かもとりごんべえ ②
「あ、俺の名前は野村 拓哉(のむら たくや)よろしく」
一年生の時、僕に初めての友だち、拓哉君だ。拓哉君は最初は僕に対して優しくしてくれた。というより基本、誰に対しても優しかった。勉強もスポーツ、両方できて優等生だった。僕とは全く逆だった。
しかし、何がきっかけだったかわからないけど、拓哉君はだんだん僕に対して意地悪をしてくるようになった。
でもなんとなくその原因はわかる気がする。
僕はいつも通り悪い手本だった。
直接その子たちのお母さんがそう言っているのを聞いたわけじゃない。だけど、いつもお母さんが「拓哉君を見習いなさい。あの子はあんなにも礼儀正しくて勉強ができて、少しは爪の垢を煎じて読んで欲しいものね」と言っていた。だから悪い見本だった。
拓哉君以外でも他の子を見て、あの子はあんなに字が上手いから見習いなさい、勉強が得意だから見習いなさい、絵が上手いなんてすごいわねあの子は、あんなに思いやりがあるなんてうちの子にも見習わせないくらい、などと言っていた。
そう言われるのが嫌だったけど、少し気を抜くとすぐに忘れて同じことを繰り返してしまったり、また新しく注意されてしまい訳分からなくなる。
この性質をどうしても直すことができなかった。
やばいと思うと焦って何も考えられなくなることもある。
拓哉君はみんなから慕われていて、いつも遊ぶ時、色々な人を呼んでいました。
全員男子で、同じ男の子との遊び方は拓哉君に教えてもらった気がします。
みんなと遊んで楽しかったです。
だけど、みんな時々こっちを見て拓哉君と内緒の話をします。
何してるの、と言って近づこうとすると
「こっち来んじゃねえ!! ドベ!!」などと怒ってきます。そして帰る頃には、ほとんど僕をどこか小馬鹿にするような目を向けてきました。
あの時は何でだろう、また僕は何か失礼なことをしてしまったのかと思い、反省してました。だけど本当は気づいていました。
「この間さぁ、拓哉から聞いたんだけど、権兵衛の奴さぁ、前は友だちの家に入ってきた時は必ず靴を部屋の中に投げていたんだってよ。これやばくね?」
そんなことやっていません。
ただ、お邪魔します、と言わないで入ったのです。靴を投げるなんてしてません。
拓哉君が話を盛ったのです。
「まじ? あいつそんなんなんだ」
「前から変な奴だと思ってたけど、それはキモいな」
「でしょ!? あり得なくね? 人間として!!」
「あいつアレじゃね? 土星人じゃね? あのキモいの」
その頃は人気アニメで土星人というキャラがいて、ある程度人気があるアニメだったけど、僕たちのような子どもの間では、ほとんどその土星人が話題となりキモいとされていました。
その日からあだ名が土星人になりました。
僕の目の前では言わずに、内緒でバカにしていたのはまだマシだったか、嫌だったかは分からない。
「見た? あの土星人さぁ」
「え? なんだ土星人って」
「あれ、あれあれ。ドンケツドンケツ」
「あ〜、はいはいはいはいそういうことね」
そんな話を気づかないフリをして背中に受けていたのは不幸中の幸いと言うべきなのでしょうか。今となっては分かりません。
時々、少し自分のことなのかなと疑い、話している方を見ると、その直前まで僕を見ていた人たちが揃ってそっぽを向き、口を押さえて吹き出したりしていた。
その後はしばらくそんな日々が続きました。学校でもいつも一日に必ず何かを忘れる僕は生徒たちの間で、何回忘れるか、何を忘れるかで、おもしろおかしく笑っていたのを覚えている。
体育でも何でも笑いの対象になっていたのを僕は一生、忘れないだろう。
でもそれは一時期、無くなりました。
三年生に上がり、拓哉君とは別のクラスになったからです。すると、それまでの男子の馬鹿にして笑いは聞こえなくなりました。相変わらず女子には嫌われています。
隣の席に座っている女子は、僕をゴキブリとかを見るような、怖い目で僕を見ます。
何かした覚えが無いけど、きっと何かをしていたのでしょう。
ここまで睨みつけるなんて。
だからできる限り関わらないようにしました。それでも給食で誰一人として机をくっついてくれないのを自覚するとすごく悲しくなります。
男子も離します。まあ無理もないことです。
僕はキモい奴なので。
女の子でもキモいとされている子がいます。
その子は女の子たちから裏で悪口を言われていますが、それでも男子たちが悪口を言うと、時折、反論したり反感を男子にぶつけるなどして、庇います。
男子の場合だと、女子にキモいと噂されても男子が庇うことはありません。だよな、あいつキモいよな。みたいに一緒に悪口を言います。
表では庇われるけど裏で悪口を言われる。
表で悪口を言われて裏でも更に悪口を言われる
どっちがマシなのか僕には分かりません。
そしてどっちが女、男のやり方だと断定することもできません。
