかをしている。



「 ならば大丈夫だわ。ソアラが王太子殿下に気に入られる筈はありませんからね 」

 落ち着きを取り戻したメアリーが紅茶を一口飲みながら、とても失礼な事を言う。


 使用人達もそう思ったからのガッツポーズだったのだが。



 王太子殿下が生まれる前から、公爵令嬢の婚約者候補が決められている事は、このドルーア王国では皆が知っている事である。

 サウス家とイースト家のどちらかの家から王太子妃が選ばれる事を。



 サウス家のアメリア嬢はルシオ王太子と同い年の22歳で、とても優雅で美しい令嬢だ。

 イースト家のリリアベル嬢はキュートで愛らしい令嬢で、歳はソアラと同い年の20歳。


 彼等は幼い時から親しく過ごして来たと言う。

 この2人のどちらが王太子妃に選ばれても国民としては文句は無かった。

 最近では賭けをしている者もいた。

 どちらが選ばれるのかの賭けだ。



 そんな2人にこの普通顔のソアラが太刀打ち出来る?



「 無い無い無い! 」

 叫んだのはトンプソンだった。

 皆も同じ事を考えていた様で笑いを噛み殺している。


「 お嬢様のその普通顔では……アメリア嬢に太刀打ち出来る筈が…… 」

「 トンプソン!お前…… 」

 ソアラがトンプソンを睨み付けると、彼は慌てて両手で口を塞いだ。


 トンプソン59歳。

 背はスラリと高い細身の執事だ。

 領地経営も無いフローレン家では、仕事のあまり無い彼は居候の様な存在。


 彼は王太子妃にはアメリア嬢が選ばれるとして、タウンハウスの執事組合の仲間内で大金を賭けてるらしい。


 シェフのリチャード56歳は、同じくシェフ組合でリリアベル嬢に賭けてると言う。



「 まあ!? もうこんな時間……大変! 早く湯浴みをしてベッドに入らなければ! 」

 その時、リビングの置時計を見たメアリーが叫んだ。


 時間は夜の20時になっていて。

 21時に就寝するには20時30分までには湯浴みをしなければならない。


 皆はバタバタと各々の仕事をする為に散って行き、ソアラも自分の部屋に戻った。



 差し当たってのフローレン家のこの会議での結論は……

 あの、麗しの王太子殿下がソアラを選ぶ事はあり得ないのだから、要らぬ心配はしないでおこうと言う事になったのだった。



「 全く! トンプソンにはむかつくわ! 」

 急いで湯浴みを済ませ、ベッドに横になっているソアラは憤慨していた。

 勿論その通りだが。

 その通りだが……あんまりな言われようだ。


 自分の顔が普通顔なのは自覚している。

 不細工では無いと思うが。

 ドルーア王国では何処にでもいるありふれた一般顔だ。

 茶色の髪も茶色の瞳も目の大きさも普通過ぎて。


 初対面の人からでも……

「 以前にお会いした事がありますよね 」としょっちゅう言われるのだ。



 クロエとノラにはきつく口止めしておかなければならないわね。

 彼女達もタウンハウスのメイド組合にいるらしい。

 そこであらゆる噂話をしていると言う。


 そんな彼女達からメアリーは社交界の情報を集めているのだ。

 侯爵夫婦が離婚寸前の理由が夫の浮気が原因らしいとか、伯爵家の嫡男が平民の女と結婚をしたいと言い出して揉めているとか。

 それを夫人達とのお茶会で噂をするのが、暇を持て余している夫人達の趣味なのである。



 我が家の中でもこんな風に侮辱されるのだから、これが世間に知れ渡ったら……

 とんだお笑い草になるわ。


「 はぁ……それにしても何故私? 」

 これはもしかして……

 私は誰かの当て馬と言う事かしら?

 何か目的があっての。


 ソアラは色々と考えあぐねて眠れない夜を……

 過ごさなかった。


 彼女の体内時計は正確で。

 夜の21時には眠くなるソアラは、さっさと寝付いた。

 まるでエンジンが切れた様に。


 彼女の体内時計は恐ろしく正確なのである。




 ***




 ソアラは職場で何時も通りに仕事をしていた。

 何時もと何ら変わらない雰囲気に安堵する。


 仕事仲間達も何時通りで、皆は普通に黙々と仕事をしていた。


 普通である事。

 それがどんなに心地良いか。



 ソアラは宮殿の経理部で働いている。

 宮殿でのお金の収支担当だ。

 備品などの購入や経費などの全ての領収書や請求書が、ソアラのいる部署に来ると言う。


 宮殿のお金の流れを全て把握している経理部は『宮殿の心臓部』と言われている。


 ただ……

 王族の収支は特別部の管理下にあった。



 昨日の話は忘れて仕事に没頭する事が出来た。

 何時も通りの時間に満足をする。

 ふと置時計を見ると……

 仕事の終わる10分前だ。


 体内時計は今日も正確で。



 ふと昨日の事を考えた。


 王族に新しい血を入れたいのなら……

 侯爵家の令嬢達もいるではないかと。

 伯爵令嬢だって私の他にも年頃の令嬢はわんさかいる。


 大体……

 サウス家とイースト家のアメリア様やリリアベル様が王太子妃になるからと、侯爵家の人達は何も行動をして無いけれども。

 この2人が選ばれないとすれば、他家が黙っている訳が無い。


 私でなければならない理由は無い。

 きっと他にも沢山の候補の令嬢がいる筈。


 そう考えたら何だかスッキリとして来た。

 計算が合わないと許されない仕事柄、何でもクリアーにしなければ気が済まないのだ。



「 お疲れ様!今日も忙しかったわね 」

 隣の席で片付けをし出したのは同期のルーナ・エマイラ。

 伯爵令嬢の彼女とは学園時代からの親友であった。


 彼女は騎士団の騎士と婚約中。

 学園時代に彼が見初めてからのお付き合いだ。

 それはそれは熱烈にルーナに求婚したのだ。


 そう、ルーナはとても可愛い。

 婚約して無かったら、彼女も王太子殿下の婚約者候補にあがっていた筈なのである。


 いや、もしかしたら私と彼女を見誤った可能性もある。

 何時も一緒にいて彼女も同じくタウンハウスに住んでいるのだから。



「 どうしたの? ボーッとして 」

「 あっ! ううん……何でも無いわ。お疲れ様。今日は彼のお迎えかしら? 」


「 今日は夜勤があるって言ってたわ……だから一緒に帰りましょう 」

「 騎士の奥様になるのも大変そうね 」

「 本当に。時間がまちまちで嫌になるわ 」


 そんな事を話しながら帳簿を棚に戻した。

 17時ピッタリである。


「 おっ! 時間ピッタリ。流石はだな 」

「 止めて下さいよ。その言い方は 」

 こんな冗談も軽くやり過ごしながら、金庫の鍵を閉めて上司に鍵を渡してソアラの1日の仕事が終わるのである。


 経理部の皆も……

 そんなきっちりとしているソアラを見て、仕事の終わる時間だと把握する。

 ソアラの体内時計の正確さは知る人ぞ知るのだ。


「 お疲れさん 」

 そんな声が経理部のあちこちで飛び交い、両手を上に上げて伸びをする者もいて。



 その時……


「 王太子殿下がご帰城になられましたーっ!! 」

 門番のお触れが一気に宮殿を緊張させる。


 ざわざわと辺りが騒がしくなって行く。


 何時もなら……

 気にも止めないでやり過ごすだけのソアラなのだが。



 彼女は固まってしまっていた。











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