悪童 ①
カサ……カサカサ、カサ……ガガ
ダダダダダダダダダダダダ
はあっ、はぁっ、はっ、はっ、はっっ……カサ…………ハッハッハッハッハッハッハッハッ
ダダダダ
ぐあっ
ダダ
がっ
ダダ
ぐぎっ!
ダ
ギャッ!
ダ ダ ダ ダ ダ ダ ダ ダ ダ
ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……………ザッ
カチャ
「や、やめ」
タアン…………バタッ
ザッ、ザッザッ、バタバタ…………………
………
トプンッ
「はただいき……畠 大輝!!」
「あっはい!!」
うおっマジかよ。急に当ててくんなよクソ先公。
「この問題、分かるか?」
「分かりません」
ップ
誰かの笑う声が聞こえた。声の主は分かる。その方向を向いたらあいつ、将也の奴は笑っていた。
教科書を盾にしながらこっちを見て、いかにも面白いと言うような顔をして笑っている。
大口を開けている顔が汚いように見えるのは俺だけか? この間まで泣き虫だったくせに、今では女子にモテモテ王子だ。
昔から顔はイケメンみたいな風なこと言われていたしな。まあ、みたいな風程度だけど。
ッチ
数学教師の大きな舌打ちが聞こえた。
「お前考えることすらしてないだろ」
「考えた結果、答えました。申し訳ありません。少しぼうっとしていまして、すみませんでした」
クソガキが
そんな声が今にも聞こえてきそうなしかめっ面を数学教師はしている。まあ、こんなこと言われたら下手に反論なんてものはできないだろ。
「もういい、座れ」
何も言わずにそのまま俺は席に座る。
もう少し突っ込んできたら、それって体罰かどうかみたいなことを言って授業を潰してやろうかと思ったけど、案外ノッてこないんだな。そういう挑発に。
ふ〜ん、つまんねー…………いいこと思いついた。自然と顔がニヤけてしまう。
トントンッ トントンッ
俺の合図に前の席の景吾は従わない。
こっちに顔を半分向けて、首振りやがる。
ざけんじゃねえよ、お前程度が逆らうな。
前を向いた時。
ドンッ ドンドンッ ドンドンドンッ
再びこっちを向いて、首を手を振る。
また前に戻そうとしたがそうは問屋が下さない。
やれっ、やれって。なあやれよ、おい
周りに聞こえないように小さな声で煽る。
景吾は少し困ったように、躊躇いの態度を見せた。少し前の席で雅也もニヤニヤしながらこっちを見ている。景吾にやれっ、と言っている。
そのまま俺たちは煽り続けると、景吾は困った顔をし続ける。涙も少し浮かべていたかもしれない。もう潮時か? あの教師も、もうすぐ黒板の板書が終わりこっちを向くから。そう思った時。
「 腰抜け 」
ップハ!!!
ばっか、雅也の奴、笑うんじゃねえよ。バレるだろうが、ていうか景吾も段階あんだろ。何突然言ってんだよ、笑いそうになるわ!!
「……誰だ、今変なこと言ったの」
やば、ガチで笑いそうになる。
あ……ヤバい。ほとんどの生徒が笑いを堪えてる。もうこれ学級崩壊とか言ってもおかしくないぞ?
「景吾」
あ、オワタ。名前呼ばれたオワタ。おい、将也。笑うなって、将也!! 俺も笑いを堪えているんだから!! あ、景吾の肩が狼に食べられる寸前のヤギみてえに震えてる。かわいそ。
「小野寺 景吾!!」
ヤバ 笑 激ギレじゃん。俺に怒鳴った時より声大きいじゃん。あ〜、やっば。
これ授業終わりじゃん。
あ〜やっば。景吾かわいそ。
あ、めっちゃ肩震えてる。もうプルップル震えてる。今ツッコめるなら、お前はエビか!? とか言えるんだけどなぁ〜。
あ〜めっちゃ面白いんだけど絶対。
あ〜めっちゃ言いてえマジで言いてえ。
絶対面白い。俺らが今、世界で一番面白いと言っても過言じゃねえもんこの発想。
あ〜めっちゃ言いてえ。
「立て」
あ〜かわいそ。ケンちゃんかわいそ。
もうとっくの昔の渾名だけど、ケンちゃんかわいそ。
結局その後、数学教師に景吾は呼び出されることになった。なぜならお叱りタイムの途中でチャイムが鳴ったからだ。
「てかさぁ、あいつ絶対、景吾だから怒鳴ったよね」
「それな、絶対そうだわあいつ」
数学の時間が終わると、俺たちは四人で使えを合わせたりして昼を食う。
将也の奴はもうシャクシャクと噛むように笑ってる。こいつのビジュアルだから許されるけど、こいつ未満のビジュアルの奴だったら女子にキモいとか言われてるよな。
まあ、学校は広い。だから他のクラスの何人かの女子が将也のことを嫌っているのは知っている。本人は昔モテてたから気づかないと思うけど。
嫌だねぇ、今でも人気ある俺と違って過去の栄光に縋る奴は。
