鬱れどきの男性アイドル ②



「え? マ? それマ? 野村ちゃんやっちゃったの?」


「ああ、そのやっちまったってやつだ」


「あ〜〜」


 俺の返答に好はわざとらしく大きなため息をつきやがる。嫌な奴だ。


 野村 浩一(のむら こういち)

 

 その名前を知っている奴はこの世にどれだけいるのだろう。おそらく無名だった、ということだけは確信できる。


 いなかった、なんて過去形なのはこれから少しだけ有名になるかも知れなかったからだ。この暴行事件で今は事務所が圧力かけて逮捕や報道とかしないようにしているが、それもバレてしまう危険性がある。


「うっわ、最悪。やると思っていたよお前は」


「え、暴力とか……やば。俺もカルシウム取っとこ」


 純一、そしてその後に秀が好き勝手言いやがる。さっきまで険悪の仲だったのに、こういう誰かを責める時だけ協力するのって、俺は大っ嫌いなんだ。


 思わず、立ち上がろうとした時だ。


「おい、やめやめ。これ上はやめろ。無駄だから」


 カナメ 幹也が荒々しくそれを止めた。


 どちらかと言うと幹也も暴力的な部分があるが、普段は落ち着いている。ライブのとかは正に雄を強調するような力強いダンスとかが得意だ。


「それで? なんで殴ったんだよ」


「ああ、それは……ストーカーしてきて、しつこかったからだ」


 他のメンバーは俯いた。どうしてそうしたか、その理由は分かる。

 

 俺だけじゃなく、他のメンバーも全員、そういう悪質なストーカーをされているのだ。

 

 だから俺の気持ちが全く分からないわけではない。だけど俺は暴力をしてしまった。

 それについて我慢しろよ、という意見もある。だから下手にカミングアウトはできないのである。


「あらら、こりゃまずいね〜」


 ファンを殴るなんてこの時期でははやってはいけないことの一つなのに俺はやってしまった。


「どこでやってしまったんだ?」


「電車の中です」


 再び全員頷く。今度はいかにも苦しそうな顔をする。


 厄介な場所の一つに電車のとかのプラットホームが上げられる。


 一度ターゲットに確認されたらロックオンされる。

 やばいのが、電車の中に入って徐々に徐々にヤバいファンが近づいていく。

 そのまま握手を求められたり、或いは尻を触ってセクハラめいたのこともする者もいる。


 そして降りた時、一緒についてきていくパターンがある。

 

 しかし、それでも暴力振れば暴行罪として逮捕されることもある。


「なるほどな、理解できる。理解しかない」


「あいつらホントさぁ〜。何度も家についてってさぁ。それだけじゃなくて布団に入ったらいるんだよ? もうホラー映画じゃない!?」


「うわ〜、ほんとにやばいファンはかわいそうだよね。全体的に」


「まあ……まともなこと考えられないんだろうね。女性不信になった奴もいるし。色々と男性アイドルにも何かしらそういう事件があるんじゃないかと思う」


 だよな〜そういう感じだよなぁ。


 俺も本当に参ってる。


「てかさぁあの人たちってなんであんなに必死なの? グッズに」


 新たに、純一が火種を持ってくる。


「それはまあ思う。何もそんなに慌てなくてもめちゃくちゃあるよな。てかガチでやめてほしい。その……バリケード? とかをぶち壊すの。あれは警備員さん可哀想。心の底からそう思う」


 秀がさっきのわだかまりが無くなったように同意する。


「それそれ、ガチでそれよ。あの人たち何歳なん? 高校生の女子とかでもアレなのに良い歳した大人でしょ!? ルールもへったくれもねえじゃん!!」


 ますますこの二人はヒートアップする。

 そろそろ止めた方が良いんじゃないかと思った時だ。


「お、二人仲戻ったじゃん」

 

 その声で二人の声はピタッと止まりそっぽを向いた。これで収まったかな、と思ったが清川はそんな奴じゃなかった。


「やっぱ仲良いもんね〜。だからジュンシュウが一番正義みたいな所があるんだよねぇ」


「「え?? なにそれ??」」


 あ〜やりやがった。清川の奴とんでもねえことを言いやがった。ここでパンドラの箱を開けるのか。


 何で俺たちがなるべくSNSを見ないようにしようとしたり、マネージャーとかがあまり見ないように言っているのが分からねえのか? 純一と秀が一番嫌がることが書かれているからだよ。


