憂れどきの男性アイドル ③





 その後は清川の話を散々聞いていて辟易した。清川の話は基本自慢話だ。

 俺すごい俺すごいアピール。

 そして、そうだねすごいね、という褒めや同意を求めている。それが丸わかりだ。


 嫌だな〜ああいう女々しい男は。なんて言ったらそれも女性蔑視になるんだろうな。


 結局、話の根幹とかが色々と分かんなくなった。

 ファンの問題行動とかに俺がキレて暴行して結局、手打ちやペナルティとして小さなライブ番組出演が消えたことを中心に愚痴を言い合い、その後に秀と純一が軽く喧嘩し始めて、俺の話からファンの問題行動からカップリングに引く秀と純一。そして最後に清川の長い自慢話。聞くのが疲れたよ。


 色んな話をして、僕たちは解散した。

 こういう結局は何の解決もなってない話を男性グループがずっとしていたのって男らしく無い。なんて思われたり言われるのだろうか。

 でも、今は多様性とかがあるし……でも、その多様性の基準も曖昧だしなぁ。




 俺たちはまだ小さなアイドル。帰りはそれぞれ電車で帰る。だけど俺は少し気分転換したかったからカフェにでも行こうと思い、近くのカフェに入ろうとした時だ。


 ん?


 カフェのガラス越しに幹也が話しているのが見えた。

 

 相手は誰だ? スーツを着ているけど。

 マネージャーか何かか? 

 

 そんなことを思っていると、相手の人が立ち上がって出て行こうとした。

 

 やばいと思い咄嗟に俺は向こうに隠れてしまった。角から相手のスーツの男が出て行くのが見える。何を話していたのか聞こうと思いカフェに近づいたが、その時、幹也も出てきた。


「あ」


 幹也は唐突に現れたメンバーを呆気に取られた様子で見ている。少し気まずかったからか俺は顔を引き攣らせながらも手を挙げて挨拶した。


「さ、さっき振りだな」


「ん、おお。そうだな」


 幹也は半笑いしながら微妙な返事をする。

 やっぱり見てはいけないものを見てしまったのか? なんて思っていると「少し、時間あるか?」と幹也は言った。

 

 もちろん、無いとは言わなかった。


「ここらへん、懐かしくないか?」


 俺たちは、近くの公演のベンチに座った。

 

 公園と言うと聞き覚えが良いが、実際はベンチと鉄棒が二つポツンと置かれているだけの広場だ。そして周りには誰も人がいない。


 幹也の言う通りここは懐かしい場所だ。


『ジューCボーイ』として活動する前、俺と幹也はここで夜、いつも練習していた。

 今みたいにギラギラ光る太陽は無かったが、静かに光る月が空にあった。


 あの頃は楽しかった。だけどこんな時間に何の用だ? 今は昼だけど練習するのか?


 そんなことを考えていると、幹也は口を開いた。


「ここでよく練習してたよな、俺たち」


「あ、ああ」


 何だ? 何が言いたいんだ? そんな態度が垣間見得たのか幹也はそのまま続けた。


「結成してからもう全然ここで練習しないよな、もう」


 やっぱり練習をしにきたということだろうか。見ると幹也は硬く口を閉ざしている。

 何か俺の方から話をしようとした時だ。


「見ていたのか、さっきの」


 さっきの、というのはカフェのことだろう「ああ見えた」


「……なんて話していたが分かるか?」


「え? いや無理だろ。ガラス越しで聞こえるわけないし」


「あ、そっか」


 そこで幹也は一気に気が抜けたのか、表情が明るくなる。この顔を見る限りよほど聞かれたくない何かだったんだろうな。何を隠しているのかは知らないが、知らない方が良いことは世の中にたくさんある。それだけは嫌というほど理解している。


「お前には、話さなければいけないことかもな」


 いや話すんかい。思わずノリツッコミをしたくなったがその後、幹也は衝撃の事実を口に出した。


「俺、男が好きなんだ」


 一瞬、鼓膜が破れたような耳鳴りが来た気がした。思考が鈍くなる。何を言ったこいつ。本気? いや、冗談?


