道場訓 四十九   勇者の誤った行動 ⑭

「下手するとこのパーティーは全滅するッスよ」


 カガミのまわしい予言に、俺はピキリとこめかみに青筋あおすじを浮かべた。


 しかもカガミはその前に、


「このまま引き返しましょう。そしてケンシンさんの怪我が治るのを待って、回復したケンシンさんを連れて来るッス」


 と、よりにもよって俺たちの禁忌きんきにも等しいクソ野郎の名前を出したのだ。


 それゆえに俺は我慢ができなかった。


「おい、カガミ。言って良いことと悪いことがあるぞ」


 俺は魔物に向けるような鋭い目つきでカガミをにらみつけた。


「俺たちが全滅する? ケンシンの怪我が治るのを待つ? まったく意味が分からねえ。どうして、そんな結論になるんだよ!」


 俺が感情に任せて怒鳴どなると、他の2人も俺と同じ考えにいたったのだろう。


「そうよそうよ、サポーターのくせに適当なことを言わないでよ! ケンシンなんていなくても私たちだけで依頼任務クエストは果たせるわ!」

 

「うむ、他の2人の言っていることが全面的に正しい。それに対してカガミの言っていることは意味不明だ。どうしてケンシンがいないと拙者せっしゃたちが全滅する? その根拠こんきょは?」


 へっ、そんなもんあるはずがねえ。


 俺は苛立いらだち気に地面に「ペッ」とつばを吐き捨てた。


 では、なぜカガミは全滅するや引き返そうなどと言ったのか?


 決まっている。


「どうせそんな根拠こんきょなんてないだろ? 大方、ゴブリンたちの襲撃にビビったお前は、このままだと自分は戦闘中に死んでしまうと思った。だからケンシン云々うんぬんなんて適当なことを言って俺たちを街に引き返らせようとしたんだろうが」


 だがよ、と俺は鼻で笑った。


「言っておくが、その場合は前金まえきんはきっちりと返してもらうぞ。お前は俺たちの正式なパーティーメンバーとして雇ったサポーターじゃない。今回の依頼任務クエストのみで雇った臨時りんじのサポーターなんだからな」


 本来、依頼任務クエストの報酬は仕事が成功したあとにメンバーで分配するのが常識だ。


 だが、カガミのように臨時りんじで雇ったメンバーの場合は少し事情が異なる。


 冒険者ギルドで正式登録したメンバーではないため、臨時のメンバーの場合は仕事の前に前金まえきんを渡すことが多かった。


 臨時りんじの仕事でも真剣になってもらいたいのと、前金まえきんを渡すことで円滑えんかつに仕事にはげんでもらうという二重の意味も込めて前金まえきんを渡すのだ。


 しかし前金まえきんを渡した状態で仕事自体が中断したりした場合、臨時りんじで雇われていたメンバーは仕事の継続けいぞくいなかを選択できる。


 そして臨時りんじのサポーターに不備ふびがなかった場合の仕事の中断のときは、前金をもらった状態でメンバーからの離脱りだつも可能だった。


 もちろん、これらの内容はあくまでも表向きのことだ。


 冒険者ギルドが関与かんよしていない個人契約のため、下手をすると雇い主と臨時りんじメンバーの間でめにめてに発展することもある。


 そこでカガミは前金を返さなくてパーティーから離脱りだつできるように、俺たちの不安をあおりながら街へ引き返すようなことを言ったのだろう。


 もしかすると、街へ引き返した途端とたんに姿を消すつもりだったのかもしれない。


「待ってください、アタシはそんなつもりで引き返そうと言ったんじゃないッス」


「はあ? 嘘つくんじゃねえ。そうでなかったら何なんだよ。大体、お前は俺たちのどこを見て全滅するなんて思いやがった? ましてや街に引き返してケンシンを連れて来るだと……」


「そうッス。キースさんは雇い主とはいえ、命がかっているッスからはっきりと言わせてもらうッス」


 カガミは俺たちを見回しながら言葉を続ける。


「このままだと高い確率でアタシらは全滅するッス。それはキースさんたちがあまりにも森の中の魔物のことを軽んじているからッス。今のゴブリンたちにしてもそうッスよ。キースさんたちはゴブリンに襲われたのは偶然みたいに言っていたッスが、あれは偶然なんかじゃないッスからね」


 おいおい、こいつは何を言いやがるんだ。


「まさか、お前はゴブリンどもがおとりを使って俺たちを待ち伏せしていたとでも言うつもりか?」


 こくり、とカガミは大きくうなずく。


「はっ、そんなことあるわけねえじゃねえか。相手は低能な雑魚ざこのゴブリンだぞ。あいつらにそんな頭なんてねえよ」


 俺の意見にアリーゼが同意する。


「キースの言う通りよ。そもそもゴブリンが私たちを待ち伏せしていたってことは、どこかで私たちを先に見つけてたってことでしょう? でも、私たちはゴブリンに見つかった覚えなんてないわ」


「それなんッスが……」


 カガミは自分のあご先を人差し指と親指でまんで思考しこうする。


「おそらく、ゴブリンたちはアタシたちがっていた虫よけの薬の〝匂い〟に気づいたんだと思うッス。特に皆さんは虫を嫌って大量の匂いの強い虫よけの薬を全身にっていたッスから、通常よりも匂いが強くただよっていたッス。となるとゴブリンの中でも人一倍鼻が利く個体がいたら、アタシたちが気づくのよりも先に見つけられたと思うッス」


 待て待て、とすかさずカチョウが横槍よこやりを入れる。


「仮に拙者せっしゃたちの使った通常よりも多い虫よけの匂いで拙者せっしゃたちのことが先にバレたとして、どうしてゴブリンどもは囮役おとりやくを使ってまで待ち伏せなどという高等なことを仕掛けてきたんだ?」


「それはキースさんたちの実力が、ゴブリンたちにとって未知数だったからだと思われるッス」


 実力が未知数? 


 ふふん、それってつまり……。


 俺はその言葉を「あまりにも俺たちはすきがなく強そうだから」という良い意味でとらえた。


 それはカチョウも同じだったらしい。


「なるほど、拙者せっしゃたちの実力はゴブリンどもにとって未知数だった……要するに遠目から見て拙者せっしゃたちは、おとりを使って待ち伏せをしなければ勝てない強力な相手と思われたんだな」


 俺はカチョウの答えにうなずき、カガミのほうに視線を移した。


 目線だけでカガミに「そうなんだろう?」と問いかける。


 しかし――。


「いいえ、申し訳ないッスが違うッス。キースさんたちはゴブリンたちから見て強そうな態度を取っているがすきが多く弱い奴らか、もしくはわざとすきを見せて弱そうな振りをしている強者のどちらかなのか分からない不思議な連中と見られていたはずッス。だからゴブリンたちはわざわざおとりを使って待ち伏せする戦法を取ったきたんッスよ」


 これには俺も黙ってはいられなかった。


「ふざけるなよ、カガミ。その言い草だとまるで俺たちがゴブリン程度の雑魚ざこに品定めされていたみたいじゃねえか」



 そうッスよ、とカガミは真剣な表情で答えた。


 俺たちが唖然あぜんとする中、カガミはなぜそう思うのか説明し始めた。


 

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