道場訓 四十八   勇者の誤った行動 ⑬

 ――カガミ、森の中では亜人系の魔物の強さは1ランク上がっていると思えよ。


 サポーターのカガミ・ミヤモトことアタシは、先頭を歩いているキースさんの背中を見つめながらそんなことを思い出した。


 3か月前、アタシにそのことを教えてくれたのはケンシンさんだ。


 互いに別パーティーのサポーターだったが、Bランクの緊急任務ミッションを成功させるために2つのパーティーが協力したときに知り合ったのである。


 正直、変な格好の人というのがケンシンさんの第一印象だった。


 ヤマト国でもそうだが、他国においても常に空手着からてぎを着ている人などいない。


 しかもケンシンさんは本来なら戦闘職である空手家からてかでありながら、なぜかサポーターとして働いていたのだ。


 そのため、当時のアタシのケンシンさんに対する第一印象はかなり悪かったのを覚えている。


 それでもアタシのケンシンさんに対する悪い印象はすぐに払拭ふっしょくされた。


 サポーターとしての実力と知識が高いのもそうだったが、それ以上に実戦における魔物の対応への知識と経験が異常に高かったのだ。


 たとえばゴブリンという魔物にしてもそう。


 亜人系のゴブリンは世界中のどこにでも生息する低ランク魔物の代表だ。


 それこそ森の中を筆頭ひっとうに平原や湿地帯しっちたい、ダンジョンの中などあらゆる場所に生息している。


 なので2メートルを超えるゴブリン・キングなどの上位種じょういしゅはともかく、一般種のゴブリンは人間よりも体格がおとるので冒険者たちからは軽んじられていた。


 けれどもケンシンさんは違う。


 ケンシンさんは森の中のゴブリンには気をつけろとアタシに教えてくれた。


 ゴブリンは人間に似て、群れで行動する生態せいたいを持つ亜人系の魔物だ。


 そして自分たちがどれだけ弱い存在なのかを自覚じかくしている。


 その中でも森の中で生息しているゴブリンたちは、他の場所で生息しているゴブリンよりも自分たちの縄張なわばりを守るという意識が強く働いているらしい。


 それはゴブリンから言葉で聞いたのではなく、実際に森の中に入ってゴブリンたちの行動を見るとよく分かるという。


 敵から身を守るための気配を消す技術の高さ。


 木々の隙間すきまから敵に対して、正確に矢を放つ狙撃そげきの技術の高さ。


 確実に敵を殺すため、石器のナイフややじり(矢の先端につける武器)にるための毒を作る技術の高さ。


 自分たちの縄張なわばりを荒らす敵を、いち早く見つけるための斥候せっこうの技術の高さ。


 以上の理由から森の中ではゴブリンなどの亜人系の魔物を相手にするときは注意を払うべきだとケンシンさんは言っていた。


 特に複数で行動するパーティーで森の中に入ったときこそ、最大限に注意するべきだと口を酸っぱくしてアタシたちのパーティーに教えてくれたのは今でも鮮明に思い出せる。


 他にもケンシンさんは常日頃から森の中で活動する狩人かりうどならばともかく、草原やダンジョンをメインに活動する冒険者は中堅ちゅうけんランクでもこのことを軽んじる者が多いとも言っていた。


 そう言えば、キースさんもそうだったッスね。


 先ほどの休憩きゅうけいのとき、アタシがケンシンさんのことを完璧超人などとめたあとに急に態度が変わってしまったキースさん。


 そんなキースさんも以前の緊急任務ミッションのときにケンシンさんの忠告を無視した一人だった。


「あのう……キースさん」


 なのでアタシはキースさんにそっと声をかけた。


「あん? 何だよ?」


「え~と、あんまり森の中を一直線に進まないほうがいいッスよ。それに地面にある足跡も注意深く見つけながらのほうが絶対にいいッス」


「お前、ケンシンみたいなことを言うんじゃねえよ。いいからお前は黙って俺についてくればいいんだ」


「え? いや……でも……」


 アタシはキースさんの迫力にされながらも、それでもここはきちんと忠告したほうがいいと思った直後である。


 ガサガサッ。


 アタシは不自然なしげみの揺れに両足を止めた。


 先頭を歩いていたキースさんを始め、アタシの後方を歩いていたカチョウさんとアリーゼさんも歩みを止める。


 次の瞬間、不自然に揺れたしげみの奥から魔物が現れた。


 1本の毛も生えていないハゲ頭にとがった鼻と耳。


 緑色の肌に腰蓑こしみの1枚という姿は、亜人系の魔物として有名なゴブリンだった。


 しかも群れで行動するはずのゴブリンが1体で現れたのだ。


 群れからはぐれて道に迷ったんッスかね?