「え、知らない? ほぼ公式になりつつあるカップリングだよ?」


 かっぷりんぐ?? 二人はその言葉の意味が分からないのか、同時に首を横に傾けた。


「ん、要するに純一と秀が恋人同士っていう認識のファンたちの間で言ってることだ。あの二人は付き合ってるって」


 二人が天地共鳴の驚愕の叫びを上げたのは言うまでも無かった。俺と幹也はため息をつきたくなるように顔をしかめた。


「え、つまり俺たちが恋人みたいに思っている人がいるってこと?」


 秀は冷静な顔で人差し指を自身と純一で行ったり来たりしていたが、手が震えていることから動揺しているのはバレバレだった。


「うん、そだよー。色々なイラストとかSNSに載ってるよ〜」


 軽いお気楽な口調でとんでもないこと言ってやがる。この二人にとっては一番の爆発なのに。もえ終わりにしたいのか清川は。


「え〜と、あ〜……ファンの間ではどっちが攻めかどっちが受けかっていうのも論争になっているんだよね〜」


「うけ?」

「せめ?」


 二人は再び首を傾ける。


「うん、つまりどっちが相手を襲うかどっちが食われるかって話だよ。あ、性的にってことね」


 二人は開いた口を塞ぐことができないように呆然としている。


「え、性的にって……つまり、エッチするってこと?」

 

 純一は辛うじて聞くことができたが、秀の方はもう頭を抱えている。


「うんそうだよってあれ? もしかしてそういう用語知らなかった?」


 二人はもう毒舌どころか言葉を発するのも嫌になったように俯いている。


「えっと……それってさ……俺と純一のどちらかが、同性が恋愛対象の男性だって思っているってこと?」


「ううん、関係ないよ〜。二人がノーマルでも関係ない」


「えっと……ごめん、俺わかんないんだけど、それは何の意図があってそういうことを唱えているの?」


「分かんない。ファンの夢なんじゃない?」


 夢……。

 

 清川の言葉を一生懸命かみくだくように呟いたかと思うと、秀は再び俯く。


 二人がこんなに何も喋らないのは初めてだった。いつも口を開いて文句を言っているのに、今はその影は少し見えなかった。


「ほんとにさ〜困っちゃうよね。何が困るかっていうとさ〜。カップリングなんて別に良いのよいくらあってもさ、それが夢みたいなもんで絶対に現実化しちゃいけないんだから。何でかっていうとファンの間でさっきのジュンシュウは主流だけど、ジュンミキとかミキジュン、シュウミキ、ミキシュウ、ジュンコウ、コウジュンとか色々あってさぁ、それぞれ色々なシチュエーションとかを妄想してるのよ。でもさぁなぜか私は入っていないんだよね〜。あ、勘違いしてもらいたくないけど私はゲイじゃないから。でもさぁ、例えばジュンコノみたいなのを言った人がいると解釈違いとか、それは頭がおかしい、ズレていることに気づかない、なんて言われているファンが可哀想でさぁ。私人気一番なんだよ? それなのに何故かいっつもカップリングとかの話になると邪魔とか言われて邪険にされるの。コレひどくない? ありえなくね?」


 さも二人も飛びつくだろうと、嬉々として話しているけど肝心の二人は俯いているだけで何の反応もない。


 おそらく二人の頭の中ではほとんどの単語が呪文のように聞こえているんだろうな。日本語でオケって奴だ。

 

 そういうのに触れてこなかった二人には答える話だっただろう。


 例えるなら、赤ちゃんってどこから出来るの? なんて聞いた子どもに対して風俗店を見学させるようなものだ。そのくらいあの二人は清純なんだ。


 多分、そういうこと言っても嘘だと思われるような見た目や喋り方をしているけどな。


 だから、下手すればこの場で吐き出す危険性すらある。


「ちょ、おい、そろそろやめとけって」


 随分と遅い幹也の制止の声がした。


 本当に遅い。ここまで言わせるな馬鹿。


「ああ、ごめんごめん。ちょっとファンの現実突きつけすぎた。流石のこの二人もそういうことを考えている人がいるなんて思わなかったらしいね」


「らしいねじゃねえよ。もう少し抑えとけよ」


「じゃあ幹也が止めりゃよかったじゃん」


 正論だ。だが幹也にそれは効かない。


「お前がここまで馬鹿だなんて思うわけないだろ」

 

