道場訓 五十六   勇者の誤った行動 ㉑

 ジャイアント・エイプの身近な叫び声は、俺の心をとてつもなくあせらせた。


「わ、分かった! 要するにお前たちはパーティーから抜けたいってことだろ! 認める! 認めるから〈痙攣パラライズ〉の魔法は解いてくれ! このままだと俺はジャイアント・エイプどもになぶり殺しにされちまう!」


 はっ、とアリーゼは鼻で笑った。


「アンタ、まだ状況が理解できていないのね? もうパーティーから抜けるだけじゃ気が治まらないって言ってんでしょう。私たちが望んでいるのはアンタがこの世から消えてくれることなの」


「うむ、アリーゼの言う通りだ。言わばだな。まあ、追放するのは拙者せっしゃらではなくジャイアント・エイプどもなんだが」


 そう言うとカチョウは俺に「南無三なむさんだな」と言い、アリーゼは「ご愁傷しゅうしょうさま」とかつてケンシンに告げた言葉を吐いた。


「ふざけるなよ! こんな馬鹿なことがまかり通ってたまるか! おい、カガミ――」


 と、俺は最後の希望であるカガミに顔を向けた。


「頼む、お前からもこいつらを説得してくれ! これはれっきとした殺人幇助さつじんほうじょ……いいや、殺人と何ら変わらねえ! もしもバレたらお前も重罰だぞ!」


 カガミは頭を左右に振った。


「何のことッスか? 全然言っている意味が分からないッスね。というかあなたは誰ッスか? 女の顔を殴るようなやからの顔なんて知らないッス。気軽に話しかけてこないでくれませんか」


「本当にそうよね。女の顔を殴るなんて最低な奴は犬にでも蹴られて死んでよ」


「おいおい、アリーゼ。こういう場合は犬に蹴られてではないだろ。どちらかと言えば魔物になぶり殺されて、だろう?」


「あっ、そうか。それもそうね。ごめんごめん」


 アリーゼは可愛いつもりでウインクをしながら舌をペロリと出したが、死刑宣告を受けた俺は気が気でなかった。


 こうなったら、なりふり構わず命乞いのちごいをするしかない。


「お、お願いします! カチョウさん、アリーゼさん、カガミさん! 今までのことは申し訳ありませんでした! これからは心を入れ替えますから、どうか助けてください! お願いします!」


 本当は自由になった瞬間、こいつらを叩き斬るつもりだった。


 しかし――。


「残念。誰がアンタの言うことなんて聞くもんですか。どうせ〈痙攣パラライズ〉の魔法を解いた瞬間、私たちを殺すつもりでしょうが」


「お主とは1年ほどの付き合いだが、このようなときにどういう心情でどういう行動を取るのかぐらい手に取るように分かるぞ。お主が態度を一変させたときは、言動とは正反対のことを考えていることぐらいな」


 そう言うとカチョウは他の2人に対して告げる。


「さて、そろそろ退散といこうか。今すぐ逃げれば拙者せっしゃたちはジャイアント・エイプから逃げきれるだろう。それと拙者せっしゃたちの魔薬まやくはここに置いて行こうか。もう拙者せっしゃらには不要なものだし、ここに置いて行けば証拠隠滅しょうこいんめつにもなる」


「どちらにせよ、キースのせいになるってわけね。OK。じゃあ、さっさとこんな場所からオサラバしましょう。戻ってくるのは丸1日ぐらいってからでいいよね」


「そうだな。キースの亡骸なきがらを確認したら、王宮へ説明しに行こう。内容はそうだな……キースは単独ソロでジャイアント・エイプの群れに突っ込んでいき、返り討ちにったとでもしておけばいいだろう。そこで第三者であるカガミの証言があれば王宮も納得するはずだ。いいな? カガミ」


「はいッス。王宮の人たちに聞かれたら、そう答えるッス。どこぞの金髪さんは仲間の助言も無視して魔物の群れに単独ソロで突っ込んでいった馬鹿者だったと」


「うむ、それでいい。アリーゼ、その後はこの国を離れて別の国へ行こうぞ。そして拙者せっしゃたちは新たな冒険者パーティーとして活動するのだ」


「賛成。だったら私たちの知名度が低い国へ行こうよ。もう他の冒険者から馬鹿にされるのは嫌なんだもん……ねえ、カガミ。あなたは〈わたどり〉だから他のいい国を知ってるでしょう。教えてよ」


「分かったッス。お2人のご希望にあった国へ案内するッス」


 こいつら……。


 俺はこのとき、自分の心の底で何かが消えかけていくのを感じた。


 それはもしかすると、理性という名のともしびだったのかもしれない。


「くくくくッ…………」


 だからこそ、俺はもう躊躇ためらわなかった。


「はははははははははは――――ッ! お前らの考えはよく分かった! だったら俺もお前らのことなんて関係なく好きにやらせてもらうぜ!」


 俺がそう言い放った直後、しげみの奥からジャイアント・エイプどもが現れる気配を感じた。


 何体いるのかなんて知らないし、知る必要なんてない。


 このときの俺が考えていることは1つだった。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――」


 俺はのどを震わせるほどの咆哮ほうこうを上げながら、腹の底に全部の魔力マナを集中させた。


「な! キース、お主まさか!」


 俺と同じ魔剣士だったカチョウは気づいたのだろう。


 そうだ、驚くよな。


 この技は以前にお前から剣術と一緒に教えてもらったんだからよ。


「だが、もう遅えんだよボケ! ジャイアント・エイプもろともお前らも焼き尽くしてやる!」


 次の瞬間、俺の全身からは周囲に向かって膨大な魔力マナの衝撃波が放出された。


 それだけではない。


 魔力マナの衝撃波は熱風をともなった炎へと姿を変え、やがてその炎は周囲を包み込む巨大な何本もの火柱となっていく。


 これはカチョウの剣術の神威かむい一刀流いっとうりゅう系統けいとうを同じくする流派の素手による技法の1つであり、どちからと言えば徒手としゅ格闘術かくとうじゅつではなく魔法に近いモノだった。


 神威かむい一身流いっしんりゅう極技きょくぎ――〈紅蓮魔蛇羅炎舞ぐれんまだらえんぶ〉。


 全魔力マナと数年の寿命を対価に発動したその技は、そこにいた者たちだけではなく職人街の重要な資源が取れる採掘場もまたたく間に飲み込んだ。


 そして――。

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