ねらいうち ④







 数日後の夜






「ごめん!! ごめんって!!」


 暗闇の中、ほとんど影にしか見えない二人が取っ組み合っている。いや、片方だけが悲鳴をあげていることから、一方が襲われている状況だということが分かるであろう。


「なあ、お前マジで調子乗ってんじゃねえよ。あそこまでやれって誰が行った!? ああ!?」


「いやでもそうしろって言ったのはそっちで、それに従っただけ、グッ!?」


「俺は言い訳と屁理屈が大っ嫌いなんだよ。お前も自覚しろよ。ただの馬車だってことを。てか下手くそだろお前。文章がなってねえんだよバレるだろうが!!」


「いや、あれは周りとか参考にして」


「言い訳はけっこうだ!! 次は上手くやれよ。二度と匙加減を間違えるんじゃねえぞ。俺も間違えることはあるからよぉ。今回はこれで済ませてやるが次はねえからな」


「わ、わかった。分かったから離してくれ」


 襲われていた人物は震え上がっている。


 そんか影が闇夜の中で浮かんでは沈み、浮かんでは沈みを繰り返していた。


 








 数日後


『では、みなさん。今日はここまで!!』


 カチッ


「うん、大体は良い出来なんじゃね?」


 何回か動画を撮るうちに、俺らのファンではどういう動画が好みの対象になっているか、どういう動画が再生数が伸びやすいかなどの傾向を調べていた。


 その結果、運動部のあるあるみたいなのをドラマにしたコント動画が一番再生数が多いことが分かった。


 特に、俺がやっていたサッカー動画が再生数が高い。


「相変わらずサッカー動画は再生数高いな。まあこれもしゅうやんの指導のおかげだけどな」


「だろ!?」


 秀平は相変わらずお気楽な反応をしている。


「ははっ、野球部の時の動画はコメントで『お前らまずボウズにしてこい。やり直し』

『ハゲてないからリアル感がない。髪の毛全部剃った方が良い』

『このメンバー、夜の試合に隠し球してきそう』とかやべえのもあるなぁ!」



 あいつらは相変わらずっとバカ笑いしている。時々、秀平がこっちを見てくるのがうざい。

 

 ブーブー ブーブー ブーブー ブーブー ブーブー


 その時、部屋中でバイブの音が鳴り響く。

 この音量、一人じゃない。もしかしたら全員のスマホに連絡が来たのか?

 

 うるせえな、各々そんなことを言いながら自分のスマホをスライドさせて耳に当てる。

 もちろん俺もそうする。


「はい、もしもし」


「おい、お前ヤバいって。SNS見てみろよ」


 は? 何だよヤバい状況って。

 

 半分訳わかんなくて、イライラしそうになりながらSNSを開くとそこには……


『私はこの人に襲われました』


 その言葉と共に、写真には可愛らしい女の子と……お酒でベロンベロンに酔っ払ったような雰囲気を漂わせている俺が写っていた。


「なんだよ……これ」


 思わず電話を切った。そして、恐る恐る振り返ると、全員顔が引き攣ってた。


「なあ、ナオナオ。お前……マジか?」


 秀平以外の全員が俺を見ている。これはもうダメだ。もう終わりだ。




「なぁ、お前いい加減にしろよ」





 全員の顔から血の気が引くのが分かった。

 無理もない。こんな洞穴から這いずり出てくるような化け物が鳴くような声を聞いたら誰だって震え上がる。そして後ろを振り返る。


「お前、この間さぁ俺頼んだよな。やめさせるように言えって、あれか? あれの八つ当たりか? なあ、何でこんなのが乗ってんだよ……いや黙ってねぇで答えろよ      秀平!!」


 俺の怒鳴り声で、秀平の肩がビクン、上がったかと思うとそのまま小刻みに身体を震えさせながら俺を見た。その目は焦点が合わなくなるほど怯えて、顔中から汗がダラダラ流れていた。涙のように床を濡らすほどだった。


「俺言わなかったか? お前に。あのアンチコメとかの処理ついでに、俺のこういうのを作成する奴とか何とかしろって。なあ」


「いや、違うんだ。落ち着いてくれよ。な? なおやん。俺たち友だちだろ? な?」


「いや、役に立たねえ奴とか友だちでも何でもないだろ。全く、高校の時も同じように失敗しやがって。身体に教えねえとダメなのか!?」


 その時、一人が立ち上がる。たっくんだ。


「おい、お前いい加減に」


 ターゲットを絞るように俺はまっすぐ睨む。たっくんが怯むのが見える。


「やめろたっくん!!」


 秀平の馬鹿が叫んだがもう遅い。


 思いっきり拳をひねり、たっくんの顔面ど真ん中にナックルをぶち当てる。

 