ただ、時折、男子が女って怖いよな、なんてことを言っているのを聞くと、君たちも十分怖いよ、と言いたくなります。
そんなことを考えながら、毎日を過ごしてきました。
しかさ、それはたったの一年で終わってしまいました。なぜなら……。
「久しぶりだな、権兵衛」
拓哉君とまた一緒のクラスになったからです。
拓哉君はこれまでと違い、僕に親切にしてきました。何かが変わった。もしかしたらそういうきっかけとかが三年生の時にあったのでしょうか。分からないけどしばらくは拓哉君といました。
三年生の時、僕には友達ができました。
他のクラスで、齋藤 智久君という友だちができました。智久君はゲーム、そしてカードが大好きです。しかし僕はそういうのを持っていません。そして、塾もあるので遊べる時間もありません。
だけどそれでも誘ってきます。
塾だから行けない、と言うとつまらない、と言わんばかりの態度をとります。だから時々サボったりしました。
僕はカードとかを持っておらず智久君もたくさんの友だちがいて、僕はそれを見ているだけです。楽しいと言いながら心の中ではずっと何で僕はここにいるのだろう、と思っていました。
それがお母さんにバレた時、思いっきりぶたれました。お父さんにバレたらもっと怒られるよ、と言われた時、僕はこの世の終わりよりも恐ろしいことになってしまうことを思い、その後から智久君の誘いには何が何でも乗りませんでした。
その頃、再び拓哉君が僕に接触してきました。
「あ、久しぶり。権兵衛」
「う、うん」
久しぶりに会った拓哉君の顔はどこかぎこちない笑顔だった。そこに少しの隙があった。だから変わったと思った。
あの時の意地悪な拓哉君では無い、と。
そして、ある日、智久君もそこに加わり遊びました。ついこの間まで何も思いませんでしたが、拓哉君の家は金持ちです。
大きな洋風の一軒家で、デパートの駐車場のように大きくて緑いっぱいの庭があります。
カードやゲームをいっぱい持っていないわけがありませんでした。
「やべえな拓哉、すっげえよ!!」
智久君は拓哉君の部屋に入った瞬間、大はしゃぎだ。きらきらした瞳で周りを見渡し、アレがある!! とか、モンスターの名前を呼んだりしていた。
その内「拓哉、これどこで手に入れたんだ?」と聞いた。
「ああ、それはね……」
その後は二人の会話についていけなかった。僕は呆然と立ち尽くすしかなかった。
どうしたら良いか分からなくなっている時だ。
くるっ
拓哉君はそんな効果音を立てるかのようにいきなり僕の方を向いてこう言った。
「あれ? 権兵衛、何でこんな所にいるの? 帰った方が良いんじゃない」
自分の目が大きくなるのがわかった。
僕が驚いたのはその言葉じゃない。
僕を見る顔が、あの時と同じような意地が悪く汚そうな顔をしていたからだ。
「なあ智久、こいついらなくね?」
智久君は僕をチラッと見ると、口を歪めてニヤリと笑った。
「それ言えてるわ。たしかにいらねえわ」
「だろ!? 実はさ〜」
その後、何度も聞いた僕の失敗談を拓哉君は智久君に話していた。智久君は心からおかしそうに大口を開けて、ツバを飛ばしながら腹を抱えて嗤った。歯を磨いていないのか、茶色く汚れた歯がネズミのようにやけに大きく見えた。
「いやこいつ何も持ってねえんだよ。見てみ!? 今日も何も持ってないじゃん」
「ホントだ。あれじゃね? 金魚のフンじゃん」
「金魚のフン?」
「知ってる? 金魚のフンってしばらく尻にくっついているからそう言うんだよ。何もないくせに付いてくるしか脳がない奴もそうだからさ、だから金魚のフンって言うんだよ」
「へぇ〜すげぇ〜拓哉、何でも知ってんじゃ〜ん」
「いや、それほどじゃないよ。あ、後こいつさ、二年生の時に」
その後、二人が何を話していたのかはわかりません。というより途中から何を話しているのか聞こえなくなりました。
正確に言うと、声は耳に入ってくるけどそのまま通り過ぎ、会話の内容が頭に入ってこないのです。
その後、家に帰るまでの記憶は曖昧です。
ただ、次の日からあの日々が復活してきました。拓哉君が何か僕の話をして、智久君が笑う。他の子も集まり、ヤバ、そいつやばくね、誰、誰。と言っているのが聞こえてきた。
また耐える日々が戻ってきました。
女子からは相変わらず気味悪がられ、男子からは陰から表から笑われて、親からは怒鳴られる。
その毎日に耐えることが普通の日常でした。今思えば、たったの半年でしたが、あの時はこれがずっと続くのかと思っていました。
ですが、それも半年で終わります。
五年生になり、拓哉君と智久君と離れました。別なクラスになったのです。
だけど、離れたのは良いですけど、友だちは誰一人いませんでした。ぽつん、と一人でいつも教室にいました。
全て同じで、ただ拓哉君たちがいないのだけが違う日々でした。
六年生になりました。
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