かもとりごんべえ ①
ごんべ〜のはたけ〜のカラスがな〜いた
い〜つま〜でたって〜もと〜ばず〜にな〜く
ほ〜じく〜りほ〜じく〜り
い〜つもおんなじと〜ころ〜を〜
ほ〜じく〜りか〜えし〜てば〜か〜り
「おい、この中に名無しの権兵衛さんがいるぞ!!」
先生がそう言うと、くすくすと周りの生徒たちから笑い声が囃し立てられる。
名前を記入していないということにみんなが笑っているわけじゃない。みんなが笑っているのは、『権兵衛』という名前にみんな笑っているのだ。
「誰だ? この教科書の持ち主は」
分かる。肌で感じる。みんながこっちを見ているのを。恥ずかしかったけど、持ち主は僕なので行かなければならない。
みんなの視線が僕に集まる。
何かの漫画で見たことがあるけど、動物園で檻に閉じ込められて物珍しそうに見ることに対して、ストレスを感じていた話があった。
もしかしたら、僕もそうなのかも知れない。ストレスが大きすぎて今にも身体が変色しそうだ。そしたらお医者さんがそのストレスを取り除いてくれるのかな。
「はい」
おそるおそる手を挙げたけど、やっぱり怖かったから手が震えてしまった。
「またお前か、権兵衛!!」
その瞬間、笑い声は爆笑に変わる。
他の人にとっては分からないけど、少なくとも僕にとっては笑いのほとんどは攻撃の意味を持っていると思う。
相手を馬鹿にしたり、笑い物にして注目させたり、悪い見本や落第生の象徴などにするための行動だと思う。
嘲笑
この前、本で見たことがある単語が浮かんできた。今のみんなの笑いを表すならこの言葉が当てはまると思う。
僕は馬鹿にされている。
「全く、しばらくその場に立ってろ」
先生はそう言って教科書を僕に返し、国語の音読を始めるように言った。
何年前から廊下に立たせることをやめたとあったが、正直これだったら廊下に立っていた方がマシだ。
これはまるで旗みたいだ。
こいつはバカですよ、と書いた旗になったようだ。時折、周りからクスクス笑い声が聞こえたり、あいつまたかよ、学習能力なさすぎだろ、なんて言葉が聞こえているような気がする。
分かっている、本当はそれが気のせいだってことを。みんな僕のことを話すどころか見ようともしない。もちろん先生もだ。
当たり前だ。今は国語の時間で教科書を音読する時間だ。誰もが教科書をかじりつくように見ている。だから僕に注目なんてするはずがない。
そんなことを考えると、先生がこっちを見た。いつもの気のせいかと思うと、他の視線を感じた。バッと慌てて周りをみるとみんな僕に注目していた。
え……なに……なんでみんな僕に注目するの……
目で責められいるのが分かる。みんな僕に対して不満を持って見ている。何で
いや、これはいつもの気のせいだ。
みんな注目していないのに注目していると思う僕の想像だ。早く消えて。
そう思い、目をつぶった時だ。
「鴨鳥」
「しぇ!?」
いきなり呼ばれたので変な声が出た。
「次、お前が読む番だぞ」
「あ……」
まずい、全然ついていけてない。どこ? 今どこ読んでるの? と言うより僕も読むの!? てっきり読まないと思ったけど。
「お前、どこ読んでんのか分かんないのか?」
「は、はい」
ッチ
誰かの大きな舌打ちが聞こえた。
その後、先生の怒りで授業が潰れたのはいうまでもない。
僕はいわゆる落ちこぼれという奴だ。
何もかもが足りない人間という意味らしい。クラスメイトにそう言われた。
ついこの間、学校で将来の夢という題名で作文を作る宿題を出された。
僕は幼稚園までは、アンパンマンになりたい、とかルフィになりたいとか言っていた。
男の子らしい子どもっぽい夢だ。
だけどこの時、僕の中には夢があった。
それは作家だ。
ある本を読んで涙が出るほど感動したことがある。何度も何度も読んだから、もう一文目からの記憶さえある。
自分もこんなに勇気づけられる本を生み出したいと思った。だからそう書こうとした。
だけど、その夢はお母さんにバッサリ切られた。お母さんは僕が小説家になりたいって書くと言った途端、怒鳴り始めた。その時の言葉を今でもはっきり覚えている。
「アンタにできるわけないでしょ! あんたは頭が悪いし字も汚いし運動も出来ないし手先と不器用! そんなアンタが作家になることなんて出来るわけないでしょ!!」
「そ、そうなの? でも」
「いい? 小説家って物凄く頭が良くなきゃなることはできないの!! あんたの読んでいるその本だって作者、東大出身よ!? あんたそこに入れる? 無理でしょ!? それにあんたの字、ミミズが暴れたような字書いて、そんなもんでなれるわけがないの!! 大人しく諦めなさい!!」
そう言われたから書き直すことにした。
だけど、もう作家しか夢がなかったから他の夢を考えることはできない。だから、別な夢を今すぐ見つけろと言われても、できることじゃかった。
どうすればいいか分からないから、俺は泣いてしまった。それを見て母親は困惑の声を上げる。
「何で泣くの!? 他に何か無いの? 公務員になりたいとか、警察官になりたいとか」
「……うん、わかった。そう書くよ」
そういうわけで僕の将来の夢の作文は警察官になりたいと書いた。心の中ではそれをずっと否定している。でもどっちにしろ僕の中で作家の夢はその時点で消えた。
何人かのクラスメイトに、実は本当は作家になるって書きたかった、と言うと爆笑が起こり「お前がなれるわけね〜だろ!!」などと言われて終わりだ。
と思ったけどお母さんに言われた時より軽かった。だけどみんなお母さんと同じこと言うんだ。じゃあ、本当に僕は作家にはなれないんだな。もちろん警察官にもなれない。
そう思い、買っていた何十もの束となっている原稿用紙は全部捨てた。できないことは、というより叶わないなら初めから夢なんて見ない方が良い。夢との訣別だ。夢から現実に覚めるために捨てたんだ。
でも、捨てた後、しばらくして思った。
僕の夢は何だったんだろうって。
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