 だとしたら単純に考えてアタシを抜いて3対1。


 キースさんたちのパーティーなら負けることはないだろう。


 などと楽観的に考えてしまったとき、ケンシンさんに教えてもらった忠告を思い出した。


 まさか、とアタシはすぐに周囲の様子をうかがう。


 特にアタシたちを見下ろしながら、的確に矢を放てる樹上じゅじょうを集中的に。


 すると――。


 やっぱり、いたッス!


 距離的には20から30メートルほどだろうか。


 アタシたちを見下ろせる樹上じゅじょうに、弓矢をつがえながらこちらを見ている他のゴブリンたちがいた。


 待ち伏せだった。


 間違いなくアタシたちの前に現れたゴブリンは、パーティーを分断させるための囮役おとりやくに違いない。


 などとアタシが思ったのもつか、キースさんは「へっ、何かと思えば雑魚ざこじゃねえか」と言って長剣を抜いた。


 それだけではない。


「カチョウ、アリーゼ……お前らは手を出すなよ。あんなゴブリン1体ぐらい俺だけで片づけてやる」


 と、キースさんは1人で囮役おとりやくのゴブリンに突進とっしんしていったのだ。


「そいつは罠ッス!」


 アタシはすぐに声を上げたが、キースさんは血気けっきゆうに駆られたのかアタシの声がまったく聞こえていない。


 そのためアタシは後方にいるアリーゼさんとカチョウさんに、樹上じゅじょうからアタシたちを弓矢で狙っているゴブリンたちがいることを伝えた。


 このままだとキースさんは、ゴブリンたちの弓矢によって射殺されてしまうことも付け加えて。


 事実、キースさんは樹上じゅじょうから放たれた複数の弓矢によって「うわあッ!」と悲鳴に近い声を上げていた。


「よしアリーゼ、拙者せっしゃはキースを守るからお前は樹上じゅじょうのゴブリンどもを魔法で攻撃するんだ!」


「分かった、任せておいて!」


 その後の2人の行動は素早かった。


 カチョウさんは背中の荷物を盾代わりにキースさんに駆け寄っていき、アリーゼさんはゴブリンたちの注意が自分に向いていないことを最大限に生かして魔法の詠唱えいしょうに入る。


 約10分後――。


 結果的にアタシたちはこの窮地きゅうちを乗り切った。


 キースさんは囮役おとりやくだったゴブリンを何とか倒し、カチョウさんは荷物を盾にキースさんと自分を守り、アリーゼさんは遠距離用の火魔法を使って樹上じゅじょうのゴブリンたちを倒したのだ。


 しかし、まったくの無傷とはいかなかった。


「ぐあああああああ――ッ! 痛えええッ、痛えええええええよ」


 戦闘が終わったあと、キースさんは自分の右太ももを押さえながら悶絶もんぜつする。


 樹上じゅじょうから放たれた矢で右太ももをかすられたのだ。


 そして弓矢には当然のごとく毒がられていたのだろう。


 なのでアタシは荷物から毒消し薬を取り出してキースさんに飲ませた。


 しかし、キースさんはそれだけでは心配だと言ってアリーゼさんにも治療魔法をかけさせる。


「ち、ちくしょう……とんだ時間を食ったぜ。たかがゴブリンのくせに、木の上にのぼって狩りなんてしようとしてるんじゃねえよ」 

 

 え? ゴブリンが木の上にのぼって狩りをしていた?


「ほんとよね。きっと鹿とかイノシシなんかを狙っていたのよ。そこをたまたま私たちが通りかったから、驚いて攻撃してきたんじゃない」


 ええ? アタシたちが待ち伏せされていたとかの発想は?


「うむ、アリーゼの言う通りだ。ゴブリンは低ランクの魔物の代表的な雑魚ざこだ。知能も低いし弱いから、木の上にのぼっていないと大型の得物えものを仕留められないのだろうな。その中でも拙者せっしゃたちの前に現れたゴブリンは、おそらく木の上にものぼれないほどおとっていた情けない個体だったに違いない」


 …………………………………………。


 開いた口がふさがらないとは、まさにこのことだった。


 この3人は以前のときもそうだったが、3ヵ月経った今でも森の中で活動することの難しさが分かっていない。


 それに加えて先ほどもそうだが注意力や観察力、そして想像力など危険な物事に対処するための考え方が浅すぎる。


 これではBランクの依頼任務クエストなど成功するはずがなかった。


 少なくとも今の状況では困難こんなんだ。


 だからこそ、アタシは意を決してキースさんに提案した。


「このまま引き返しましょう。そしてケンシンさんの怪我が治るのを待って、回復したケンシンさんを連れて来るッス」


 でないと、とアタシは断言する。


「下手するとこのパーティーは全滅するッスよ」

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