第2話 王妃の野心

 




 ドルーア王国は王家を中心に4家の公爵家が国を支えている。

 ノース家、サウス家、イースト家、ウェスト家だ。

 家格はどの家も同じで、王家の王太子には代々この4家から妃を選ぶ事が決まりだった。


 なので……

 王家に第1王子が生まれたら、娘を生む事が最も重要視される事になる。

 先ずは妃候補の娘が必要なのだと。

 この4家の公爵家に限っては、望むのは息子よりも娘なのである。


 といっても……

 現王妃と前王妃の家門からは選ばれない。

 血が濃過ぎる事を避ける為になのだが。


 なので王太子妃は……

 王妃の出のノース家と、先代の王妃の家門であるウエスト家以外の2つの公爵家のどちらかから選ばれる事になるのだった。



 サイラス・スタン・デ・ドルーア国王には、妻であるエリザベス王妃と、第1王子のルシオ王太子とその妹のシンシア王女の2人の子供がいる。


 ルシオ王太子は22歳。

 立派な大人に成長した彼はそろそろ結婚をしなければならない。

 サウス家の令嬢か、イースト家の令嬢のどちらかを王太子妃に選ばなければならない。



「 嫌だわ 」

 それはエリザベス王妃のこの一言から始まった。


 エリザベスの王太子妃時代は、先代のウエスト家出身のビクトリア王妃にそれはそれは苛められた。

 嫁イビりをガッツリとされ、耐えて耐えての日々を過ごしたのだった。


 この国は王妃の家門こそが最強。

 悲しいかな国王は飾りに過ぎない存在となっていて、国王が崩御すれば政権が王太子妃の家門に打って代わるのである。



「 母上は、大人しく離宮にお隠れになって下さい 」

 前国王が崩御すれば……

 離宮に移らなければならない皇太后に、新国王となった息子のサイラスはそう言うしか無かった。


 サイラスは即位するなりウエスト家の大臣達を一掃して、新王妃のノース家の一族を重要な役職に就けた。

 年齢的にも若返りを図った。

 自分が政治をする為にも……

 先代の要人達は排除する必要があったのだ。



 なので……

 皇太后としての力のある元王妃のビクトリアを残しておく事は出来なかった。

 彼女はもはや自分の担う政治の邪魔にしかならない存在。

 即位したとたんにいざこざを起こす訳にはいかないのであった。



 あれ程華やかな場所にいて……

 権力を思うがままに振るったなれの果てが、離宮で寂しく暮らす生活。

 ビクトリアが数人の彼女の侍女を連れて、馬車に乗って離宮に行く姿は惨めだった。


 あれが将来の自分の姿。

 もう……

 華やかな晩餐会や舞踏会にも出られない。


「 嫌だわ 」

 エリザベスは自分の余生を……

 惨めな思いをしながらひっそりと送るのはごめんだった。



 最後まで輝きたい。

 その為には……

 王太子妃をこの2つの公爵家から娶れば良いのでは?


 サイラス国王が死んでも……

 ノース家一族がそのまま政治を担う未来を考えた。



 生意気な侯爵では駄目。

 権力を行使しても逆らえない伯爵位が丁度良い。

 それも……

 資産のある伯爵は駄目。

 金に執着されたら何かを企むかも知れない。


 政治に無頓着な欲の無い伯爵を探すしか無い。



「 ランドリアを呼んでちょうだい! 」

 エリザベスは壁際に待機している侍女に、宰相のランドリア・ノースを呼ふ様に申し付けた。


 宰相のランドリアはエリザベスの弟だ。


 宰相だけでは無い。

 国を動かす重要なポストは全てノース家の一族の者なのである。


 それが……

 国の実権を握ると言う事で。



 エリザベスは自分の計画をランドリアに話した。

 王太子の妃には、公爵家以外の力の無い家から令嬢を娶れば、王太子妃が王妃になった後も政治の実権を握れるのだと力説した。


「 なんと……そんな事……他家が許す筈がありませんよ 」

 ランドリアは眉を潜めて口髭を撫でた。



「 理由は……からで良いわ、王家に新鮮な血を入れる必要があると言いなさい 」

「 成る程……それならば何とかなるかもしれない 」


 4家の間で妃を回しているので血が濃くなっているのは確か。

 だからか……

 近年の王族の数は極端に少なくなっている。

 エリザベスは幸いにも2人の子を儲けたが。



 王族には側室制度はあるが……

 側室は王子が生まれ無かった時のみに認められる制度であるので、現国王には王妃が王子を生んだ事から今は側室はいない。


 勿論側室も王妃の一族から選ぶ事になるので、過去に側室がいた時代も、やはり血は濃いのであった。



『 新しい血 』

 これが新しい王太子妃選びの計画の大義名分だ。



「 妃候補は伯爵家。権力欲の無い親の娘で……様相は普通の令嬢が良いわ 」

 美しい令嬢はチヤホヤされてるから鼻持ちならないし。


 伯爵家でも野心家は駄目だと妃候補の条件を次々に言えば、ランドリアはメモにサラサラと記入していった。


 書き終わると……

 メモを秘書官のリッターに渡して、この令嬢を探して来る様に命じた。

 勿論、この伯爵令嬢が王太子妃候補だとは言わないで。


 まだ他の公爵家には知られてはならないあくまでも水面下の話なのだから。




 ***




 リッターは宮殿の重要書類を扱う書庫に出向いた。


「 伯爵家……伯爵家 」

 伯爵家名鑑を手に取ってテーブルの上で開いた。


「 うわ~こんなの誰が誰だか分からないよ~ 」

 伯爵家は多い。

 ピラミッド型の身分制度は下位貴族になればなる程に多いのである。



 そこから年頃の令嬢のいる伯爵家を探さないとならないのだ。

 その上に権力欲が無い親で貧乏な普通顔の令嬢。


 これは時間がいくらあっても足りない。


 大体何でこんな箸にも棒にも掛からない伯爵家を探すのか?