 後者の方を初め考えたが、それは幹也の真剣な顔で違うことが分かった。てことは、本当のこと? それに結成するかしないかの時から一緒にいて、そして俺に言う。もしかして……


「そして」


「ごめん、幹也」


「あん?」


 話の途中だったが、それでもきらなければならない。残念だけど俺はそういう風にはなれないから。


「俺は……お前の恋人にはなれない」


 言ってしまった。他人の告白を告白する前に消してしまった。許されることではない。

 果たして、幹也はなんて答えるか。


「浩一……」


 殴られると思い目をつぶったその時。


「お前のこと好きなんて一言もいおうとしてないぞ?」


「……へ?」


 目を開けると、お前、何勘違いしてんの? と呆れたような幹也の顔が映った。


「あ……へ〜……そう」


 冷静に考えると結構恥ずかしいなこれ。


 勝手に勘違いして幹也が俺のことを好きなんじゃないかと思うなんて。まあ思っちまったんだからしょうがない。だけどそれを言う必要性がなかったと言えばそうなる。


「え、じゃあお前は何を言おうとしたんだ?」


「……清川だ。俺は……清川が好きだったんだ」


 俺は清川のことが好きだったことよりも、好きだった、と過去形なことに注目した。

 つまり、今は清川のことが……

 

「恥ずかしい話なんだがよ、一目惚れだったんだ」


「あ〜」


「あ〜って何だよ」


「いや、だってあいつは顔は良いからな、顔は」


 そう、清川の異様な人気はやっぱり外見なんだよ。女の子と見間違えそうなくらいに整った顔、そして声も少し可愛い女の子っぽい。


 だけど、ダンスとか歌とかは上手いし、何より昔でいう細マッチョだ。華奢に見えるのに中は案外筋肉がある。そのギャップにメロメロになってしまう。ファンの間ではエロいとか色気があるなんて言われる。まあ脱いだらすごいというやつだ。


 そういう部分であいつは人気になる。

 だけど、だんだん見ていると驕りに驕った面を見せてしまうようになった。

 

 ブスは世の中から消えた方が良い。

 化粧が下手くそな女はなし

 デブは嫌い


 とか過激な発言が目立った。

 

 そういう面で嫌なギャップを見てしまい傷ついたファンは一気にアンチになる。さっきのような台詞に対しての批判や炎上がある。


 だがファンも強い。


『ブスがこの世から排除されるべきなのは当たり前じゃん。どんだけ騒いでんだよブス女とキモオスは』


『確かに化粧が下手なのはヤバいよね。ていうか世の中には何が何でもすっぴんでいて欲しいとか言う彼女がいたことがない非モテや勘違い男もいるからそいつらよりは普通に良くね?』


『私もデブは同性、異性関係なく嫌い。セクハラパワハラおじさんはもう論外だけど ww』


 なんて声も多い。なんかチクチク男性を刺してくるんだよな〜。やめといた方がいいぞ。

 男性アイドル叩いている層に男性もいるかも知れないが、俺たちはそういうファンいないから。


 だから勝手に敵増やすのやめて下さい、と俺はいつも思ってる。

 

 でも、幹也が同性愛なのも驚いたが、それよりも清川に一目惚れしてたのも意外だった。


 だけど、近くにいたら嫌でも欠点とかには触れるよな。もしかしたら、さっきメンバー全員で集まっていた時の長い自慢話で呆れたのかも知れないがな。


「好きだったってことは、もう今は好きじゃないんだろ」


「……ああ」


 見ると苦しそうな表情をしていた。何を思っているのだろうか。もしかしたら、純粋なことを思っていたついこの間までの俺みたいなことが脳裏に浮かんでいるのだろうか。


「まあ、一緒に……いる内に色々と見えてきちまって……分かるだろ?」


「ああ、わかる」


 理解できるしその様子も見て取れる。

 だけど、少しだけ気になったのが『一緒に』の後の沈黙が妙に長かったことだ。

 まあ、余計な詮索はしないし、推測をしない方が良い。


「だから、色々と思ってやめたんだ。お前だから話すんだぜ、このことは」


「ああ、ありがとう」


 ごめんな、と心の中で呟いた。


「俺、今までそのこととかあんまり人に会えなかった。失敗したことがあるし」


 どんな失敗だったか邪推するのも、聞くのも無粋だ。


「それで叩かれた時期があったから、今の世の中でさ、このご時世で言っちゃいけないみたいな言葉が増えたのが……少しだけ、違和感を持っている」


「違和感? 別に良いんじゃないのか? 変に馬鹿にするような奴らがいなくなったから」


「そうだ、だが軽く言うことも禁止された」


 ん? どういうことだ? それの何が悪いんだ?


