憂れどきの男性アイドル ①




「ねえ、聞いた?」


「ああ、聞いた」


 今年、とある男性アイドルグループのライブイベントが中止になった。

 だけど、そのグループ名が世間一般に知られることは、おそらく無い。

『ジューCボーイ』のメンバーは全員そのことを確信している。俺もその一人だ。


「あ〜マジざっけんなよな。あのクソババア」


「純一、そういう言葉には気をつけろよ。楽屋ならほとんど誰も聞いていないから良いけど、他の場所で言ったら……」


「バレても良いだろ。俺らなんて元々誰からも注目されてないんだしさ。竜太もそう思ってるだろ」


「おい、純一。そういう言い方はやめた方が良いから。一人でもファンがいればそれに応えるのがアイドル、違う?」


「そのファンが問題を起こしたからこういうことになったんですけどね」


 カッコつけて放たれた秀の言葉は純一の一言で消えた。


 そうだ、本当に純一の言う通りだ。

 何がファンだ。一人のファンのせいで何もかもが台無しになったんだろうが。

 相変わらず秀はきれいごとばかり言いやがる。挫折らしい挫折を味わっていない証拠だ。


 今まで何回も失敗したけど、なんだかんだで全てが上手くいっているからそんなことが言えるんだ。この中で、歌もダンスも一番上手くて、作曲することだって出来る。

 少ない機会でテレビに出れば、なぜか大物芸能人に気に入られるし、演技も上手い。


 おまけについ最近は作家デビューだ。


 逆に秀、お前は何ができないのか知りたいよ。そんな奴に俺たちの気持ちなんて分かるわけ無いだろ。


 そう言いたい、だけどそれを言うのは一線超えている。だから言わない。だが、それを超えすぎるくらい超えてしまうのが純一だ。


「さすが、何でも持っている奴は違うよね」


「え、なにそれ。どゆ意味?」


 言葉は軽いが本人の口からは不快感を隠そうとしていない。むしろ見せつけているようにも聞こえる。


「きっとアイドルになる前からモテてモテてしょうがなかったんでしょうね〜。まあ見た目可愛いですもんね〜。あれとか、秀にしかできないよなぁ」


「え? 何の話?」


すると、純一は自分の頬をひとつまみにつねって、声を作ってこう言った。


「ぎゅ〜〜⭐︎」


 これは一時期、秀の中で流行っていた独自の挨拶だ。番組の挨拶や、インスタライブとかに出てくる時にそう言いながら入ってくる。


 なまじ女の子みたいな髪の長さや見た目や体型をしているからだろう。

 秀がそう言うと『かわい〜!!』とかのコメントで埋まる。画面が見えないほどに。


 だけど、いつしかそれはやめた。


 その原因を、初めは俺たちのリアクションが原因なのでは無いかと思っていた。


 正直、その挨拶はファンの女の子にとっては可愛いものかも知らないがメンバー内からは不評であった。

 

