道場訓 六十三   武士団ギルドのギルド長

 俺を含め、他の人間たちも声が聞こえてきたほうへ顔を向ける。


 くだんの人物は屋敷やしきの入り口に堂々と立っていた。


 年齢は50代半ばほどだろうか。


 白髪交しらがまじりの頭をした、いかつく剽悍ひょうかんな顔をした男だ。


 着流しの上から腕を通していない半纏はんてん羽織はおり、左手には長大な白鞘しろざやの刀を持っている。


「師匠、お止めになられますな!」


 しんと静まり返っていた中、取り乱した声を上げたのはゲンノスケだった。


「こやつは曲者くせものにござる。すぐに仕留めますゆえ、お止めになるのは待っていただきたい」


「仕留める? その曲者くせものとやらを見る限り、お前がその者を仕留められるとは到底とうてい思えないのだがな」


「こ、これは……少し油断しただけでござる」


「まあ、どちらでも構わん。とにかくお前らは刀を仕舞え。どのみち、お前らには手に負えん相手だ」


 師匠と呼ばれた白髪しらがの男は俺のほうに目線を移す。


武士団サムライギルドの中でも屈指くっしの剣の使い手であるゲンノスケを打ち負かすとはやるな。それにお前さんの落ち着きと身のこなしからするに、ただの曲者くせものとは思えないがどこのどいつだい?」


 このとき、俺はピンときた。


 サムライたちの態度からさっするに、どうやらこの白髪しらがの男は間違いなくサムライたちより上の立場にいる人間だ。


 ならば、まさにこの機会チャンス千載一遇せんざいいちぐうに等しい。


 俺は闘気を静めると、白髪しらがの男に対して頭を下げた。


「どなたかは存じませんが、俺たちは決して怪しい者ではありません。俺の名前はケンシン・オオガミ。商業街のギルド長から頼まれ、武士団サムライギルドのギルド長に用事があって参りました」


「俺に?」


 俺だと? じゃあ、この白髪しらがの男がギルド長のコジローなのか?


 そう思ったとき、コジローは「紹介状はあるのか?」とたずねてくる。


「はい、ここに」


 俺は紹介状を持っているキキョウに視線を向けた。


 するとキキョウも俺の考えていたことに気づいたのだろう。


「これを」とキキョウは紹介状をコジローに差し出す。


 するとコジローはゲンノスケにアゴをしゃくった。


 ゲンノスケは1度だけうなずくと、キキョウが差し出していた紹介状を受け取ってコジローの元へ運んだ。


 コジローは紹介状の中身を確認していく。


 どのぐらいの時間がっただろうか。


「なるほど……よく分かった。確かにお前さんらは曲者くせものではないようだな」


 コジローは紹介状をふところに仕舞うと、俺たちに向かって頭を下げた。


「このたびは手前の弟子たちが無礼を働き申し訳なかった。拙者せっしゃ武士団サムライギルドのギルド長を務めている、コジロー・リュウゼンジと申す。どうか詳しい話を聞きたいゆえ、拙者せっしゃの部屋へと参られよ」


 そう言うとコジローは、俺たちに屋敷やしきの中へ入るよううながした。


 どうやらコジローが直々に部屋まで案内してくれるらしい。


 俺たちは断る理由がなかったので、大人しくコジローの誘いを受けようとした。


 しかしコジローのつるの一声で大人しくなったサムライたちの中、一人だけ現状に納得しなかったサムライがいた。


 ゲンノスケである。


「師匠、そやつら――特にそのケンシンという男は危険です。その者は普通の人間ではありません。このまま屋敷やしきに上げてはどんな災いが起こるか分かりませんぞ」


「黙れ、ゲンノスケ。この方々は間違いなく俺の客人だ。それにケンシン殿どのかされたお前がそんなことを言う資格などない」


「くっ……」


 コジローに言いふくめられたゲンノスケを横目に、俺たちはコジローの案内で屋敷やしきへと歩いていく。

 

 その際にゲンノスケの鋭い視線が俺の背中に突き刺さってきたが、俺は特に気にすることなくエミリアとキキョウを連れて屋敷やしきの中へと入った。


 コジローの案内で長い廊下を進み、やがて広い部屋へと通される。


 そこは立派な畳敷たたみじきの客間だった。


 先に部屋へ入ったコジローは上座かみざにドカッと座り、業物わざものと思われる白鞘しろざやの刀を左に置いて胡坐あぐらく。


「お前さんらも好きに座りな。それとも座布団がなければ座れないかい?」


「俺たちは別に構いません」


 そう言うと俺は、コジローとそれなりの距離を保った場所に正座した。


 エミリアとキキョウも俺に続いて正座する。


「ほう……ヤマト人であるお前さんとそこのタッパ(身長)のあるじょうちゃんなら分かるが、そちらの金髪のじょうちゃんも正座できるとはな。それに3人そろって空手着からてぎを着てるところをみると同門どうもんかい?」


同門どうもんですけど、この2人は俺の弟子です」


 本当はもう1人いるのだが、わざわざここで説明するまでもないだろう。


「はっ、その若さですでに弟子持ちとは驚きだ。さすがは〈魔の巣穴すあな事件〉を解決に導いた英雄だな」


「ギルド長――ゲイルさんからの紹介状に書いてありましたか?」


「バッチリとな。しかも何でもお前さんは空手家からてかでありながら、本職は勇者パーティーをクビになって追放された元サポーターらしいじゃねえか」


 コジローは健康そうな白い歯をき出しにして笑った。


「けれどもゲイルからの紹介状によると、半年前に起こった戦魔大戦せんまたいせんで活躍した男だとも書かれてあった。そんな奇特きとくな経歴を持つ奴がどうしてこのリザイアル王国に来てサポーターなんてやっていた? お前さんほどの腕があれば冒険者として十分やっていけただろうに。あれか? 戦魔大戦せんまたいせんに関係してんのか?」


「……それをここであなたに答える必要がありますか?」


 俺は鋭い視線でコジローをにらみつける。


わりい……興味本位で聞いてみただけだ。あの戦いは近年でもるいをみない最悪な戦いだったと聞いている。そんな戦いを経験したんだ。他人に言えない傷の1つや2つできるわな。すまねえ、今のは忘れてくれ」


 そう言うとコジローは頭を下げて謝罪してきた。


「分かりました。今のは聞かなかったことにします。ただ、その件に限っては余計な詮索せんさくはなしにしていただきたい。ゲイルさんからの紹介状に書いてあった通り、俺たちはゲイルさんからの依頼を受けてあなた護衛しにきたんです。武士団サムライギルドのギルド長――コジロー・リュウゼンジさん」


 コジローは頭を上げると「そのことなんだが」と口を開いた。


 そのときだ。


 俺たちは一斉にある1点に顔を向けた。


 ドタドタと地鳴りのような足音がこちらに近づいてくる。


 やがて俺たちが視線を向けていた出入り口のふすまが盛大に開かれた。


 続いてヤマトタウンの役人たちが雪崩なだれれ込んでくる。


「何だアンタらは! いきなり土足でみ込んできて無礼だろう!」


 役人たちは怒声を上げたコジローに構わず、俺たちのほうに視線を向ける。


 いや、厳密にはキキョウのほうにである。


「お主がキキョウ・フウゲツだな?」


 役人の1人が大声で言った。


「キキョウ・フウゲツ! 非合法な魔薬まやくの購入及び所持により捕縛ほばくする! 神妙しんみょうにいたせ!」

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