伯爵令嬢は普通を所望いたします
桜井 更紗
第一章
第1話 フローレン家の事情
ソアラ・フローレンはドルーア王国の伯爵令嬢。
フローレン家の長女で20歳。
父母と5歳下の弟がいる4人家族である。
伯爵といってもピンきりで。
フローレン家は、領地を運営する様な大伯爵様では無く、代々文官としてお城に勤めている伯爵家なのである。
父親であるダニエルは王宮図書館の副館長として勤務している。
母親のメアリーは専業主婦。
領地経営がある訳でも無く、屋敷の管理をする程の大邸宅でも無いので、数人の使用人達とのんびり暮らしている。
楽しみと言えば、同じ文官を夫に持つ夫人達とのお茶会をする事位だ。
長女のソアラは女官として王宮の財務部で経理の仕事をしていて、フローレン家の嫡男であるイアンは15歳で、今年から王立学園に通っている。
フローレン伯爵家は文官としての給金だけで生活をしているので、贅沢こそ出来ないが普通の生活をしていれば衣食住に困る事は無い。
住まいは国の所有するタウンハウスで家賃は格安。
言わば社宅だ。
このタウンハウスのある地域は、勤務地である王宮にも近く商店街にも近いので立地的にとても便利で、貴族達が住んでいる事から治安も良い。
沢山の文官達の家族が住んでいて、ソアラも将来伯爵家に嫁いだら、このタウンハウスに住みたいと思っている。
フローレン家にはルーティンがある。
朝は6時に起床し、身支度をして家の周りをウォーキングしてから家族で朝食を取る。
夕食は18時。
家族皆で1日の出来事を報告しあい、感謝を込めて夕食を取り、夜は9時に消灯する。
彼等はずっとこの生活を推奨して来た。
フローレン家に嫁いで来た母親のメアリーもまた文官であった。
この家系に馴染むであろう令嬢を選んで当時のフローレン家の当主は結婚させたので、嫁に来たメアリーも直ぐにフローレン家のルーティンに馴染んだ。
フローレン家は代々家格と釣り合う令嬢(ひと)を伯爵家から選び、娘がいれば必ずや同じ様な家格の伯爵家に嫁がせて来たのだ。
ソアラは20歳。
美人でも無く、愛らしい顔でも無いごく普通の顔である。
勿論、不細工でも無い。
彼女はドルーア王国ではありきたりな普通の顔であった。
身長も体重も平均であり、毎朝のウォーキングで健康的な令嬢である。
この健康的な令嬢と言うのは結婚する条件としてはとても大事な事で。
貴族令嬢が嫁ぎ先から求められる事は先ずは子を生す事。
なのでこの健康的な身体と言うのは、釣書に記入する時には俄然有利な条件となるのである。
ドルーア王国の貴族令嬢の結婚適齢期は20歳から23歳。
20歳のソアラは結婚を意識する年頃になっていた。
早くお相手を決めて婚約をしないと良い物件が無くなってしまうと言う風潮が年頃の令嬢や令息達にはあって。
学園に在学中にお相手が見付からない輩は、お相手を探そうと盛んに夜会に参加する事になるのである。
ソアラに取っての良い物件とは……
普通を何よりも好み。
この普通を共に営んでくれる普通の様相の伯爵家の令息。
出来れば子が生まれる前までは文官の仕事を続けたい。
数字を弾く事が何よりも好きなソアラは、経理の仕事が自分の天職だと思っていて。
「 お父様。私もそろそろかと存じます 」
「 おお……お前ももうそんな年齢になったのだな 」
決まって18時から始まるフローレン家の夕食の場で、ソアラは父親に自分の結婚の話を切り出した。
20歳で婚約をして、結婚は21歳。
妊娠するまでは文官として働いて、23歳位で出産。
それが彼女の想像するベストな人生設計だった。
「 好ましい相手はいるのか? 」
「 はい、3名程見繕っております 」
「 流石は我が娘だ! 手回しが早くてよろしい 」