 普通に挨拶しろよ、とかよく楽屋で言っていた時があった。

 だから、もしかしたらそれを秀が聞いてしまい、それでやめたのかと思った。


 しかし、そうではなかった。

 これも推測でしかないが、メンバーの中で秀はエゴサーチをする方だ。


 だけど頻繁にする方ではなく、気が向いたらするという形をとっている。

 ある日、俺がたまたまSNSやネットのスレを見ていたら『男性アイドル 勘違いしていまう』という題名のスレがあった。


 ドキッとした。そして恐る恐る見てみると『ジューCボーイ』の秀、勘違いにもほどがある。と書かれているのが目に入った。

 そこからはスレのコメントが伸びに伸びていて、いくつもスレが立つほどになっていた。


『不細工』


『カワイイ担当みたいなことしてるけどブス、そんなにカッコよくない』


『てかあの挨拶が薄寒くてビックリ、なぜお前がいけると思ったの? この勘違い男』


『てか正直言ってこいつらって歌もダンスも下手じゃない? なんかファンの質とか悪そう』


『もう生理的に無理』


『ガチでキモい』


『てか画像がグロいのなんとかして欲しい』


『里田 秀 三十二才。ファ〜』


『それはキツイし痛いしやばい』


『流石に年齢を考えた方が良いです』


 色々なコメントがあった。


 中には、今のご時世で『ジューCボーイ』という名前に文句を言う人もいたし、もう色々だった。


 そういう声があったから秀はあの挨拶をやめた。秀は直接言わないがかなり頭にキテいるのが分かった。ちなみに秀のファンは残念だと嘆いている。


 それを純一は蒸し返しているのだ。


 その言葉を聞いた時、秀の顔色が一気に変わった。真っ赤になり、正にへそで茶を沸かすような顔になった。

 何も言わずに歯を食いしばり、順一を睨みつけている。


「あれ? どうしたの?」


 純一の挑発は止まらない。


「なぁ、それ俺に対して失礼だからな? 礼儀ってのを習わなかったのか?」


「あぁ〜、やっぱそう言うんだね。予想通りだ」


「は? 何が?」


「あの時、君はこう言ってたよね。俺たちのグループが誹謗中傷を受けたからメンバーに迷惑はかけられないからやめたって」


 その通りだった。


 何気なく、純一が打ち合わせの休憩時間に挨拶について聞いた時だった。

 秀はみんなに迷惑がかかると言ってその挨拶を止めたといった。


「自分に対して失礼、それが本音でしょ? 僕たちのグループ全体のことを考えていたわけじゃなかった。違う?」


「違う」


「じゃあ何でさっき失礼とか言ったんだよ」


「いや俺に失礼なことくらいわかるだろ!」


 秀がキレた。


「人にそんな失礼なこと言うのは人として常識が無いって何で分からないんだ!!」


 秀のその言葉はまったくもってその通りだった。しかし、それを言ったのが秀というのがまずかった。


「失礼ねえ、秀が言うと説得力ないんだよね」


「は? え、俺が言うのに問題があるの?」


「あるでしょ、君は結構人に対して失礼なこと言ってるんだよね。会って二回か三回くらいの超大物司会者すずきさんに、もう還暦すぎたみたいな話してた時に、じゃあもうすぐ死にますね〜って」


「いやあれはちゃんと笑いになってたでしょ」


「笑い?」


 純一は洟で笑いながら聞く。


「ああ、そうだ。あれはその場の空気を読んで瞬間的に出てきたワードだった。それで会場が笑ってた面白くなったんだ。失礼じゃなくてギャグなのは誰だってわかるだろ」


「瞬間的に出たワード、ね。なあ、秀。なんでお前が面白いこと言って会場中の笑い誘ったみたいな態度とってんだよ」


「いや事実だろ」


 ああ、こいつは何もわかってきなかった。

 俺だけじゃない。残りの他のメンバーも同じこと考えていたのか、全員ため息をついていた。


「面白くしたのは司会者のすずきさんの力だろ? 君が面白くしたことは何一つない。なんで、それにきづかねえだよ」


「……お前、目上の奴に対する聞き方しつけられてねえのか?」


 とうとう秀は問題を放り投げて、関係ないキレ方をした。純一は一気に馬鹿馬鹿しくなったのか、椅子に座った。


 ちなみに秀と純一だと、純一の方が年上だ。それにも関わらずそういうことを言うのはどんな理由でも失礼だろ。


「まあやめといた方が良いよ。今さらそんなこと言ってもね? ね?」


 好(このみ)がそう言うと二人ともケンカを辞めた。

 

 清川 好(きよかわ このみ)こいつはどこか勘違いしている所があるが、俺たちの中では一番女性人気が高い。二番目の秀が霞むくらい。


 そして、俺たちのファン層は男女比は0.5:9.5だから一番人気がある。ちなみにおれは男性人気が一番高い。


 好はとりあえずレスバに強いし、頭の回転が速いから矢継ぎ早に言葉が出てくるから俺なんかは言葉を選ぶ前に言われている。


 まあ、そんなこいつは問題発言がすごいってので問題児されてるけどな。


 自己啓発本とか紙の無駄だから全部燃やしてキャンプファイヤーにした方が良い。てか実際したことある。過去のおバカな自分にバイバイ( ´∀`)


 デートで奢るのは男として当たり前の行為だけど、奢らせる女にも問題あるから例えば僕がデートで金払った後、ありがとうなんて云うのは傲慢すぎ ワロタ

 

 なんて発言をして炎上してこともあった。


 でもなんだかんだでこいつはレスバと精神が化け物だから全然なんてことない。


 むしろ、批判されたから何? みたいな態度をとる。そういうのでまたファン同士の対立を生むというのを知らないのだろうか。


「まあ、とにかくさ〜。あれじゃない? なんかやばいファンほど声がでかいっていうかさ〜」


 ま〜たやばいこと口に出してやがる。

 見た目が女の子が顔負けするほど可愛いからって何もかも許されるわけじゃねえのに。


「で、今回はどんな時間が起きたの?」


 好がそう言うと、視線が俺に集まる。

 仕方なく俺は手を挙げた。


「えっと……ファンに……暴力を振るっちまったんだ」





 


 

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