道場訓 十九    漢女との苛烈な出会い

「どうした? 誰か前に出る奴はいないのか?」


 俺は首をコキコキと鳴らしながら、威嚇いかくを含んだ目で周囲を見渡した。


 俺の正拳下段突せいけんげだんづきの威力に恐れをなしたのか、冒険者たちは一歩前に出るどころかその場から動こうともしない。


 全員が全員とも、凍り付いた表情で口をパクパクとさせている。


 俺はそんな冒険者たちを見ながら嘆息たんそくした。


 本当なら闘神流とうしんりゅう空手からてをこんな見世物のように使いたくはなかった。


 しかし、死と隣り合わせになったときほど人間は暗い本性ほんしょうが出る。


 ここに集まっている冒険者たちがそうだ。


 死と隣り合わせのSランクの緊急任務ミッションに参加しなくてはならない。


 という恐怖感はいとも簡単に仲間割れや私刑リンチを起こすようになり、やがては弱者を対象となる生贄いけにえを欲するようになる。


 そうなると緊急任務ミッションへ参加する前に殺し合いすら起きかねない。


 だからこそ、俺は少々手荒てあらに冒険者たちの目を覚ますキッカケを作った。


 それとは別に俺の本当の実力も分かってもらえれば、少なくとも俺がSランクの緊急任務ミッションに参加することの不満もなくなるだろうと思ったのだ。


 事実、冒険者たちの中からは、


「す、すげえ……何だ、この力は?」


「誰だよ、あいつを無能のサポーターと呼んで馬鹿にした奴は……とんでもねえ腕前じゃねえか」


「やっぱり、くさっても勇者パーティーの一員だったってことか?」


 次々に俺への見方を変える者が現れ始めた。


 どうやら、これでスムーズに話を進められそうだな。


 正直なところ、いつまでもこんなところでたむろっている場合ではなかった。


 気を失っている騎士によると、すでに魔の巣穴すあなからSランクの魔物が出現したことは確認されている。


 そして騎士団の包囲網ほういもうがあらかた突破されているとすれば、大半の魔物はそろそろ魔の巣穴すあなが出来たというアリアナ大森林を抜ける頃合いだろう。


 となるとやはり魔物たちを迎撃する場所は、アリアナ大森林と続いているアリアナ大草原しかない。


 なぜなら、この街はアリアナ大草原の先にあるのだ。


 もしもアリアナ大草原を突破されたら、間違いなくこの街は魔物たちに蹂躙じゅうりんされて崩壊する。


 俺はもう一度だけギルド内を見回した。


 冒険者たちは誰一人として口を開くどころか、一歩も動かずに俺の次の言葉を待っているようだった。


 つまり、俺の一言で冒険者たちがどう動くのか決まるということだ。


 それならば俺の口から出る言葉は決まっている。


「どうやら俺が今回の緊急任務ミッションに参加することを認めてくれたようだな。だったらあとは全員でアリアナ大草原に――」


 向かうぞ、と全員を誘導ゆうどうしようとしたときだ。


 ダアンッ!


 突如とつじょ、2階から勢いよく床を蹴る音が聞こえた。


 同時に真上から突風のような殺気が吹きつけてくる。


「――――ッ!」


 俺はすかさず後方に大きく跳躍ちょうやくした。


 ヒュンッ!