並の奴らがそう言ったらただの勘違い野郎になるけど、俺の場合は違う。確実に言える。
なぜなら……
「大輝〜、大輝大輝〜なあ、上手く行ってんの?」
その時、小林 優希(こばやし ゆうき)の奴が声かけてきた。相変わらず声でけえしうるせえ。もう態度がうるせえ。
「え? 何のこと?」
うるせえぞって気持ちを、込めて言ったけど、当の本人は全く気づかない。お気楽な脳みそしてやがる。イジメねえとわからねえのかな。なんて思ってると優希から手招きされた。仕方ないので耳を近づけると
「な、どうなってんだよ。フューちゃんとはよ」
珍しくこいつにしては声を潜めて言った。
ナイスだ。それはナイス。
「ああ、順調だよ」
「え、もしかして……もう」
「ばっか、ヤッてねえよ。ヤッて」
「え!? この顔、え!?」
「将也さん将也さん、どう思いますか〜」
「これは〜う〜ん、う〜ん、すばり〜経験してますね〜」
「うわ〜やべ〜。やっぱ大輝すげぇ〜もう大人すぎるわ〜やべ〜」
「いやいや、まだヤッてないから。全然ヤッてないから」
う・そ。ホントはやってま〜す。
多分こいつらも気づいているからこんなノリするんだろうな。ったく、まだ中一でそういう言葉知らねえお子様もいるだろうから、勘弁してやろうぜ? まあ、気持ち良いのは気持ち良いけどさ。
「え、それでそれでどうだったどうだった」
「だからヤッてないって」
「え、柔らかかった?」
「だからヤッてないって」
「形、形だけ教えてくんね?」
「だからヤッて無いって」
「臭い、臭い臭い。どうだった臭い」
ッブ!!!!
そこで全員吹き出しそうになった。もちろん俺もだ。
「ばっか、優希〜変なこと言うなって」
将也の奴がしっかり叱ってくれる。
わるいわるい、と全く反省していないのが見てとれる。
「んで? どうだった?」
最後にトドメと言うように、間宮 翼(まみや つばさ)が聞いてきた。
だから、ちょいちょい、と俺はいかにも悪いことを言うように周りを気にしながら人差し指でこっちに来るように指示した。
「……見た目よりもデカかった」
おうぃ〜 ひゅ〜 やべ〜 こいつやりやがった〜
おうおう良いねぇ、黄色い声援だこりゃ。
まじ気持ち良い。だけどその直後、優希の奴が余計なことを言った。
「でもさぁ、思ったんだけどあの人、だいぶショタコンじゃね?」
は??? 俺もだが他のメンバーも一斉にこっちを見る。
「……え……お前……何言ってんの???」
「え……あっ」
バカが、そこでようやく気づいたようだ。
ショタコンなんて言葉使ったらバレるだろうが!! 思いっきりぶん殴ってやりたかったがそんなことしたらバレる危険性もある。
短気な所は治していかないとな。
俺は、言ってしまえば教師と付き合っている。
相手は理科の教師である板橋 未来(いたばし みく)という二十代前半ギリギリの女性教師だ。フューと呼んでいるのは、未来のフューチャーからとった呼び名だ。
だけど、学生と教師の恋愛なんて知られたら大変なことになる。だから、このことは俺ら以外の奴にはバレないようにしなければいけない。なのに優希の奴、うるせえし口滑らしすぎんだよ。運動できない奴と一緒に死んどけ。
他の奴らと俺が違うと言えるのはこれが根拠。だって、まずいねえだろ? 中学一年生で年上の教師と付き合うなんてよ。こんなの経験してるの、この県、いや、最低でも関東地方で俺だけだと思う。確信できる。
しかも、童貞も卒業。中一で卒業なんてやっぱり自慢だ。しかも年上でホテルでヤッたなんて。あの女も顔が良いから色々なオッサンを騙して誤魔化してくれたんだろうな。
まあ、俺は結構、あいつ以外も女性教師から気に入られる。たまに年増のババアとかもくっついてきやがるけどな。
こいつらや他の童貞という言葉すら知らなさそうな陰キャの童貞とは、レベルが段違いなんだよ。
「な、なあ、それよりさぁ。あいつ、その……景吾。どうなったんだろうな」
あ〜相変わらずご機嫌取りだな。
優希の奴、話を露骨に変えようとしている。まあいい、俺は寛大だ。許してやるよ。
「さあ、やっちゃったからね。仕方ないね」
相変わらず翼の奴はナイスアシストだな。
人が話を変えようとしたらすぐにそれを助ける。そういう偽善者くせえ所は臭うけど、まあ一緒にいて面白い奴だから許す。
それにしても翼って謎だ。他の奴らは大なり小なりこれまでバレンタインのチョコを十人単位以上でもらったり、少年サッカー団や野球チームの試合の時に、弁当とかの差し入れが来たりする。
いわゆるモテるという奴だ。
こういう奴っていうのは大抵、俺みたいに異性を下に見ている。よく女子が男子って子どもよねぇ、とか言っているのが聞こえるけど、俺たちからしたらその声はノイズどころかお笑いギャグだ。