「なんか、必要以上に神経質になられても、かえってこっちは腫れ物扱いされているような気がするんだ」


 ああ、そっか。そうだよな、特別とか異常とかじゃなくて普通が良いよな。俺もそう思う。


「ちょっとの冗談にしてもいいんじゃないかっていう言葉でもSNSとかで異様に叩かれて、下手すればそれで退職する。でも、叩いている奴らの大抵は俺と同じ同性愛者ではない。まだ同じだった方が気持ちが分かるし話ができると思う。だけど、同じじゃないと話が通じないんだ。権利が侵害されているとか、はっきり言ってそこまでして欲しくはないんだ。変な目で見るのをやめて欲しいだけなんだ。それで良いんだよ」


 特別意識していなかったけど、幹也の言葉は身に染みた。俺もしてたかもしれないし、そういう行動を目にしていたかも知れないからだ。


「なあ、これは日本人だけかも知れないんだけどさ」


「うん」


「なんでこの国の人って、言っても良いってなると散々言いすぎるほど言いすぎて馬鹿にするのに、言ってはダメってなると本人たちが少しの冗談として受け取れるってことも全て禁句とかにして言った人を執拗に叩くんだろうな。どっちにしてもマジョリティーがマイノリティーをいじめているのには変わりないし、何より俺とかで表すならさ、前者は馬鹿に、後者は腫れ物扱いして差別しているのには変わらないのにさ。良い塩梅っていうのが無いのがダメだよな」


「……そうだな」


 途中から何話しているのか分からなくなったが、加減の仕方をこの国の人間って知らないんだよな。良くも悪くも。


 それにしても、こいつはこんなに重大なことを隠していた。なんとなく、このまま何も話さないのは少し悪いような気がした。


 ああ、そうだ。あのことを話そう。

 幹也の気分も変えれるしな。


「あのさ、幹也」


「ん?」


「この間さ、俺、未成年と飲酒して逮捕された時あったじゃん。まあ事務所が揉み消したけど」


「ああ」

 

「未成年だって知らなかったって言ったんだあの時は。でも、本当は未成年だって知ってた。知っててファンの子と呑んだいたんだ」


「そうだったのか……それは辛かったな」


「え?」


 今の言葉、どう言う意味だ?


「そこまでの秘密を抱えながら、ライブしたりするのなんて並大抵の精神力じゃできない。お前はすごい奴だ」


 すごいなんて言葉……久しぶりに聞いたなあ。子どもの時は親に簡単に言ってもらえたけど今は全く言われることは無くなったな。


「ああ、辛かった」

 

 何かわからないけど、どこか元気が出た気がする。

 

「じゃあ、そろそろ俺、行くわ」


 幹也はそう言って立ち上がった。


「ああ、じゃあな」


 俺は別れの挨拶をした。やがて幹也がいなくなったのを確かめると、俺はポケットに手を入れて、スイッチを切った。











「う〜ん、今時の情報としてはキツくない?」


 深夜、俺はいつものバーに足を赴かせた。

 時間は夜の十一時、人知れず営むバーに入り、俺はテーブルで人が寄り付かないような端の席に座っている高崎さんに近づいた。


 高崎さんは、週刊誌の記者だ。

 昔は週刊誌はもう大手の名前しか通用しない世界だったが、今はフリーの時代になりつつある。


 出版社に比べると行動力を速くすることができ、自分がやりたい時まで自由に行動できは。しかし、その代わり信用する力が足りなかったり、いざという時に個人でどうしようもないことが起こると、途端に力を失う傾向がある。


