悪童 ④
あの後、俺は両親が遅いこともあり、家に帰ったら一人で消毒、絆創膏を貼る。
そして傷から血が流れるのを止めたのを確認すると風呂に入りますますら誤魔化した。
この時間帯に風呂を沸かしたのは、帰る時間が近いから。風呂に上がったばかりだと傷が見えにくい。論理的に証明されているかは知らないが、親には何度かこれで誤魔化したことがある。
「ただいま〜」
ああ、帰ってきたか。
母親がしばらく帰ってきた後の後片付けみたいなのをしている間に俺は腹を上がり少し身体を満遍なくゆっくりと拭く。
まあこんなもんか、て感じで終わりにして用意していた夜用の服を着る。
「おかえり」
「ああ、大輝、もう上がったの?」
「おいおい、上がらないで欲しかったの?」
「そんな訳ないでしょ、何言ってんだかこの子は」
「ははは、ごめんごめん」
「まあ、流石にテスト期間は早く帰ってくるわね」
「そりゃそうだよ」
「え? でも大輝、以前は結構遅かったと思うわよ? 友だちの家に遊びに行ったりして」
う、言葉に詰まりそうになった。
全部嘘だ。そう言って俺たちは狩りをしていた。バレてる?
「そうそう、あんた気をつけなさいよ? ゲーセンとかにも、小学校の時とかよく行ってて、先生に怒られたこともあるでしょ」
「あ〜、たしかにあったね」
「たしか、翼くんたちも一緒だったわね」
「そうだね」
懐かしいな、そういえば昔は翼はああいう何考えてるか分からない雰囲気じゃなかった。もっと単純でバカだった。
中学に入って随分と変わったな。
「そうそう、弟君とも一緒に遊んだこともあるそうね」
あ〜たしかそうだったな。クラスが同じになったことないからあんまり覚えたないし、遊んだのも一、ニ回くらいだから印象があんまり無い。
「今でも、翼くんとは仲良いの?」
「うん。そうだよ」
俺の方が敬遠しそうになっているのは確かだけどな。できるなら昔に戻って欲しい。
あっちの方が断然分かりやすくて好きだ。
「大輝もそうだけど、あの子も結構は負けず嫌いだったわよね」
「ああ、そうだな。ついこの間まで、バスケしていたのに、怪我を負うなんて可哀想だったね」
「……そう、かも……ね」
あれ? 今、何か言葉の選択肢を間違えたか? あ〜可哀想は言い過ぎだったか。
「まあ、あいつも頑張ってるから、俺も頑張らないとな」
こういうポジティブなことを言えば良いだろう。だけど、その後も母親は少しぎこちなかった。やがて父親が帰ってきて、家族で夜ご飯を食べて幸せな時を過ごした。
「やっぱダメだ」
部屋についた瞬間、それはべっとりとくっついてきた。さっきまでの投げられた記憶。
本当にムシャクシャする。俺があの野球部の先輩だけじゃなくて、あんなカスどもにも情けない面を見てしまったなんて。
なんで餌が攻撃してくるんだよ。
窮鼠猫を噛むどころ話じゃねえぞ。
思い出しただけでいらいらしてくる。
あんなみすぼらしい奴らが俺を出し抜こうとするなんて。まあ、置いていったあいつらは恐らく死んだ。
俺が見捨てたとか、俺が殺したとか、そういう責任は一切無い筈だ。俺はあいつらに何もしていない。あいつらが勝手にはしゃいだだけだ。特に景吾なんてキモかった。
あいつ、女好きで軽く凌辱趣味みてえなのがありながら紳士気取ろうとしていたのがキモかった。俺に近づいて女が寄ってくるのを期待しているのがキモかった。
将也の奴もキモかった。なんだかんだで小学生のどっかで知り合ったけど、ちょっとこづいただけで泣きじゃくっていた癖に、中学になった途端、俺という後ろ盾を得て強い態度を他の奴らにするようになった。他人のふんどしを堂々と使うのがキモかった。
優希の奴もそうだ。あいつは小学校の時からみんなに噂や陰口を笑いながら回したり、どう考えてもお前が悪いのに、俺はたた素直な行動しただけなんだけどなぁ、とか、本当のこと言っただけなのに、なんてことをすぐに言いやがってた。
俺に近づいたのも金持ちの息子だったから、野球をベースとかで本格的に出来るからだ。だけど、一回喧嘩してクソ漏らすほど泣かせたら、それ以来くっつくようになってた。 言動全てがキモかった。
考えてみりゃあどいつもこいつも気持ち悪いクズゴミばっかだった。死んだって別にいいや。
ふと、翼の顔が思い浮かんだ。
あいつは、なんだかんだで俺に利己的な感情とか無く付き合ってくれたよなぁ。
