道場訓 十八    追放空手家の実力

 俺はエミリアのおびえた姿を見ながら、怖がるのは無理もないなと思った。


 Cランクの冒険者であるエミリアにとって、Sランクの緊急任務ミッションに参加することは自殺するのとほぼ変わらない。


 これが一つ上のBランク程度の緊急任務ミッションならば、他の冒険者もそうだがランク昇格を狙って参加することも十分にありえた。


 いや、実際にはそうだったに違いない。


 おそらく、エミリアは最初にBランクの緊急任務ミッションだと聞いたので参加を表明したのだろう。


 しかしふたを開けてみれば実際はAランクの緊急任務ミッションだったどころか、一匹で一つの街を滅ぼしかねない街災級がいさいきゅうの魔物が現れてSランクへと変わってしまった。


 目も当てられないとは、まさにこういうことを言うんだろうな。


 まあ、それはさておき。


 こうなると話は大きく変わってくる。


 俺とエミリアに何の関係もなかったのならば、混乱の極みに達しているギルドの喧騒けんそうに乗じて黙って立ち去ればよかった。


 だが、エミリアに関係があるのならそういうわけにはいかない。


 などと考えていると、エミリアはカチカチと歯を鳴らしながらたずねてくる。


「ケンシン師匠……私は死ぬんでしょうか?」


 その質問に俺は嘘偽りなく正直に答えた。


「ああ、今回のSランクの緊急任務ミッションに参加したら君は確実に死ぬ。そして参加を正式に表明して逃げ出した場合も、君は敵前逃亡の罪で捕まってどのみち死ぬな」


 ただし、エミリアはリザイアル王国の第二王女だ。


 これが身分を隠して城下で冒険者ごっこをしているお姫様ならば、今回のSランクの緊急任務ミッションから逃げ出したとしてもとがめは受けなくて済んだだろう。


「エミリア、一つ聞きたい。君が素性すじょうを隠して城下で冒険者をしていることを、王宮の人間は誰か知っているのか?」


「……いいえ、誰も知りません。私は隠し通路を使って外へ出ているのですが、王宮の人間には誰にも話さず冒険者をしながらお金を貯めているんです。いずれ自分の力だけで生きて行けるように、そしてこの国から出て行くために」


 ふむ、大方そんなことだろうとは思っていた。


 身分を問わず金を稼ぐには、それこそ冒険者になるのが一番手っ取り早い。


 Cランクぐらいだとまだまとまった金を稼ぐことは難しいが、Aランクにまでなってくると一回の依頼任務クエストを受けて成功すれば実入りはかなり良くなる。


 もちろん、それは自分の実力をはき違えなかった場合だ。


 そして、それは冒険者ギルドがランク付けを行っていることにもつながっている。


 なぜ冒険者ギルドが冒険者自身や任務内容に細かなランク付けをしているのかというと、自分の実力を勘違いせず順当に難易度の高い依頼をこなして欲しいという思いに他ならない。


 そうでなければ冒険者ギルドには毎日のようにしかばねの山が出来るからだ。


 だが、当然ながら中には例外も出てくる。


 今回のように依頼者に半ばだまされてしまうような場合と、任務前や任務中にいきなり依頼内容のランクが変更されてしまう場合だ。


 これは正直なところ、天気が変わるのと同じで防げないことが多い。


 それが分かったからこそ、エミリアは自分の現状に恐怖を感じたのだろう。


 他にも王宮に隠れて冒険者をしていることがバレたら、もしかするとエミリアは隔離かくりだけでは済まず本当に王家から抹殺まっさつされる可能性もあった。


 要するにエミリアは進んでも地獄、退いても地獄の二者択一を迫られている。


 普通ならば自分の置かれた状況に絶望し、それこそ安易に自殺を選択してもおかしくはなかった。


 けれども今のエミリアが絶望することはまったくない。


 なぜなら、エミリアがSランクの緊急任務ミッションに参加しても死ぬ確率は0なのだから。


 理由は簡単だった。


 ここに闘神流とうしんりゅう空手からて十段じゅうだんの俺がいるからだ。


「ケンシン師匠……私を弟子に取ってくださった矢先に、こんなことになってしまって本当に申し訳ありません。」


 不意にエミリアが思いつめた表情で謝罪してくる。


「このようなことになったのも、すべては私が依頼内容を見極められなかった未熟さゆえのこと。どうか先ほどの私を弟子に取るという話は忘れて下さい」


 何だと? 弟子にする話を忘れてくれ?


 これにはさすがにカチンときたので、俺は「この馬鹿野郎が!」とエミリアを一喝した。


「ケ、ケンシン……師匠?」


 俺の怒りにエミリアは目を丸くさせる。


「まだ正拳突せいけんづきの一つも稽古していないくせに、弟子のほうから師匠に入門を取り消してくれという馬鹿がどこにいる! 君は――いや、お前はもうこのケンシン・オオガミの弟子なんだ! だったらウダウダ言わず俺について来い! 俺がそばにいる限り、お前を絶対に死なせはしない!」


 エミリアはハッと我に返ったような表情を浮かべた。


「で、ですが私の実力ではSランクの緊急任務ミッションを生き残るなんて無理です」


「お前一人だったならな」

 

 俺はきっぱりと断言する。


「今回のSランクの緊急任務ミッションには俺も参加しよう。俺が参加して街災級がいさいきゅうの魔物もろとも魔の巣穴すあなも根こそぎ駆除くじょしてやる。そうすればお前は死なずに済む。それで一件落着だ」


 この高らかに宣言するように言ったのが反感を買ったのだろう。


 怒声を上げたことで注目の的になっていた俺に、再び冒険者たちの非難ひなんが集まって騒ぎになっていく。


「黙って聞いてれば大げさなホラ吹きやがって! 勇者パーティーを追放された無能のサポーターが街災級がいさいきゅうの魔物を倒すだと!」


「しかも魔の巣穴すあなも根こそぎ駆除くじょするですって? 王国騎士団にも出来なかったのにそれがどういうことか分かって言ってんの!」


「あーもー、何か色々あってムシャクシャしてきた! おい、まずはこの無能のサポーターを血祭りにしようぜ! そうでないと気が治まらねえよ!」


 そんな罵倒ばとうの嵐が吹き荒れる中、俺は下丹田げたんでんに力をこめて気力アニマを充実させた。


 続いて腰を落として右拳を脇に引き、正拳突せいけんづきの構えを取る。


 そして気力アニマを右拳に集中させた瞬間、俺は渾身の正拳突せいけんづきを足元の床に向かって打ち放った。


 ドゴオオオオオオオオオオン――――ッ!


 直後、強震きょうしんと間違うばかりの激しい揺れがギルドを襲う。


 ギルド内にいた冒険者たちの大半は、悲鳴を上げながら次々と床に倒れていく。


 エミリアも同じだった。


 突如、襲いかかってきた揺れに耐えきれず床に崩れ落ちる。


 五秒ほど経ったあと、俺は床に食い込んでいた右拳を静かに抜いた。


 俺の気力アニマで強化された正拳突せいけんづきの威力によって、ギルドの床には打ち込んだ部分から蜘蛛くもじょう亀裂きれつが走っている。


 やがて驚愕きょうがくしていた冒険者たちに俺は言い放つ。


「アンタらがどう思おうが、俺は今回のSランクの緊急任務ミッションに参加する。それをどうしても気に食わないと言うのなら――」


 俺はを浮かべて言葉を続けた。


「そこから一歩前に出ろ。緊急任務ミッションに参加する以上の地獄を見せてやる」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る