私人逮捕 ⑨




『あの、おねえさん、おねえさん。待って下さい、待って』


『あの、おねえさん。さっき触ってましたよね。この男性のこと』


『いえ、触って』


『ましたよね。思いっきり指でなぞっていましたよね』


『え……いや……その』


『あのおねえさん、触ってたかどうか聞いてるんです。余計な答えいらないんで』


『えっと、私がその人になにかしていたってこと……』


『だから、触ってたか触ってなかったか聞いてんですよこっちは。答えは、はい、か、いいえ』


『…………ちょっと触ったかも知れません、ていうかこれ何ですか?』


(苦笑い)


『いや、ちょっとじゃないでしょ、思いっきり触って』


『だからこれ何ですかって……え? 撮ってるんですかこれ? え? 待って、待って……え、これヤバくないですか? プライバシーの侵害……盗撮ですよ』


『大丈夫、貴方の方がやばいから。触ってたでしょ!? 思いっきりこの男性の背中をガッと掴んで、ガッと!!』


『そんなに掴んでません!!』


『そんなにってことは掴んだんだね? それが答えだね?』


『いえ、それは……違います……触ってません』


『いや、いや貴方さっきそんなに掴んでませんって言ったよね!? しかもその前はちょっと触ったかも知れませんって……貴方、はっきり言ってヤバいです。虚言癖が強すぎます』


『ですから私何も、離してください』


『いや、ちょっと手首に触れただけでしょ? 貴方はそれどころか男性の背中を』


『離してください!!!!』


(女性は嘘に嘘を重ねながら物凄く抵抗してきます)


 雑音  


(一通り暴れて落ち着きました)


『あの、もう一度聞きます。触りましたよね』


『………………はい……触り、ました』


『そうですよね、どのように触りましたか?』


『その……男性の……背中を……ずっと……指でなぞっていました……』


『うん……え、なんでそんなことしたの? あの、何か文字みたいなの書かれませんでしたか?』


(被害者の男性にも事情を聞いています)


『あ、えっと……この人、実はよく見かける人だったので、なんとなく変だなって思っていたんです。そしたら、今日、さっき、背中に指で色々なこと書いてて……』


『え、何て書かれてあったの?』


『えっと、名前と年齢と身長と血液型と……好きな体位と……抱けますか? ってあと……』


(男性の話を聞くと、女性は結局、ホテルに誘っていたらしいです。なんか朝ホテルとか。よく分かんないしキモいです 笑)


『うわ……やばっ……え……よくそんなこと書けますね、ち……さん』


『いや、その……名前言わないでください。本当に勘弁してください』


『え? 別に良いじゃん。これから交番行くんだし』


『いえ、いけません……私、行けません』


『なんで? なんで行けんの?』


『仕事、あるので』


『いや、おねえさん。仕事に行けるわけないでしょって、こんな犯罪』


『ちょっ、ほんとに急いでるんで、会社に遅刻してしまうんで。ほんと、ほんとに』


(ちなみにこの時点で十一時は過ぎてます。もう通常の仕事はとっくに始まってもおかしくないです。それに朝ホテル言うてなかった??)


『ちょっとやめて……やめてください』


『そういうわけには行かないんですよおねえさん。さあ行きましょ、おねえさん、いきましょ』


『はぁぁなぁぁしいぃて!! 離してください離して!! もうううう!!!』


『ちょっ、おねえさん、抵抗しないで。抵抗しないで下さいおねえさん! おねえさん!!』


『大体おかしいんだよ!!』


『え?? 何が?? 何がおかしい??』


『こんな朝からさぁ、いつもいつも大学一年生なのにスーツ着てさぁ!!』


『え??? なんの話??』


『絶対彼女いないだろ!! お前!! お前だよお前!! 彼女いないし付き合ったことも無いんだろ!! 童貞なんだろ!! なあ!! 聞いてんのか!! 聞いてんだろ!? お前だよ!! そこにいるお前に聞いてんだよ!!』


(どうやら女性は自分が痴漢した男性への暴言を吐いているようです。何気にスルーしそうになりましたが、どうして大学一年生だと知っていたのかと言うと以前からストーカーをしていたそうです。その後、彼女はしばらく暴言を吐き続けます。『私が初めての彼女になってやろうとしたんだよ!!』とか言ってるので本当にビビりました)