うん、あいつらのことは忘れて、あそことかにも二度と行かずに、俺は翼とつるんでいよう。今後の中学生活は。
まあ、友だちなんてのは高校に行って、リセットするなりなんだりして、新しいの作れば良いだけだしな。
安心すると眠気が急に襲ってきたので多分、すぐに寝れるだろう。
次の日
「景吾、優希、将也、この三人が行方不明になった。知っている奴は先生の所に来るなりしてくれ」
担任のクソ先公の言葉にクラス中がざわざわ騒いでやがる。
早いな。あいつらが帰っていないっていうのがバレるの。まあ、俺が何かしたわけでも無いし、死体とかが見つかっても俺のせいにはならないだろ。
まあ、でも少しだけ退屈だ。
「なあ、あいつらどうしたんだ?」
「分かんねえ、どっかで遊んでいるのか?」
久しぶりに翼とまともに話す場面になったように思える。いつも顔を見合わせている筈なのに。
「どっかで? 俺たちを置いてか? 俺だけなら納得できるけど、よりによってのお前だぜ? お前を置いていくとこあり得なくねえか?」
「おいおい、俺が残されるのはおかしいってどう言う意味だよ」
「だって、お前がリーダーだろ。このグループの」
リーダー? ふ〜ん、そう思っていたのかこいつ。へぇ〜、何だ心配して損したよ。
こいつも脅威では無い。
歯牙にも掛けないモブの一人だ。
「それにあいつらがまとまると思うか? お前なしで。俺はまとめることできねえぞ。あのクソ問題児どもを」
「はっは、クソ問題児」
おっと思わず笑っちまった。なんだ、お前もアイツらに対して、俺と同じこと思っていたんだ。なんか安心した。
帰りの時間になった。
アレをすることが出来なくなったのは、寂しいけど、まあいいや。
「なあ、大輝」
「ん?」
「ちょっと寄って行きたい所あるんだが」
「ああ、いいぞ」
寄り道すりなんてこいつの割には珍しいな。まあでも良い気分転換になるかな。
そのまま俺たちは目的地に行くために歩き始めた。歩いていると、今はほぼ冬であるが、俺が住んでいる地域では、まだ落ち葉がまっている。昔、ここら辺とかはあいつらと翼の一緒に遊んだことがあった。
懐かしい。あの頃、色々なスポーツをやったっけな。野球はもちろん俺がピッチャーで誰も打てる奴なんていなかった。どいつもこいつも空振りだった。
それが気持ちよくて気持ちよくて野球部に入ったんだ。今の先輩とかは邪魔だ。いらない、あんな奴らは。
サッカーとかは他のやつが得意だったな、優希はシュートの精度がすごかったし、将也はドリブル回しがやばかった。足が速いこともあったからな。将也からボールを奪うのは大変だったし、優希のシュートを止めるのも少し難しくて楽しかった。
あれ、なんで俺、フォワードとゴールキーパー二つやってたんだ? あ、そうだった。
景吾の奴がスポーツ全般ダメダメだったからゴールキーパーやらせてたけど、下手くそだったから俺がキレて交換したんだった。
マジで懐かしい。
そして、翼はバスケットが得意だったよな。でも、あの日ストリートバスケットしてたら……まあ、不幸な事件だったな。
「着いたぞ」
そのことを考えていたからか、俺の目の前には、あの時のストリートバスケットコートが見えた。すこし錆びた金網が周りにあり、硬そうな路地に色々とシュートポイントなどが記されている。
「ここは」
「覚えているか? あの時の場所だよ」
そう、翼も分かっている。ここはあの時、翼が怪我をした場所だ。それが原因でバスケット選手の夢を諦めなければならなくなった悪夢の場所だ。だけど、なんでこんな所に連れてきたんだ。
「なあ、翼、なんで」
「懐かしいよなぁ、ほんっと懐かしいよ」
俺の言葉を遮りやがって翼はどこか声高々に言葉を放つ。なんだ? どこかトゲがあるように感じる。いつもよりも背中が陰りを帯びているような。
「な!!」
そう言って向けられた顔は、広角が程よく上がり、目も平行線に近いほど少しだけ上がっていて、絵にそのまま描いたようなにっこりとした笑顔だった。
だけど、何かおかしい。
いつもの笑顔と違う。いつもは、どこか能天気というか、屈託の無い笑顔だ。
だけど今は、その笑顔がわざとらしい。
まるで、何か別な気持ちを必死に隠している、いや、抑えているような雰囲気さえある。
なんだ、何が起こっている?