 すると俺がいた寸前の場所に、一拍いっぱく遅れで何かが空間を切り裂く音が鳴る。


「お前は……」


 俺は床に着地すると、真上から不意打ちをしてきた襲撃者と向かい合った。


拙者せっしゃの不意打ちを難なくかわすとは……やはり思った通りだ」


 襲撃者の正体は、つやのある黒髪をうなじの辺りで一つに束ねている女だった。


 顔立ちは恐ろしいほど整っている。


 すみで書いたような黒眉くろまゆに、すっきりと通った鼻梁びりょう


 そして眼光は生来の気の強さを表すように鋭い。


 俺は改めて襲撃者を見つめた。


 年齢はエミリアと同じ16歳ぐらいだろうか。


 けれども170センチの俺よりも頭一つ分は身長が高い。


 とはいえ間違いなく女だった。


 それも超がつくほどの美女だ。


 だが、一方でと呼んでも差し支えのない凛々しい雰囲気もあった。


 年齢が若いという意味の乙女おとめよりも、勇ましい意味での漢女おとめという表現がピッタリとくる。


 その理由の一つは彼女が着ていた服装にあった。


 ヤマト国の独特な衣服――純白の道衣どうい緋色ひいろはかまの上から、動きやすいけい甲冑かっちゅうまとっていたのだ。


 それだけではない。


 黒髪の美女の両手には、二尺にしゃく三寸五分さんすんごぶ(約70センチ)の大刀が握られていた。


 お前は女なのにサムライなのか?


 俺が襲撃者の女に思わずたずねようとしたとき、周囲から「キキョウだ!」と歓声に近い声が上がった。


「勇者パーティーの切り込み隊長――カチョウ・フウゲツの妹のキキョウ・フウゲツだ!」


「何だと! あいつがあの若干じゃっかん16歳で冒険者Aランクに昇格した、ヤマトタウンの〈天剣てんけん漢女おとめ〉――キキョウ・フウゲツなのか!」


 せきを切ったようにざわつき始めた周囲の中、俺は襲撃者の女――キキョウ・フウゲツをまじまじと見た。


天剣てんけん漢女おとめ〉。


 噂には聞いたことがある。


 商業街の北にあるヤマト国からの移民たちが作り上げたヤマトタウンにおいて、天才剣士として名を上げてきた女武芸者の異名だ。


 天賦てんぷの才の剣を使う勇ましい女――すなわち〈天剣てんけん漢女おとめ〉という異名だったが……はて、もう一つ何か別な異名もなかったか?


 まあ、それはさておき。


 カチョウの妹か……そう言えば以前に妹がいるとか聞いたことがあったな。


 言われると独特な喋り方や格好以外にも雰囲気がかなり似ている。


 ただし、明らかに実力はカチョウよりも上だった。


 2階から飛び降りても平気な脚力きゃくりょく


 空中からでも正確に刃筋はすじを通してくる斬撃の鋭さ。


 まったくブレない体軸たいじくの強さ。


 全身から怒涛どとうの如く放出されている魔力マナ


 どれをとっても超一流の武術家のそれだ。


 一対一の正々堂々とした闘いならば、それこそ上位ランカーの冒険者とも互角に渡り合えるかもしれない。


 だが、微妙に何かが引っかかる。


 全身から発せられている魔力マナの流れが明らかにおかしい。


 Aランクに昇格できるほどの腕前なのに、あまり魔力マナを上手くコントロールできていないように感じられたのだ。


 などと俺が小首を傾げていると、キキョウは大刀の切っ先を勢いよく俺に突きつけてきた。


 そして――。


「勇者パーティーから追放されたサポーターであり、空手家からてかと名乗る拙者せっしゃと同じヤマト人のケンシン・オオガミ……お主、間違いなくをやっているな!」


 そう言うとキキョウは、キッと俺をにらみつけてくる。


「おいおい……いきなり斬りつけてきて、アレをやっているなと言われてもまったく分からん。俺が何をやっているって?」


「とぼけるな! お主が非合法な魔薬まやくを使っていることはすでに確信した! 拙者せっしゃの不意打ちをかわせたことが何よりの証拠だ!」


 非合法な魔薬まやくだと?


 あまりに突拍子とゅぴょうしもないことを堂々と言われ、俺はキキョウと目線を交錯こうさくさせながら唖然あぜんとするしかなかった。


 そんな俺に対して、キキョウは図星だなとばかりに不敵な笑みを浮かべる。


 俺は右拳の拳頭けんとう部位に付着していた木片を払い落した。


 さて、どうするか?

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