道場訓 五十八   勇者の誤った行動 ㉓

 俺は頭の中に1つの光明こうみょうを見出した。


 すると同時に看守かんしゅは「あわれだな」と俺に下卑げびた笑みを浮かべる。


「元勇者・キース・マクマホン、貴様はもう終わりだ。この魔法が使えない特殊牢に入れられていればまだマシだが、あれほどの大罪を犯した貴様は間違いなく奴隷落どれいおちだろうな。元勇者だということなら、頭のイカれた変態が大金を出しても貴様を買うだろう」


 ふざけんな、そんな目にってたまるか。


 俺はすかさず思い浮かべた光明こうみょうを口にした。


「おい、今すぐ王宮に連絡してくれ。王宮だったら俺に保釈金ほしゃくきんを払うはずだ。何て言っても俺を勇者に任命したのは王宮なんだからな」


 そうだ、こうなったら王宮に俺の保釈金ほしゃくきんを払ってもらうしかない。


 そう思っていると、看守かんしゅは「無理だな」と言い返してきた。


「王宮は貴様に保釈金ほしゃくきんなど払わねえよ。それはすでに確認済みだ。それに耳までおかしくなったんだな。さっきから俺が貴様のことをだと言っていることに気づいてないのか?」


 元勇者……だと?


 そのとき、俺の背中にじくりとした汗が浮かんできた。


「おい、まさか……」


 俺が言いたいことをさっしたのだろう。


 看守かんしゅ喉仏のどぼとけが見えるほど口を開けて笑った。


「そうさ、王宮は貴様の勇者の称号を剥奪はくだつしたってよ! そりゃあ、そうだろうな! ヘマばっかり起こす無能に〝勇者〟なんて称号を与えていたら、それこそ王宮の看板かんばんに傷がついちまうぜ!」


 突如とつじょ、俺の視界がぐにゃりと揺れた。


 そして俺はそのまま崩れ落ちて膝立ひざだちの状態になる。


「つまり、お前はもう勇者さまじゃねえんだよ! もちろんあんな大犯罪を犯したんだから、間違いなく冒険者の資格も剥奪はくだつされるだろうな! 要するに貴様は本物の無能の無職になったってことさ!」


 看守かんしゅ鉄格子てつごうし隙間すきまから俺に「ペッ」とつばを吐きかけてくる。


「分かったら大人しくしてろ、クソ野郎! うるせえからもうギャアギャアとわめくんじゃねえぞ!」


 そう言うと看守かんしゅは俺に背中を向けて去って行く。


 一方の俺は完全に事情が呑み込めず、頭の中がグルグルと回っていた。


 嘘だろう?


 マジで俺はここで終わりなのか? 


 俺の人生はこんなところでむのか?


 すぐに俺は頭を左右に振った。


 嫌だ、こんなところで終わりたくねえ。


 絶対にここから抜け出してやる。


 そして俺をこんな目にわせた奴らに復讐しないと気が済まねえ。


 直後、俺は脳内に復讐するターゲットたちの顔を明確に浮かべた。


 まずはカチョウ、アリーゼ、カガミの3人だ。


 こいつらはたとえ命乞いのちごいをしてきても絶対に許さねえ。


 まずは生爪を剝がしてから、次に指を1本ずつ切り落としてやる。


 その次は足も同じことをして痛みと恐怖を極限まで与えたあと、最後に死ぬまでゆっくりと全身を切り刻んでやるぜ。


 続いてのターゲットは銀髪の修道女だ。


 あいつも絶対に見つけ出してこの世の地獄を見せてやる。


 もちろん、その前に女に生まれたことを後悔するほど犯し尽くす。


 泣こうがわめこうが関係ない。


 犯し尽くしたあとは挽き肉ミンチにして野良犬のえさにしてやる。


 そして最後はケンシンだ。


 思い返せばあいつをパーティーから追放したあとに俺の人生はおかしくなった。


 こんなことならクビにして追放なんて生温なまぬるいことなどせず、最初にカチョウが提案したようにボコってから奴隷商人に売ればよかったぜ。


 しかし、今さらそんなことをくやしがっても遅い。


 どちらにせよ、あいつもターゲットに入れないと気が済まなかった。


 だが、もっとも復讐をしたい相手は他にいる。


「くそったれが、王宮の奴らめ……よくも俺から勇者の称号を剥奪はくだつしやがったな」


 トカゲの尻尾切しっぽぎりとはまさにこのことだろう。


 王宮はこれ以上、自分たちの名にどろがつかないよう俺を斬り捨てたのだ。


 しかし、1度は俺を勇者として認めた事実は消えやしない。


 そして、これを機に王宮に対する非難ひなんなども民衆から出ることも考えられる。


 それでも王宮が俺の勇者の称号を剥奪はくだつしたということは、王宮は一時の気の迷いで剥奪はくだつしたわけではないことを示していた。


 おそらく王宮もはらわたが煮えくり返っているかもしれない。


 もしかすると、俺へのばつとしてここに刺客しかくを送り込んでくる可能性も十分に考えられる。


 不始末を犯した元勇者をほうむり去るために。


「どいつもこいつも俺をめやがって。必ずだ。必ず全員に復讐してやる」


 などと鉄格子てつごうしの鉄棒を握りながら、下唇したくちびるを強くみ締めたときだった。


「くくくっ……いいね、アンタ。普通の人間ではお目に掛かれないような負のオーラを感じるよ」


 俺は顔だけを勢いよく振り返らせた。


 この牢屋ろうやには俺よりも早く入っていた囚人しゅうじんがおり、その囚人しゅうじんが俺に話しかけてきたのだ。


「アンタ、この牢屋ろうやから出たいかい?」


 俺に話しかけてきた囚人しゅうじん――禿頭とくとうの男はニヤリと笑った。

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