悪童 ③



 

 思えばあの時から始まったんだよな。


 退屈な前期の期末試験の時だ。

 今の違い茹だるような暑さが、俺たちを襲っていた時のことだった。

 

 その頃、俺は最悪な毎日を部内で受けていた。先輩とかに毎日ペコペコ頭下げて愛想笑いして、キャラじゃないのにイジられていた。これだから脳筋のバカは嫌なんだ。

 

 イジって良いキャラとそうじゃない奴の区別がつかない。それに、中には少しでも逆らうと途端に機嫌が悪くなる奴もいる。

 闇討ちだってするような奴らだ。


 元々それを知って俺は立ち回りを考えたんだ。同じ学年で監督にお気に入りにされていた奴がいた。男の嫉妬っていうのも恐ろしいものがある。


 レギュラーを取られると思ったのだろう、闇討ちに遭い、手に酷い怪我をしたと言っていたが、やがてそいつは部を辞めた。そいつはピッチャー志望であった。


 もちろん、俺も同じくピッチャー志望だ。


 だから下手なことなんてできねえ。

 だから毎日やりたく無いことやり続けていた。多分、あの時の俺は世界で一番、苦しい思いをしていたと自信がある。


 仕事に行くサラリーマンに勝手に殺意を抱いていた。気が楽でいいな、と。


 何か気を晴らす趣味が欲しかった。

 誰かと分かち合える。そして見つけたのがこれだったってわけだ。


 初めは俺もエアガンとか使っていたけど、そろそろ我慢できなくなってきた。だから今日はぶっつけ本番でこれを使っていった。


「あ」


 突然、景吾が俺の前を見て一言漏らした。

 何だと思い見ると、一人のさっきの男と同じような格好した男が、怯えた表情をしてこっちを見てた。


 俺たちが気づかれて、まずいと思ったのか、ひぃぃ〜、といかにも弱そうな声を上げて尻尾を巻いて逃げた。


 俺たち四人は顔を見合わせた。

 全員、同じ笑顔だった。


 こんな楽しいことやめられるかよ!!


 ザッザッザッザッザッザッザッザッ


「なぁ、俺初めて聞いたんだけど。あの、ひぃぃ〜って言うの」


「俺も俺も!! ああいうのアニメとか漫画でしか無いと思ってた!! エロいの見て鼻血出るのと同じだと思った」


「え、俺鼻血でたことあるよ?」


「まあ、あんじゃね? 景吾なら」


「ドユコトだよオイ」


 楽しそうな会話が聞こえてくるけど、悪いが俺は付き合う暇がねえ。今、目の前で逃げ回るあいつに気を取られっちまってからよぉ。


 それにしても、漫画とかアニメでしか、なんて話が聞こえたけど、今のこの状況も漫画だよなぁ。馴染みない場所で男が自由に逃げ回って俺たちが追いかける。


 よくある展開だよな。大体は主人公たちが逃げて敵が追いかける。

 

 あ、そうそう、チラチラ見ながら逃げる時なんてのは相手を誘っているんだよな。今、走っている男がそうしてい…………!!


「止まれ!!」


 俺はそう叫んで止まったが運が悪かった。

 こんな時に限って俺は一番後ろにいた。

 だから、前にいるあいつらには、止まれ、という意味に聞こえなかったのか、止まるどころか、男に向かって、止まれ〜!! 止まれ〜!! と叫んでいた。あのクソ馬鹿ども!!


「止まれ!! 止まれ!! お前らが止まれって言ってんだろうが!!」


 え? 三人は同じような馬鹿面をして止まってこっちを見たがどうやら遅かったらしい。今まで逃げていた男が、怯えた表情から一変、ニヤリとほくそ笑むのが見えた。


 その瞬間、周りの草むらから何かがあいつらに飛び出てきたのが見えた。


 ザグッ


「いって!!」


 鈍い音と共に将也が背中を押さえてうずくまった。

 将也の背中には錆びた鎌が刺さっている。


「だれだ……こんなことしやがるのは……」


 そこで俺は気づいた。

 

 辺りは大きな草に囲まれている。

 俺たちがいる所は、大きな草に囲まれて、且つ足場は土しかない所だ。

 恐らく、周りの草むらにホームレスが隠れているに違いない。


 あいつらも餌を蒔いていたということか。


「くそ!!」


 俺は三人に背中を向けると一直線に走り出した。


 あれ? 大輝? 

 

 三人は、それぞれの口から同じような疑問を投げたが、直後、ギャッなどの悲鳴に変わった。やはり俺の読みは正しかった。


 だけど……くそ、クソ!! 糞!!! この俺がこんな無様な、まるで死体役のモブみてえなことするなんて……!! 

 

 そう思った時、周りから沢山の、刃物が飛び出してきた。

 ハサミや壊れかけの斧や石、何かの硬い物が現れ、頭に当たったら一発でお陀仏になる物だ!!


 ザグッ


「あああああああああ!!」


 痛い、痛い痛い痛い痛い、いたい!!


 なんだ!! なんで目の辺りが痛い!! 

クソ!! 何か刺された。多分ハサミかなんかだ!! だが今はここから逃げるしかない。


 クソ!! 絶対許さねえあのゴミども! 

 俺を獲物見てえな扱いしやがって。

 俺が狩られる側じゃない。狩る側なんだよ!!


 そのまま俺は命からがらなんとか抜け出していった。もう草むらで足も濡れて少し切った。あいつらは多分、助からない。


 まあ、でもそれも本望だろう。あいつらにとっては。何回か言ってた奴いたからな。

 俺、絶対に友だち助けるために死ぬ最期になりたいって。


 とりあえず助かった。


 公園になんとか戻ると、少し信じられないものを見た。


 無いのだ。俺のではない。


 俺以外の学生カバンとかが無いのだ。


 なんだ、なぜ俺以外のがない? これは、まるで俺以外はここにいなかったみたいなことを表すような……いや、それよりも、まさかあいつらのを隠した奴は、さっき起きたことを知ってるのか?


 いや、なんで……。まあいい、とりあえずとんだ狩りになってしまった。


 やられっぱなしは性に合わないからまたやりたいが、仲間は補充すれば良いだろう。




 


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