「なあ、翼」
「俺ここで怪我しちゃったんだよなぁ〜」
再び声は遮られる。そしていきなりそのことを言うのは予想外だった。
「いや〜あの時は痛かった痛かった。こうさ、胸? いやぁ肋骨にさぁヒビが入ってさぁ、もう痛いのなんのって」
「あ、ああ、そうだった」
「俺の家系なのかも知れねえけどさ、俺は元々、骨があんまり強くなくてさ。よく昔は外に遊ぶのも両親が心配してたんだよ。まあそれに球技って大体は怪我して引退とか多いじゃん? 両親、あんまりバスケットボールのこと知らなかったんだろうなぁ。母親がバレーだったからもあるけど、バレーかバスケット、どっちが良いって聞かれたんだ。だけど、そん時の俺はバレーなんて女がやるスポーツと思っていたからバスケット選んじまったんだ。今、思えばあの時バレー選んでいたら……良かったかもな」
「そうか……そりゃあ残念」
「そしたら、ここで怪我することも無かったのにな。お前に出会って、たまたまここに来てバスケットして、怪我することなんて」
「はは……」
「あ〜でもダメだったかもな。バスケじゃなきゃ今度は体育館でバレーして同じような怪我してたかも知れないな。例えばさ、サーブを頭に当てられるとか、さ。後ろから」
「……」
「そして、同じように……その時の味方はお前なんだよな。あの時と違って。多分」
「……」
「ん? どうした? 大輝。さっきから黙って」
「……さっきから何言って……」
「わざとだろ?」
自分でも大きく目を見開いてしまったのが分かる。こいつ、今ごろ。
「あの時、バスケットでは敵だったよな。俺がさ、パスカットしようと両手挙げてたら、お前、突然、思いっきりタックルしてきたもんな」
「……」
「分かる分かる、体育の授業でさ、バスケットのルール知ってる奴ほぼいねえもんな。お前らもそうだったけどファールしまくり。相手の身体に接触しちゃいけねえのに、ほとんどの奴らやりまくってるからさ。そんで先生もどっか適当で、そのルールで良いように注意しねえんだわ。全く、参っちゃうよ。野球やサッカーと違って、少しマイナーなスポーツになるとさ」
「なぜだ……」
「ん? 何が?」
「なんで今頃そんなことを言う気になった」
そうだ、今、じわじわとこいつに突き付けられたから思い出した。忘れたくても忘れられない。俺がこいつに重大な怪我を負わせたんだ。
ほんの遊びでバスケットをしていたが、思っていた以上にこいつは強かった。俺が敵わないんじゃないか、と言うほどに。
俺よりも身長が高く、シュートの精度が高く、パス回しも何もかもが上だった。
今思えばこいつが経験者だからというのが理由なのだろうが、その頃の俺はそれを許容することが出来なかった。
こいつが俺より上かも知れない、というのが気に入らなかった。
だから、何回かイラついて他の奴にファールをしてしまった。ファールの存在を知らなかったから、こいつにどういうものか教えてもらった。そこで俺は思いついた。
あまりにもイラついて事故と称して、こいつに怪我を負わせることはできないか、と。
だから、こいつが防ごうと両手を挙げた時、思いっきりタックルした。だが、それの当たり所がピンポイントに悪く、こいつは一時期、入院した。
一応、本人にどう思っているか聞いたが、その時は仕方ない、とこいつも笑っていたはずだ。
それに、翼がファールの説明した後も、何回か他の奴らもファールしてたし、俺だけのせいじゃない、とされていた。
母親にはそのことを話さなかった。
これは、俺たちの胸の内に収まることにした。多分、母親は全く知らないはずだ。
こいつの怪我の原因を。
このまま何も無かったことにしようと、忘れようとしていた。やっと忘れそうになった時、こいつはまさか蒸し返しやがった。
何考えてやがる。
「お前がわざとだったって、確信したからだよ」
「どういう意味だ」
瞬間、翼はキョトンとした顔になったかと思うと、破顔。
顔いっぱいにゲラゲラとした笑いをし始めた。これまでに聞いたことが無い不快な声だった。