 骨が折れるか砕けるような気持ち良い破壊音が聞こえた気がしたけど、まあ別にいいか。


 また補充してきてくれれば良いだけだし。


 たっくんは白目を剥いて仰向けに倒れて気絶した。他の奴らが間抜けな叫び声を出しているが別にどうでも良い。今は秀平だ。


「なあ、この間のやり過ぎのアンチコメの奴とかは始末したんだろうな」


「うん、始末っていうかちゃんと直せって言ったから直したし、もうして来ないと思うよ」


「あのさぁ、俺は始末しろって言ったんだけど。誰も止めろとか言ってねえんだよ」


 秀平の馬鹿は聞いてんのか? 何か瞳孔開きながら口を半開きにしてるけど。


 こいつ、昔はここまで使えない奴じゃなかったのに。




 ことの発端は小学生の時、こいつと二人で遊んでいる時だ。何がきっかけか覚えてねえけど、秀平がキレて殴りかかってきたんだ。

 んで、俺はキレた返り討ちにした。


 胸ぐら掴んだら、なんか分かんねえけど泣き叫んでいたから、その様子とか動画に撮ってイジメの対象にしてやることも考えたけどそうじゃない方法を俺は選んだ。


 こいつと俺はほとんど見た目とかが逆だ。

 喧嘩の実力も。


 こいつはコミュ力高くて俺は低い。

 喧嘩は俺の方が強くてコイツは雑魚。

 だけど見た目は俺が弱そうでこいつは強そう。だから、操ろうと思ったんだ。


 どうするか、それはいつものノリを維持することだった。


 つまり、秀平が俺をイジる。そして俺が笑って弱そうなフリして舐められる。すると周りでそういうのが好きな奴が集まってグループが作れる。そして誰をハブるかは俺が決めていた。


 そういう方式を取った。


 中学生の時もそういう形式で良かった。

 だけど、高校生の時にこいつに調子に乗らせたのがまずかった。


 まあ、そろそろ男子じゃ足りなかったから女子をいじめてやろうと思ったんだ。


 だけど、あのクソ女ども。一丁前に連隊が強かった。

 

 だから高校三年間はなりを潜めた。


 そして大学で偶然ではない形で、秀平と出会い、再びグループを作った。


 こうして聞くと、まるで俺が秀平目当てで大学を選んだように聞こえるがそれは違う。


 俺の目標だった大学に落ちて、本当に偶然一緒になったんだ。初めは、なんだお前もいたのか、なんて思ってたけど、その内、せっかくの資源だからまた利用してやるか、と思ったんだ。


 今でも覚えてる。秀平が俺を大学で見た時の信じられない、という顔を。

 まさに絶望を象っていた。

 本当に面白い奴だった。あいつは。


 そして、秀平の意見としてこいつらと動画投稿を始めようと思った訳だ。


 それにしてもこいつも馬鹿だよな。

 小学生の頃の動画を晒すぞって言うと必ず言うこと聞きやがる。


 何で雑魚なのにプライドだけは高いのかが分からない。まあ、でもこれからは方針変えなきゃな。


 あの晒しをした奴は誰なんだよ。

 ってか何で知ってんだよ。俺が今、歳下の中校生と付き合って、酒やタバコとかガンガン吸ってんの。


 まあ良いやこいつらとの付き合い方の方針は変えなきゃいけないな。


「とりあえずお前ら。歯食いしばれよ」


 一歩、二歩、と近づくごとに俺は快感を覚える。目の前で大の男たちがすっかり怯えて震えている顔、たまんねえ、こりゃ辞めらんないわ。


「おいおい、なんでそんなに怯えてんだよ。いつもみたいに俺をイジってくれよ」


 口角が上がるのが分かる。多分、今、俺は信じられないほどキモい顔してると思う。


 でも、それでいい。


『バグ……!! ザザッ……ザッ……やめっ!! ザッガガ……て……くだ……ガン!! ガンガン!!』








「え、これやばくね」


 このような暴力行為をわざわざ晒す行為を後に『イビッター』などと言われるようになった。

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