道場訓 七十六   お前は1秒だ

 試合開始の合図が般若面はんにゃめんの男から発せられる。


 しかし、俺はすぐに構えなかった。


 俺は専用のおりに入れられたエミリアを見ると、心中でしばらくそこで待っていろと告げてから対戦相手――オンマ・タイニーマンという対戦者を見つめた。


 そこで俺はようやく自流の構えを取る。


 すると――。


「ようこそ、あわれな挑戦者」


 開口一番、オンマは下卑げびた笑みを浮かべた。


 同時に両手と両足を大きく左右に広げる。


 まるでどこからでも掛かってこいと言わんばかりの大仰おおぎょうな構えだった。


 そんなオンマは身長2メートル強の総髪の男であり、身体付きは典型的なパワーファイターのそれだ。


 しかし、こんな場所に出場している人間が見た目通りのわけがない。


 俺は両目に気力アニマを集中させ、その両目でオンマを凝視ぎょうしする。


闘神とうしん真眼しんがん〉。


 闘神流空手とうしんりゅうからて2段にだんから修得できる技術の1つであり、術者の強さにより相手の真の個人情報を確かめることができる。


 直後、俺の目にオンマの個人情報が飛び込んできた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 名前:オンマ・タイニーマン


 年齢:24歳


 職業:〈鬼神会きじんかい〉専属の闘技者


 称号:処刑人エクスキューショナー


 技能スキル:なし


 特技:地属性魔法、総合格闘術


 備考:快楽殺人の傾向けいこうあり


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


鬼神会きじんかい〉の人間で処刑人エクスキューショナーか……。


 なるほどな、と俺はオンマの力量と素性すじょうに予測がついた。


 それだけではない。


 この闇試合ダーク・バトルの性質にもさっしがついた。


 最初こそ俺のような外からの参加者が多いのだろうと思っていたが、どうやら根本的に違うらしい。


 おそらく闇試合ダーク・バトルの本質は、ヤマトタウンに存在する任侠団ヤクザ組織が抱えている闘技者とうぎしゃ同士を闘わせることにあるようだ。


 でなければ、個人情報に〝専属〟などという文字は浮かんでこない。


 しかも称号が処刑人エクスキューショナーである。


 これは闇試合ダーク・バトルの1回戦が純粋な闘いではなく、観客たちの興奮と熱気を盛り上げる催しイベントであることを示していた。


 何も知らない外から舞い込んできた表の参加者を、裏の武人が蹂躙じゅうりんするという悪趣味な催しイベントなのだろう。


「おい、さっきまでの威勢いせいはどこに行った? それともリングに上がった途端とたんにブルッちまったか?」


 オンマは俺が臆病風おくびょうかぜに吹かれたと勘違いしたのか、喉仏のどぼとけが見えるほど大声で笑った。


「だが無駄だぜ。この闇試合ダーク・バトルのリングに上がった以上、どちらかが死ぬしかねえんだよ……もちろん、死ぬのはお前のほうだがな」


 そう言うとオンマは全身の魔力マナを一気にみなぎらせていく。


地竜の岩装ガイア・アーマー!」


 次の瞬間、オンマは地属性の魔法を発動させた。


 リングを形成していた素材の一部が細かくがれ落ち、その素材の一部が顔の部分を除いてあっという間にオンマの身体に張りついていく。


 やがて俺の目の前に人間の言葉を話すが出来上がった。


 そんな岩人間と化したオンマを俺は冷静な目で見つめる。


「あはははははは――ッ! 表の世界ではどれだけ強かったか知らねえが、軽い気持ちで裏の世界に足を突っ込んだ自分の自惚うぬぼれと不運を――」


 うらむんだな、とオンマが言おうとしたのは分かった。


 なので俺はその前に言い放つ。


「お前は1秒だ」


 そして俺は瞬時に〈虎足とらあし〉を使った。


 両足に気力アニマを集中させ、爆発的な脚力を発揮する運足法うんそくほうの1つだ。


 長距離用に使えば普通に走るよりも何倍も速く目的地にと到達する。


 だが、短距離用に使えばあまりの速度に相手は俺が消えたと錯覚さっかくするだろう。


 現に俺は一瞬でオンマの背後を取ると、オンマは俺の姿を見失って明らかに動揺どうようした。


 もちろん、俺は背後を取るためだけに〈虎足とらあし〉を使ったのではない。


 すぐさま俺は地面を蹴って跳躍ちょうやくし、無防備だったオンマの頭頂部に〈神雷しんらい肘落ひじおとしち〉を放った。


 ゴシャッ!


 俺の〈神雷しんらい肘落ひじおとしち〉を食らったオンマの頭部は、体内に深くめり込んで頭部から噴水のように血が飛び出る。


 当然ながら俺は返り血を浴びないように移動済みだ。


 やがてオンマは巨体をフラフラとさせて地面に崩れ落ちる。


 同時に肉体に張り付いていた瓦礫がれきの一部もがれ落ちていく。


 ふと気がつくと観客席はしんと静まり返っていた。


「おい、今のお前は審判しんぱんねているんじゃないのか?」


 俺はリング上にいた般若面はんにゃめんの男に声をかける。


 般若面はんにゃめんの男は確認するまでもなく、俺のほうに勢いよく右手を突き出した。


『勝者――ケンシン・オオガミ!』


 俺が予告した通り、勝敗が決するまでジャスト1秒だった。

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