 そうだ、幹也はすぐ相手を信じていたみたいなことを口にする。


 その言葉はここぞという時に使うもんだ。

 何度も口にしているのを聞くと、信じられなくなる。


「そっか〜、幹也は優しいんだね」


 その声音は少し軽蔑の気持ちが見えたが幹也には見えたかどうかわからない。


「私さ〜ずっと普通の男の子って羨ましいって思うんだよね〜」


 その言葉の意味が俺以外にも分からなかったのか、さっきまで俯いていた二人も顔を上げて全員、清川の方を見る。


「あ〜誤解しないで欲しいんだけど、私はゲイじゃないから。それでなんだけどさっきの言葉の意味はさぁ〜、なんか男って無条件で女のことが好きだっていう風潮あるじゃん。何か嫌らしい目を向けているって。でもそういうのって一度も女性と付き合ったことや関係を結んだことがない男性だけなんだよね。何回か私は女性と付き合っていたし、あとアイドルになってたくさんのファンがいるからそういう奴とは違うんだけどさ。そして、そういう人たちって女性をそこまで性的な目で見てないんだよね、だって知ってるから、女性の嘘とか女性がどんなことに興味持つのか、女性特有のワガママとか理想とか、そういうのを私は持たれる側の男だったからさ、よくイメージと違うとか、もっと誠実な人だと思ったとかもうザラよ。まあ普通は逆かも知れないけどね、男性が女性に異様な理想やイメージを抱いて全然違うってなって別れたり攻撃するって。勝手に期待して勝手に裏切られたとか言って攻撃してくるのが迷惑。この言葉って創作物だとよく女性キャラが言ってるでしょ? つまりはさ、そういうことだよ」


 ん? そういうことってどういうことだ?

 俺が思ったがそこで、喋り疲れたのか清川は持っていたペットボトルの緑茶を飲んだ。

 飲み終わったら再開した。


「つまりさ、そういうイメージなのよ。女性は異様な好意を向けられて男性はそういう変態だらけって。だから私たちみたいなのってフィクションの世界に扱われるんだよ。女にそこまでがっついてないどころか軽く異性に疲れている男でイケメンって。そういうのってどちらかといえば女性のイメージだから。故に大抵の女性は自覚しない。自分たちが私たちみたいな男性に向けて好意は、一歩間違えたら清潔感がまるでない毛の処理とかもしてなくてボーボーの無精髭や鼻毛が伸びているセクハラやパワハラを横行する変態オヤジに近くなっているかも知らないということを。異性の異様な好意やアプローチは男性女性に関わらず普通の人なら気持ち悪く感じるもの。そう感じないのはよっぽど学生時代や社会人生活で持てなかった非モテの男性や女性だけ。だけど女性の非モテっているにはいると思うけどそんなに世間から認知されない。まあ、昔ながら女性の容姿いじりは御法度とされているからかも知れない。まあそれでも言われている子はいたけどね。大体、女の子って可愛いじゃん。化粧や髪や服とかアクセサリー、そういうので色々と工夫することできるから。男性の中にもそういうポテンシャル、例えば〜私みたいに髪が長かったり〜そういう男の子? はいるけどあんまり綺麗にしてもそこまで喜ばれないんだよね。何かあっちの自信を下手すりゃ崩壊させてしまうことがあったし、だからそういう男の子はアイドルやモデルにならないと素直に喜ばれないんだよね〜。ほ〜んと参ったよ〜、今は男女差別無くそうみたいは社会なのにさ〜、付き合った女の子の部屋に行った時、ちょっと汚くて我慢できなかったから掃除したの。そしたら、男のくせに細かすぎて引いた、だって!! 料理と裁縫までは許されたけど、掃除はダメだったか〜。なんだかんだで女性って男は細かい方気にしないで粗雑で適当なのを求めているってことなんだよね〜」


 いや、言っていることを聞くとお前にもかなり問題あると思うんだが。ていうかそれモテ自慢にしか聞こえないんだが。男と女、どっちにも失礼。だから一番人気だけどアンチもたんまり多いんだよこいつは。というよりこの話どこに着地するんだ? 

 

 そう思っているのがバレたのか、清川は持っていたペットボトルの緑茶を一気に飲み干してこう言った。


「あ、ごめんごめん。話長くなっちゃったね。だから最終的な結論言うけど、私は普通の人になって普通の恋がしたい。それだけ」


 言いたいことは分かるがその言い方はカチンとくる。多分、他のメンバーも同じなんだろう、と思い見ると純一と秀は清川を睨んでいた。しかし、幹也はなぜか目をつぶっていた。そのつぶり方はまるで見たくない現実から目を背けようとするような、苦しそうな表情だったから、少し気になる。

 

 






 

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