道場訓 六十二   空手家VSサムライ

 俺の名乗りを聞いて、サムライたちの間にざわめきが起こった。


「か、空手家からてかだと?」


「確かにこやつらが着ているのは空手着からてぎだが……」


「なぜ、こんな空手家からてかの小僧が武士団サムライギルドに乗り込んできたのだ?」


 などと周囲がざわつく中、俺は大きなため息を吐く。


誤解ごかいだ。俺たちは武士団サムライギルドを襲いに来たんじゃない」


「ほう……ならば、なぜ拙者せっしゃらの同胞どうほうがそこに倒れておる?」


 リーダー格とおぼしきサムライの一人がたずねてくると、すかさず門番のサムライが「ゲンノスケ殿どの、そやつだ! そやつがやったのだ!」と大声でわめき出した。


「……と門番のこやつは言っておるが、相違そういござらぬか?」


「大いにあるさ。それに最初に手を出し――もとい足を出して来たのはそっちの」


 ほうだ、と俺が門番のサムライにアゴをしゃくろうとしたときだ。


「――――ッ!」


 突如とつじょ、リーダー格のサムライ――ゲンノスケがすべるようなみ込みから電光のようにひらめく剣を走らせてきた。


 殺気が乗った刃が横薙よこなぎに払われてくる。


 俺は首元に飛んで来た斬撃を、真後ろに跳躍ちょうやくすることでかわした。


 しかし、ゲンノスケはけられることを読んでいたのだろう。


 さらに鋭い踏み込みから、すかさず刀を返して神速の突きを繰り出してくる。


 狙いはのどか!


 吸い込まれるように放たれてきた必殺の突き。


 俺はそんな突きのタイミングを正確に読むと、刺さる寸前にバク転して突きを回避かいひする。


 それだけではない。


 俺はバク転しながらゲンノスケに攻撃を放った。


 バク転の遠心力えんしんりょくを生かした、真下からゲンノスケの両手を狙った変則蹴へんそくげりだ。


 パアンッ!


 周囲に響き渡るかわいた音。


 そしてゲンノスケの手から蹴り飛ばされ、天高く大刀が宙に舞い上がる。


「ぐうッ!」


 俺が地面に着地すると、ゲンノスケは片膝をつきながら短くうめく。


 直後、他のサムライたちから一気に動揺どうようの声が上がった。


「いきなり斬りかかるのは、サムライの風上かざかみに置けるのか?」


 俺がゲンノスケを見下ろしながら言うと、ゲンノスケは両手を震わせながら「お主……化け物のたぐいか」と俺をにらみつけてくる。


「おのれ、よくもゲンノスケ殿どのを!」


「もう我慢ならん! あやつを生かして返すな!」


「弓だ! 誰ぞ、弓を持って来い!」


 ゲンノスケの敗北で我に返ったのだろう。


 サムライたちは激高げっこうし、今にも飛びかかってきそうなほどの殺気を放つ。


 さて、どうするか。


 向こうから先に火種ひだねに火をけてきたとはいえ、このような事態を望んでいたわけでは決してなかった。


 ただ、俺は武術や闘いのことになると少し常識から外れてしまうのだ。


 これも戦魔大戦せんまたいせんを生き残った者の後遺症こういしょうか。


 キキョウを足蹴あしげにされたこと。


 不意に刀で斬られそうになったこと。


 その気になればもっと穏便おんびんに事を済ませられたはずだが、やはりどうしても頭より先に身体が動いてしまう。


 俺は他のサムライたちを見回した。


 さすが武士団サムライギルド直属のサムライたちだ。


 構えにまったくすきがない。


 それに全身を包んでいる魔力マナの流れにもよどみがなかった。


 全員が全員とも、高い剣境けんきょうにいる剣術使いなのは間違いない。


 だが、それでも俺が遅れを取ることはないだろう。


 その気になれば1分以内に全員倒せる。


 まあ、それは本当に悪手あくしゅだがな。


 俺たちは本当に武士団サムライギルドを襲いに来たわけではない。


 冒険者ギルドのギルド長に頼まれ、武士団サムライギルドのギルド長の護衛とはたしに来ただけなのだ。


 ……何て説明しても、もう聞き入れてはもらえないか。


 ヤマト国のサムライは面子めんつを何よりも重んじる。


 その中で自分たちのリーダー格が手傷を負わされたのだ。


 他のサムライたちに取っては引くに引けない状況になっており、それこそ俺を殺すか目上の立場ある人間が仲裁ちゅうさいしないと治まらないだろう。


 さて、本当にどうするかな。


 俺は刀を構えながら殺気を放出しているサムライたちを睥睨へいげいしながら、どうやって誰も傷つけずにこの場を治めるか考えた。


 そのときだ。


「やめんか、お前ら!」


 どこからか腹の底にまで響く野太い声が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る