 だが、そこでフリーの力が発揮される。


 自分が持っている情報で、個人ではどうにもならなかったりした時に大手に売るのだ。

 自分が持っている情報の交換としてそれぞれの会社と交渉する。


 それは昔からのあることであったが、最近は更に発達し、秘密のアドレスやインスタなどのSNSを経由したオークションさえある。


 それにより、ガセを撒く者が増え信用感はますます失ったが、俺とかみたいなしっかりとしたソースを持っている奴だと話が違くなる。


 その日、俺は今日のメンバーの会話を撮っていた。自分が持っているICレコーダーで。


 その中で使えそうな情報を引っ張って記者の元に持っていき、その情報の価値によって金をもらっている。


 せこいが、俺の本当の目的はそれを凌駕するほどにせこいし、いやらしいものだった。


 いわばライバルを蹴落としたいということだ。色々なことを言わせて、それを記者に告げ口し、とくダネスクープやスキャンダルの種にする。


 俺の場合、確定ならその場で、そうじゃなく確定ではない情報には信憑性に応じて前金

を払う。そして見事とくダネスクープに繋げることができれば追加で料金がもらえる。


 この日、持ってきたのは純一、秀、清川それぞれの愚痴と、幹也のカミングアウトだった。


 幹也のカミングアウトはかなり衝撃的な話題になるかと思ったが、高崎さんの反応はイマイチだった。


「今時さぁ〜、流行んないっていうか何考えてんの? て話なんだよね。わざわざタレントやアイドルの同性愛者だってことを知らせるなんてさ」


「結構衝撃的だと思いますけどね……」


 反抗混じりに言うと高崎さんは、わざとらしくさっきより大きなため息をついた。


「あのさぁ、意外性だったり衝撃的であればなんでもスクープになるわけじゃないの。例えば、その幹也くん? が同性愛者で夜な夜な男性を河原で襲ってそのまま食ったとか、寂しいアピールとかして、ストーカーして住居侵入して、無理矢理犯したとかそういうことが無ければダメなの。ただ同性愛者だったなんてのを雑誌になんて載せたら、今だと逆に何考えているんだって叩かれちゃうよ」


 まあ、言われてみるとそうだ。

 結局、この話については幹也の方が正しいということか。


「それにさ、大丈夫なの? これが世間に出たら下手すりゃ二人やメンバー同士の仲が険悪になっちゃうんじゃないの?」


「あ、それは大丈夫です。もうビジネスの付き合いなんで」


 そう言うと高崎さんは、しゅん、として「あ、そう」と答えた。


 悪いな、もう俺たち、てか最低でも俺にはそういう友情ってのはもう無い。みんなライバルでファンもそれぞれ対立している。

 

 俺だけでも良いから速くのし上がらなければいけない。だから悪いな、みんな。


「はぁ、もっと良いのない?」


 うるせえなもうねえよ。速く金よこせ。


「う〜ん、例えばもっとこう、未成年と飲酒乱行パーティとか無いの?」








「はい、はい……わかりました。ありがとうございます」


 電話を切ると、途方も無い倦怠感が全身に襲いかかった。


「あ〜あ、あいつには悪いことしたな。二つも売っちまったよ」


 浩一と別れた後、ついでに良い情報をもらったからそれをフリーの記者に売った。

 結構良い値になった。


 あの話は初めて聞いたが、浩一はメンバーに内緒にしていることがある。本人も忘れているかも知れない。

 あいつは結婚している女性と、つい一週間前まで付き合っていたのだ。


 だけど、夫にバレて離婚を迫られ浩一の元に行ったが見事に捨てられた。その恨みで電話しているのを俺はたまたま撮っていた。


 それだけじゃなく、今日もヤバいことをカミングアウトしてくれた。

 未成年との飲酒は実はあいつは知っていた。それを被害者が知ったらどうなるだろうか。

 しっかりとICレコーダーの音声は撮って、もう売り渡している。

 全く、あいつは良い情報源だ。


 ソファに寝転び、なんとなく上に手をかざした。


「二番目にお前が好きだったんだけどな」


 今日の夜も、それぞれ五つの昏い光が街の中にポツン、ポツンと点いている

 

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