管理人 ①





「ふざけるな、くそ、くそ、どいつもこいつも卑怯なことしやがって、恥ずかしくねえのかな。これだからプライドが高い人間ってろくでもねえ奴なんだよ」


 森杏 直哉(もりあん なおや)は怒った。文学ならそう書かれていただろう。


 つまり、それほど俺は怒ったということだ。これは間違いなく歴史的な大激怒だ。

 

 俺は学生時代にいじめられた。


 そこからは分かりやすく転落する。

 不登校、ギリギリ高卒、たどり着いた就職先では学歴いじりをしてきたから、一週間で退職。そこから引きこもりになってしまった。不安だった。将来どうなるかとか、生きていけないんじゃないか、とかただ漠然と不安だった。だからいつもネットをしている時でも、ベットに入っている時でも、不安が頭をよぎり続けていた。


 そんな時にたまたま思いつきで、とある小説投稿サイトに、自分が書いた小説を投稿した。そしたら、次の日、感想を書いてくれる人がいた。


 面白いです


 他にも色々と言葉があったけど、その言葉に目が釘付けになった。

 何かをやって褒められたことなんて、今まで一度も無かった。だから嬉しかった。

 生まれて初めて嬉し涙というのが出た。

 

 素直にもっと褒められたいと思った。

 次の作品を書こうとした。だけど全然おもいつかない。作品の続きも書けないし、別の作品も思いつかない。

 

 デビューしているわけでもないのにスランプというのを味わった。

 いや、でも感想をもらっているのはもう作家と言っても過言じゃない。もう作家だ。


 そういうのから小説の書き方を検索したりした。色々とルールがあることを知った。

 コツとかも見ていたけど、そういうのよりも先にルールを覚える方が先だ。


 だけど、今まで勉強がしていなかったからか、全然覚えることができなかった。

 三点リーダーとかびっくりマークや、はてなとかの記号の後は一文字分空白を入れる、とかその時その時では、へえ、と思うけど覚えるとなると全くできない。

 俺を馬鹿な奴に生んだ両親が憎い。


 そんなことをしていると、ある考えが浮かんだ。それは、今ツイッターでは、スペースというフォロワーとかで会話できる機能がある。


 もしかしたらそれを使って色々とルールを知ったり、コツとかも分かるんじゃないか。 それに、正直に言えば友だちが欲しかった。

 

 恥ずかしいことかもしれないけど、俺には友だちが一人もいない。小学生の時は何人かいたかもしれなかったけど、中学生になって全部失った。まあ、全ては俺がやるべき勉強とかを全然しないで落第点を取り続け、運動も全くダメな奴だったから引き起こしたことだった。こんなレベルの低い奴と友だちになりたくないと思ったのだろう。


 そして、今思えば俺自身も嫌な奴だった。

 レベルが低いなら低い者同士でつるんでいたら良いものを、俺はそういう傷の舐め合いをしたくない、などと言ってそいつらを避けた。


 弱いくせに歪んだプライドを持っている。そこまで価値も高さも無いのに、低くてちっぽけなのに、それを大事にするあまり見下す行為をしてきた。


 今なら謝ることができるけど、多分そいつらは許してくれないであろう。


 その復習という訳じゃ無いけど、もう一度、ここでやり直したかった。まともに友だちを作りたかった。


 だからXの機能であるスペースを見てみた。


 とある人のスペースを。


 スペースというのはまあ、Xでも音声会話ができる機能みたいなものだ。


 主催者がホスト、声を出しているのがスピーカー、そして聞いている僕のような立場はリスナーだ。


 それぞれのアイコンで楽しそうに会話をしているのが聞こえた。


 そこにいる人たちはもちろん社会人や学生の人もいたけど、驚いたことに僕のような不登校から引きこもりになった人や、大学中退で無職、それか仕事辞めて無職、あるいはアルバイト、フリーターの人など、僕に負けじと不幸な人だった。


 シンパシーをこれほど感じたことは後にも先にもこれが一番だ。俺もこういう人たちと話しても良いんだと、この時は思っていた。 


 全く、今思えばあれはコイツらよりも俺の方が上だと分かっていたから、出てきた気持ちなんだな。


 そういうのを見ている内に俺も参加しようと決心し、スピーカーの表示をタップした。


 すると、しばらく何も反応がなかったが、突然、画面と音声が止まったかと思うと俺のアイコンがホストの近くに移動して、リスナーからスピーカーになった。


『へ〜そうなんだ〜。参考になるな〜。イッチーさんはどうだったの』


『えっと私はですね〜』


 あ……やばい……話に入っていけない。

 いや、だ、大丈夫のはずだ。ここに入る前に俺は何度もコメントをした。それに反応してくれることは多かった。


 決して引いていたとかそんなことは無い。

 みんな笑ってたし。だから大丈夫だ。


 だが、そうしていても僕に話しかけることは全く無い。まるで存在を忘れられているような気分になった。

 

 というか本当に気づいていないんじゃないか? 僕がスピーカーに上がっていることに。そうだ、コメントしよう。


〈スピーカー申請、通ってますか〉


 するとしばらくして……


『ん? えっと、ナオシンさん、スピーカーの申請とおって……あ〜はいはい、そういうことね。大丈夫ですよ〜。ナオシンさん、話しても大丈夫です』


 ほ、やっと胸を撫で下ろすことができる。


 ナオシンというのは僕のことである。

 直哉のナオ、森杏のモリを音読みでシン、でナオシン、と名付けた。センスもしかして無かったかな。






 

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