「 まあ、見繕うだなんて……殿方をそんな風に言うもんじゃありませんわ 」
「 本当ですわね。お母様の言うとおり失言でしたわね 」
「 姉上は冗談が好きだからね 」
オホホホ……
ハハハハハ……
……と、これが食事の後のお茶の時間での会話。
これもフローレン家のルーティンである家族団欒の一時であった。
そして……
夜の9時が消灯なので、8時には湯浴みをして8半にはベッドに入り、父親の勤務する図書館から借りてきた本を読んでから眠ると言うルーティン。
この一連のルーティンが正しく行われると、ソフィアは満足して正しい眠りにつけるのである。
『 普通 』『 並み 』『 平均 』
フローレン家は代々この言葉を好み、体内時計に合わせて正しく生活する事のみに喜びを感じて来た家系であった。
『 出る杭は打たれる 』
これはフローレン家の家訓である。
***
昨夜ソアラに依頼された事から、昼休みになると早々にダニエルは総務部に足を運んだ。
「 ソアラももうそんな年齢になったのだな 」
昨年に文官になったばかりだと言うのにと、行き交う文官達に挨拶をしながら。
知り合いでは無くても……
文官はみな制服を着用している事から直ぐに分かる。
お昼休みなので、城に勤める者達がリラックスをしながら歩いて。
広い中庭を散歩する者もいて王宮は賑わっていた。
宮殿の重要書類を扱う書庫にいるダニエルは、ソアラから渡された3名の令息の名前を探して、その3名の家族の調書を見ていた。
この書庫には貴族名鑑が置いてあり、年頃の令息や令嬢の持つ親が結婚のお相手の事を調べに来る事が出来る。
貴族名鑑は、王家、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家に分けられて保存されている。
勿論、これを閲覧するには総務部の担当の許可がいるので、ダニエルは書庫に行く前に、書類に『 長女の婚姻の為 』にと記入をして提出をした。
「 ソアラ嬢は何歳になった? 」
「 20歳だ。今年中に婚約をして来年には結婚かな……… 」
良い令息(ひと)が見付かると良いなと言われて、ダニエルは総務部の担当者から閲覧の許可証の札を貰った。
ドルーア王国は男女共に16歳が成人で、貴族は16歳になれば全員、姿絵を総務部に提出しなければならない決まりがある。
その後は家督を継いだ時に提出をする事になるが。
そうやって貴族の管理をしているのであった。
ダニエルは当然の様に伯爵家の貴族名鑑を手に取って、ペラペラとページを捲った。
ふむ……
デスラン伯爵令息のトニスは次男。
これは二重丸。
モーガン伯爵令息のスコットは長男なのが気になるが……
これはキープだな。
パトリック伯爵のライアンは……
少しイケメン過ぎる?
女性受けのする顔は避けなくてはならない。
女にだらしない男はろくでも無い男だ。
可愛いソアラに苦労はさせたくは無い。
この姿絵が正確な絵なのかは知らないが。
「 候補はデスラン伯爵とモーガン伯爵だ 」
ダニエルはメモ書きしていたノートを閉じて、貴族名鑑を元あった書棚に戻して閲覧室を後にした。
その様子を……
書棚の片隅から見つめる1人の男がいた事をダニエルは知らない。
彼はダニエルが書棚に戻した伯爵の貴族名鑑を手に取った。
パラパラとページを捲り……
止まった箇所は『 ダニエル・フローレン 』のページ。
この日この瞬間に……
フローレン伯爵家の運命が大きく変わったのである。
「 ダニエル・フローレン伯爵に告ぐ。貴殿の長女であるソアラ嬢が、王太子殿下の婚約者候補として名が挙がった! 」
ダニエルは……
呼び出された宰相の執務室でただただ固まっていた。
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