だって考えてみろよ。例えば男子同士で喧嘩していた時には、いつも男子は子どもとか、バカとか言ってた連中の大半は自分たちが大好きな男の子に味方をして、相手の自分たちがバカだと思う対象の男子を攻撃するんだぜ。
そして泣いている男子を一生懸命、大丈夫
? とか痛くない? とか励ましの言葉を言って相手の男子がものすごく乱暴者みたいなので集団で悪口を言っている。
俺もそれを見るまでは、女子って本当に男子のことが嫌いなのか、と誤解してたけど理解できた。
つまり、男子って子どもだしバカだよねえ、という言葉の裏には、だけど〇〇君だけは他の男子と違うって意味だというのことに気づいた。
なんだ、全員じゃないと思うけど、女子も大半の男子と同じじゃねえか。
男子は口では女子のことをうざいとか、キモいとか、死ね、とか言ってあるけど、心の中では大好き。
小学生高学年にもなってその気持ちを持った男子を俺は雑魚男子と呼んでいる。
多分、女子の中でも雑魚女子が存在しているのだろう。
正直、どいつがそういう女子なのか分からねえから、とりあえずそんなこと言わなさそうな、年上の女教師を狙った。
まあ、俺みたいな経験しちまうと、周りの女子はみんな子どもに見えるよなぁ。
本気で男子が子どもだって思っている女子がいたら、そいつは俺の域に達しているかもしれない。
まあ、周りが媚びて来る女連中だから仕方ねえよな。
おっと、変なことまで考えちまった。
今は翼のことだ翼。
翼は顔が良いし陰でモテる方だ。だけど女子に興味があるわけじゃないし、勉強とか部活に打ち込んでいるわけでもない。
なんだなく上手く過ごしている奴だ。
だけど、時々、体育の時間とかで信じられない距離からスリーポイントシュートを決めたりする。しかもバスケは全く経験がないくせに。
女に飢えているわけでもなく、たまに女子と会話する時は、あいつは冗談混じりの会話で女子を笑わせている。
俺くらいのレベルになると分かるんだ。
人の話を聞いている時に、女子が本当に面白いと思って笑っているか笑っていないか。
翼の場合、百発百中。
つまり、全部面白いと思って笑っている。
なのにアイツは彼女がいない。
いつでも作れそうなのに。
そして男が好きってわけでもない。
例えるなら、掴みどころがない雲みたいな奴だ。ハッキリ言ってキミが悪い。
何かいい感じの隙なんて生まれねえかなぁ。
「お、噂をすれば何とやらだ」
翼の声でハッとして教室の入り口を見る。
そこには、半ベソをかいたような景吾がいた。
「おい、景吾〜どうした景吾〜」
格好の餌を見つけたのか、将也がわざとらしく大きな声で景吾に話しかけて肩を組む。
景吾は景吾で、ひくっ、ひくっ、と泣きじゃくっている。周りで少しだけ笑われているのが分かる。
あ、他のクラスの友だちも見ている。
あ〜あ、景吾が泣いているのがバレてうぷぷ、と片手を口に押さえてやがる。
嫌なんだよなぁこういう雰囲気。
俺が舐められる危険性もあるんだよ。
特にカースト底辺の雑魚男子によ。
何かキレるのにちょうどいい相手は〜……残念ながらいない。舌打ちしたいところだけど景吾がビビったら面倒くさいことになるからやらねえ。
「お〜い〜、けい〜!! どうしたけい〜!! けい〜!!」
将也の奴、すっかり景吾。オモチャにして遊んでやがる。自分が楽しくなると周りが見えなくなるからなぁこいつは。
それにしてもすげえな、将也。昔は少し転んだだけでも泣いていたのにな。しかも、小学生六年になるかならないかの時に。今じゃ泣くのを揶揄う側だよな。
懐かしいぜ。よく泣き虫とかクラスで言われていたのが。まあ、中学に上がった時に、将也をからかっていた奴ら、全員いなくなったけどな。
そしたら中学で、何がきっかけか知らねえが調子に乗りやがった。時々ムカつく所があるがノリが良くて面白いから、俺たちは許しているところがある。でも、最近は妙につまんない時が多くなってんだよな〜。
チラッと優希の方を見る。優希はニヤニヤしながら両手で口にメガホンを作り、(将也調子に乗ってる)と言っている。
だよなぁ、これ以上に面白くないことをしたら、今、肩を組んでいるのと組まされている立場、逆になるぞ。まあ、それはおしゃべりな優希も同じだけどな。
二人の間に静かな争いがある。それを見るのも面白い。
相変わらず飽きないんだよなぁ、この生活。だけど、やっぱりアレが一番楽しい
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