道場訓 九 他尊自信
すべてを話し終えたとき、俺は
「……どうして君が泣くんだ?」
気がつけばエミリアの頬に一筋の涙が流れている。
「すみません……私も似たような過去があったので、つい今のケンシン師匠と昔の自分を重ねてしまいました……本当に……すみません」
それ以上の涙を必死に
大陸の中でも有数の国土を
もちろん、
魔法も武術と同じく技術の一つなのだ。
当然ながら優れた使い手に師事しなければ小さな魔法一つ使えない。
その中において王家の人間たちは、幼少から徹底的な魔法の英才教育を受けるという。
理由は簡単だった。
それはこのリザイアル王国が〈
すなわち大きな
その優位性を持ってリザイアル王家は神の如く存在しているのだ。
だからこそ、王家の生まれで
おそらく、エミリア(本名はクラリアと言うのだろうが)は王家から
リザイアル王国の第二王女でありながら、自由に城下を動き回れているのがその証拠だった。
むしろ地下牢に
いや、王家の人間から見てエミリアは
それゆえにエミリアは選んだのかもしれない。
飼い殺しにされる王妃の立場よりも、自分の腕前一つで生きる冒険者として生きていくことを。
同時に強く思ったはずだ。
そのためには武術で強くなるしかない、と。
ステータスのスキルや特技の項目に
それも武器ではなく、素手の格闘術というところが俺的にはグッときた。
王宮の中で女が武器の類を手に入れるのは難しいはずだ。
けれども、素手の格闘術ならば人目を盗んで稽古ができる。
そんな考えに
おそらく何年間も地道にひたすらに――。
「エミリア……君は今よりも強くなりたいか?」
俺が真剣な表情で
「私は強くなりたいです。これまでの生き方を堂々と自分で否定できるほど強くなりたい……ですから」
エミリアはヤマト国の正座になって
「どうかお願いします、ケンシン師匠! 私を弟子にしてください!」
一拍の間を置いたあと、俺は再びエミリアに質問する。
「それは自分を
「違います!」
エミリアは顔を上げると、曇りのない目ではっきりと口にする。
「そんな風に思っている部分がある自分を変えたいからです! 私はもう誰も憎んだり恨みたくない! こんな境遇に
この瞬間、俺の全身に言い知れぬ衝撃が走った。
エミリアは王家から追放同然の扱いを受けながらも、肉親である王家の人間たちを恨むことなく自分の運命を切り開こうとしている。
本来、王家というのはエミリアのような人間を言うのかもな。
俺はふと数日前の出来事を思い出した。
キースを筆頭に他のメンバーたちの実力と名前も知れ渡り、王宮へと呼ばれたときのことだ。
そこでキースは国王から直々に《神剣・デュランダル》を与えられ、名実ともにキースは国が認める正式な勇者の一人に選ばれた。
同時に他のパーティーメンバーの活躍も認められ、晴れて【
しかし、そのときの俺に対する王家の人間たちの目つきもよく覚えていた。
何か得体の知れないモノを見るような
俺が素手素足で
そして《神剣・デュランダル》の授与式のあとに開かれたパーティーに俺だけ参加を許されなかったのは、王家が俺のことを勇者パーティーの一人だと
結果、そのことも踏まえて俺は勇者パーティーから追放されてしまった。
悔しさがないかと言われれば嘘になる。
だが、それでキースたちに復讐してやろうだなんて思っていない。
それはすでに他界した、尊敬する祖父の
俺はエミリアから視線を外し、室内を煌々と照らす照明器具が設置されていた天井を見上げる。
――ええか、ケンシン。人から何か嫌なことをされても、それで相手に何かしてやろうなんて簡単に思ったらアカンで
物心をついた頃から
――嫌なことや辛いときがあったら
脳裏に浮かんでいた
――それでも心のわだかまりが消えんのやったら、そのときは弟子を取れ。お前とお前の
俺は天井からエミリアへと視線を戻した。
エミリアから向けられている、力強い眼差しを一心に受け止める。
――ええな、ケンシン。
「
よく
もちろん、俺はずっとこの言葉を念頭に生きていたつもりだった。
けれども、今になって思い返してみれば俺は勘違いをしていたのかもしれない。
キースたちのことにしてもそうだ。
それがキースたちのためにもなり、自分の人生の幸福に繋がると信じたからだ。
しかし、結果的に俺はキースたちから
「余計なお
もしかすると最初から裏方のサポーターとしてではなく、キースたちを堂々と守る
「まあ、どちらにせよもう遅いか」
一度コップからこぼれた水はもう元には戻らない。
だが、空になったコップに新しい水をそそぐくことは出来る。
「分かった。君を俺の弟子にしよう」
と、俺がエミリアにはっきりと告げた直後だった。
ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――――ッ!
突如、
「な、何ですかこの異様な音は!」
エミリアは魔物か何かの叫び声と勘違いしたのだろう。
見るからにあちこちを見回して動揺し始めた。
「落ち着け。これはタイムリミットが近づいているという警報音だ」
などと説明したところでエミリアが理解できないこと分かっていた。
だが、警報音が鳴った今となっては詳しく説明している暇はない。
このままだとエミリアは道場破りと認定され、強制排除の対象になってしまう。
「エミリア、一旦外へ出るぞ。そして、改めてもう一度ここに来たときに弟子の
そう言って俺は再び
そして――。
「スキル解除――【神の武道場】」
直後、俺とエミリアの足元が眩く光り始めた。
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