「お前、まだ気づいてないのか? 二度も見逃したのに、あの時でやっとお前が正真正銘の悪魔だってことに気付いたんだ」
「何の話だ」
「なあ、大輝……なんでお前の学生カバンだけが持ち去られていなかったか、まだ分からないのか?」
心臓が大きく鳴り始めたのが分かる。
学生カバン……あの時、あいつらを置いていったあの時、公園で確かに俺だけ学生カバンだけ残されていた。確かに教科書などを見られたりした形跡は無かった。まずその場所を開けた形跡がない。
「お前の、前のチャックは入ってるよな。野球ボールとバットのキーホルダーがよ」
そうか……教科書が入っている場所じゃなくて、前にあるポケットを見て、俺以外のカバンを持ち去った奴は、俺のだけを残したんだ。そして、その犯人が目の前に……。
「お前が学生カバンを奪ったのか。翼」
「やっと気づいたのかよ。先生のご機嫌とって陰口叩くカスの正体が見えてきたな」
「こいつ……クズが」
「クズはお前だろ。お前があのオッサンどもの武器とか、かわしながら逃げていく様は見ていたかったが、それよりもバッグが重要だったからなぁ。あれでお前のした行為を見ていることを伝えたかったんだよ」
まさかそこまでやるとはな。だが、何でこいつはそれでも今、やる気になったんだ? それに、さっき『二回は見逃した』と言ってなかったか?
「弟だったんだ」
何だ? いきなり何の話をしている? 弟? あのホームレスたちの中にいたってわけでもないよな。
「分かんない、か」
俺の顔色を見て確信したのか翼は肩を落とした。
「酷えな。昔、少しだけ遊んでたのに。お前が見捨てたのに」
本当に分からない。そんなことをかんがえていると
「間宮 康平」
それは、この間、先輩たちに闇討ちされてやめた部員の名前だった。
「覚えてねえか、俺と一歳下の年齢の弟だ」
「おとうと……」
思い出した。昔、こいつの弟である康平も俺と同じ野球部だった。そうか、怪我をしたのもこいつの弟。
「可哀想だよな。あいつ。信じていたお前にも裏切られてさ。小学校の時はお前、あいつの憧れだったんだぜ? それなのに……それなのに、お前は先輩方たちを扇動して弟を闇討ちさせたな」
「誰がそんなことを」
なぜ知ってる。なぜお前が知ってる。
俺が先輩方にライバルを潰してもらったってなんで知ってやがる……!!
「野球部の話聞いてりゃ分かる。お前以外にも、俺たくさん友達いるからよ。お前、ホントにひでえや」
そう言って、翼はスマホを取り出す。カメラの部分が光っており、そこには有名な動画サイトの名前が映った。何やするのかたまいたい分かってしまった。
「や、やめろ翼。そんなのを投稿されたら生きていけなくなる」
やめてくれ、あの時、ホームレスを殴ったり打ってた映像は。
あの時から分かっていたのだろうか。
学校でその話してた時、俺たちがホームレス狩りしていることを。
口を滑らしすぎたか、それともアイツの弟を落とさなければ良かったのか。
それとも、ホームレス狩りのバチが当たったのか、分からない。答えは俺にだって分からない。
でもとにかく今はこいつを何とかしなければいけない。
「ところで、これ見てくんね?」
翼はスマホを取り出して、画面を俺に見せた。そこには、俺がアイツらと一緒に会話しているのから、ホームレス狩りまでを事細かに記された動画だった。
やっと俺は気づいた。俺は本当にもう終わりだということに。
画像もやばいのに、動画なんてもってのほかだ。
「一応言ったおくが、フルだから」
思わず膝をついてしまった。そのまま家が遠くなるのが分かる。もう終わりだ。
「お前の敗因。一番は他人を見下しすぎたせいだ」
ははっ違いない。そのまま心の中が閉ざされていくのが分かった。
「俺と同じ目になったな」
濁っている。そこら辺のモブのように。
それだけは分かった。
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