道場訓 十 勇者の誤った行動 ②
「クソッ、どうなってんだ! どうして急に魔物どもが一斉に襲いかかってくるようになった!」
俺が吐き捨てるように叫ぶと、隣にいたアリーゼが食って掛かってきた。
「ちょっと止めてよ、キース! そんな大声を上げたら、また魔物たちに気づかれるじゃない!」
このアリーゼの言葉に俺の怒りはさらに跳ね上がる。
「またとは何だまたとは! それにお前こそ馬鹿みたいにデカい声を出してるじゃねえか! それともSランクになった女魔法使い様の声は魔物に届かないってか? ふざけんなよ――」
俺がアリーゼに詰め寄ろうとしたとき、すぐさまカチョウが「二人とも落ち着け」と間に割って入ってきた。
「少しは冷静になれ。こんなところで言い争っていても何も始まらん。まずは落ち着いて現状を把握しよう」
「冷静になって落ち着けだと?」
俺は一人だけ大人ぶるカチョウをぎろりと
「これが落ち着いていられるか! 勇者パーティーの俺たちがBランク程度のダンジョン攻略に手間取っているんだぞ! 大体、てめえのいい加減な道案内のせいでこんなことになったんじゃねえのか!」
「何だと……今の状況になったのは
この野郎、サムライのくせに勇者である俺に歯向かう気か。
俺とカチョウが
俺は怒りの
「てめえもいい子ぶるなよ、アリーゼ。ダンジョンに潜る前は照明役や回復は任せろと散々でけえことを抜かしてたくせに、いざ潜ってみれば、あっという間に
「ちょっと待って。カチョウから私に
この
俺はアリーゼに平手打ちの一発でもかましてやろうかと思ったが、さすがにそれはマズイなと思って上げかけた右手を下ろした。
ただでさえ面倒くさい状況に
ちくしょう、一体どうしてこうなった!
俺は怒りに任せてその場で
現在、俺たちは王都郊外のBランクダンジョン――【断罪の迷宮】の中にいる。
ケンシンという無能のサポーター兼
だが、この【断罪の迷宮】は初めて潜るダンジョンじゃない。
それこそ何度も潜っているダンジョンであり、そのためサポーターだったケンシン抜きでも簡単に攻略できると俺たちは高を
ところが
以前は余裕で最深部の50階層まで潜れたはずなのに、今は20階層まで潜るだけでも恐ろしく苦戦するようになっていた。
これまでは滅多にトラップの類には掛からなかったのに、今では少しでも気を抜くと命を奪いかねないトラップに
魔物の襲撃にしてもそうだ。
何の苦もなく簡単に討伐できていた魔物の強さが急激に上がっていた。
剣どころか魔法の攻撃に対しても的確に対処してきやがる。
今まで俺たちを前にブルブルと身体を震わせて
まったく理由が分からない。
どうして急に魔物が強くなった?
まるで別のダンジョンを攻略しているような気分だ。
などと思いながら俺が舌打ちした直後、アリーゼがぼそりと
「ねえ……ふと思ったんだけどさ。私たちが今までダンジョン攻略に苦戦しなかったのはケンシンがいたからじゃないの?」
「はあ? どうしてそこでケンシンの名前が出てくるんだよ」
「だっておかしいじゃん。ケンシンをパーティーから追放したすぐのダンジョン攻略でこんなに苦戦するなんてさ……それに今思い返してみると、私たちが分かれ道なんかに差し掛かったときは必ずケンシンが先頭に立って色々と説明して道を決めてくれていたじゃない」
それは
地形の法則性がどうのこうのや、
「それでケンシンが決めた道を進んだときは、下層に向かう階段やアイテムがある部屋ばかりで少なくともハズレを引いた記憶がないわ」
アリーゼの言葉にカチョウは大きく
「ふむ、言われてみれば確かにそうだ。それどころかケンシンの意見を無視してキースが決めた道を選んだときは、必ずと言っていいほど凶悪な魔物やトラップ部屋などのハズレを引いていたな。そしてキースは毎回ケンシンの荷物の量が多いと文句を言っていたが、もしかするとケンシンはアリーゼが
何だ、こいつら……急にケンシンを持ち上げるようなことを言い始めやがって。
このとき、俺は直感的にヤバいと思った。
この二人から俺への信頼が徐々に薄まっていくのを肌で感じたからだ。
本当だったら二人ともぶん殴って目を覚ましてやりたかったが、そんなことをすればパーティーに致命的な亀裂が走ってしまうだろう。
そうなれば命を失う危険性が爆発的に上がる。
ここは安全な地上じゃない。
なぜか強さが上がった魔物たちがひしめくダンジョンの中なのだ。
落ち着け、落ち着くんだ。
俺は国から《神剣・デュランダル》を
だったらこんなところで全滅するわけにはいかない。
本物の勇者パーティーがBランク程度のダンジョンで全滅するなんて絶対にあってはならないんだ。
そう俺が改めてダンジョン攻略の意欲を高めたとき、アリーゼは「ねえ、キース。今回はもうダンジョン攻略は
「このままだと私たちは本当に全滅しかねないよ。こうなったら一度引き返して、装備やアイテムなんかを充実させてから戻ってこようよ。ねえ、そうしよう?」
「
おい、ちょっと待て……このまま引き返すだと?
そんなことをすれば冒険者たちの間で笑い者になるのは目に見えている。
ただでさえ俺たちはサポーターとアイテムなしでダンジョンを攻略して見せると
それなのにBランク程度のダンジョンで逃げ出すようなことがあれば、冒険者どころか国王にも失望されかねない。
「いや、それはあまりにも短絡的すぎねえか?」
俺は弱気になっていた二人に告げた。
「今、俺たちがいるのは18階層だ。このまま一つずつ上に戻っていくよりも、
俺は必死に二人を説得すると、やがて二人は分かってくれて20階層まで潜ることになった。
ふう、これでひとまず安心だ。
そうさ……今はケンシンがいなくなって勝手が違っているだけで、
俺は《神剣・デュランダル》の
こんなBランク程度のダンジョン攻略に苦戦するわけにはいかない。
俺はいずれ世界中に名を
そう自分に
だが、このときの俺は知る
これがすべての悪夢の始まりだったということを――。
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