 ボスの命令には、何故はタブーなのだから言われた通りに調べるしか無いが。



 1人では無理だ。

 助っ人を呼んで来よう。


 リッターはブツブツと文句を言いながら伯爵名鑑を棚に戻した。


 そして……

 部屋を出ようとした時に話し声が聞こえて来た。



「 ソアラ嬢は何歳になった? 」

「 20歳だ。今年中に婚約をして、来年頃に結婚かな 」

 どうやら娘の結婚相手を探しに来た父親が、書庫の担当者と話をしている様だ。


「 早くフローレン伯爵家にも春が来ると良いな。良い令息(ひと)が見付かるります様に 」

 ハハハと書庫の担当者が笑った。



 フローレン伯爵?

 聞いたことが無いな。


 彼が退室した後に、リッターはもう一度伯爵家の名鑑を手に取ってページを捲った。



 ダニエル・フローレン45歳

 王立図書館の副館長。 

 領地無し。


 妻、メアリー42歳

 長女、ソアラ20歳

 長男、イアン15歳


 姿絵を見れば……

 家族全員が1度では覚えられない様な普通の顔をしていた。


 ソアラ・フローレンの姿絵をもう一度見た。


 ありきたりな茶色の髪で、ありきたりな茶色の瞳のありきたりな普通の顔だった。


「 普通は……姿絵はもっと綺麗目に書いて貰う筈だ。そう書いて貰っても普通顔だ。これは宰相から渡されたメモ書きの条件にピッタリかも 」


 リッターは他にも無いかと思ったが……

 まあ、取りあえずはフローレン伯爵家のページに栞を挟んだ。



「 宰相! 探し出すのに苦労しましたよ~ 」

「 リッター! 珍しく仕事が早いじゃ無いか!? 」

 リッターは仕事はきっちりとするが何時もギリギリに仕上げる奴で。


「 まあ、俺様が本気を出したらこんなもんですよ 」

 残業代を頼みますよと、残業もして無いのにそう言って自分の執務室に行った。



「 ソアラ・フローレン 」

 宰相は伯爵名鑑を手に取り、栞が挟まれているページを開いて……

 令嬢の姿絵を見た。


 もう一度見た。

 更にもう一度……


 ふむ。

 悪くない。

 姉上の要望通りだ。



 そうしてランドリアはダニエルを自分の執務室に呼び出した。


 コンコン。

「 誰だ? 」

「 フローレンでございます。お呼びだとお聞きましたので…… 」

「 おお……入りなさい 」


 ダニエルは宰相と話す事も初めてで、宰相の執務室に来る事も当然初めてである。

 彼は文官として働き出した時から図書館勤務なのだから。



 何故ここに呼ばれたのかが分からない。

 何かヘマをしたなら、直属の上司である図書館の館長が言って来る筈だ。


 いや、仕事ではヘマはして無い筈だ。

 言われた事を粛々としているだけなのだから。



「 失礼します 」

 緊張の赴きで入室して来たダニエルをランドリアは笑顔で迎えた。


「 そんなに緊張しなくてもいい。これから何度も打ち合わせをせねばならないのだからね 」

「 は……はぁ…… 」


 打ち合わせ?

 何の?



「 私も忙しい身だ。単刀直入に言おう! 」

 ランドリアはダニエルに向き直って声を張り上げた。


「 ダニエル・フローレン伯爵。貴殿の長女であるソアラ嬢が王太子殿下の婚約者候補に名が上がった! 」



 うちの娘?

 王太子殿下って何処の?


 ダニエルは何を言われたのかの理解が出来ないでいる。



「 はぁ? ノース宰相……今、何と言われましたか? 」

「 まあ、驚くのも無理は無い。いきなりだからな 」

「 王太子殿下とは何処の王太子殿下でございますか? 」

「 我が国の……麗しのルシオ王太子殿下だ 」


 へっ!?

 それはおかしい。

 ノース宰相は何か勘違いをしておられるのだろう。


 ダニエルはポカンと開けてしまっていた口を閉じて、深呼吸をした。


「 王太子殿下のご結婚は……公爵家のご令嬢がなられるのが我が国の慣例では? 」

「 まあ、色々あってな、詳しい事は追々話す事になるだろう 」

 ランドリアはそう言ってダニエルの肩をポンと叩いた。


「 これは王妃陛下のお考えだから絶対だ! 」

 王太子殿下にはまだ伝えていないが、水面下での事だから家族以外にはまだ話さない様にときつく言われて。



 ダニエルは……

 理解不能になっていた。

 頭が働かない。



「 私の娘が……普通顔の私の娘が……麗しの王太子殿下の婚約者候補? 」













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