『おねえさん? ねえおねえさん?? 落ち着きましたか?』


 女性、頷く。


『はい、じゃあ行きましょ』


(とうとう疲れたのか女性は抵抗することをやめてついていくことになりました)


『あの……手、離してくれませんか』


『え? 離す? なんで?』


『痛いので……すごく手を握る力強いので』


『そりゃ無理だよ。だって貴方逃げるかも知れないから』


『……逃げません』


『んなこと信じられるわけねえだろ』


『……ウッザ……マジムカつく』


(交番に着きました)


『ああ、じゃあ入りましょう』


『あの……撮るの……勘弁……』


『ん? なに?』


『あの……動画撮るの、やめてください』


『え、無理』


『え、職場とかにバレたら……大変なんで』


『それだけのことを貴方はしたんですよ。ほら警察署』


『あの、それだけはやめてください。やめてください』


『ほら、抵抗しないでって、ブハッ何かもう子どもの相手してるみてえだな』


(その後、およそ三十分にわたり女は抵抗した後に警察署に入りました)


『あ、すみません。痴漢です、痴漢』


『え!? 痴漢!? この人が被害者?』


『いえ、この人が加害者でこの人が被害者です』


『え……あっそうなんだ……逆じゃないよね?』


『はい大丈夫です合ってます。はい』


(どうやら警察の人も予想外の事態に困惑しています。あんまり無いケースですからね。女性から男性への痴漢のケースなんて)


『あの……僕、大学で授業があるので、ここで行ってもいいですか?』


『あ、すみません。少しだけ事情聴取を』


『あ、はい』


(その後、事情聴取を受けた後、男性は大学へ行きました)


(今回、カバンの中身などは動画に配信いたしません。少し偏見を持たれる危険性が在るものばかり入っていたので)


『はい……何かびっくりですね。女性から男性へって、ね。しかも背中に文字を書くって発想がやばい。うん、自分のプロフィールとか書いてて、あと抱いてほしいとか、ちょっと、ね……チ○○の大きさ何センチとか聞いてたっぽいし……てか今思ったけどなんで周り止めへんの? ね? あんときは気づかんかったけど明らかに異常やろあれ。俺たちの動画にも多分見えていると思うけど……汗。

うん、すっごく流れてたからね。そう……なんで周りは見てないのかなぁ……恋人とかプレイとかだと思ったんかな〜。ん〜』


『あ、どうだったどうだ……え? えぇ? マジで?? ええ?? こわぁ……あ、あの女の人、前科アリです。前も重度なストーカーと不法侵入罪、窃盗で逮捕されたらしいです。ね、こわ〜。見た目けっこう可愛かったけどなぁ。あの見た目なら彼氏とか困らんと思うけど……わからん……全く動機が分からん。とりあえずもう……終身刑でええんちゃう?』


 








 その後は、痴漢をした女性を警察署に送るのを見届けて動画終了となっている。


 これは世紀の大スクープを撮ったような気がした。女性から男性への痴漢なんて滅多に取り上げられないと思った。


 これはメディア出演とかで金を仕入れることもできるかも知れない。そう思っていた。


 だけど、その動画のコメント欄は……。









『過剰暴行じゃない?』


『普通にやりすぎ、見てて腹立った』


『男性の怒鳴り声や詰問ってどれだけ怖いか想像できますか? 確かに女性は許されないことをしたかも知れませんが、今回の行動は全体的に許せない』


『名前バラそうとすんな害悪クソオス』


『これが巷で噂の私人逮捕ってやつか。思った以上に最低で草』


『普通に女の人が可哀想』


『てかそこまでのことしたん? 胸とか尻とか揉んだり、股間をガッと掴まなければいんじゃね?』


『なお、相手の男にとってはご褒美定期』


『指圧マッサージくらいにしか思ってないで』


『ご褒美受けて逮捕させてもらせるなんて良いご身分だなぁ!! さすが学生! 一方で女性の方は過剰な制裁で職を失うハメに……』


『まさに日本って感じやな』


『やっぱこの国は名誉男性の男社会だわ』


『てか、こいつらも逮捕しろよ』








「ざっけんじゃねえよ!!!!」


 思わず里瀬はパソコンをぶっ壊そうと腕を振りかぶっていた。


「お、落ちついてくれ!!」


 止めようとするも、里瀬は暴れ続ける。


「何で今までで一番、低評価が多いんだよ!!! これ結構大事なことだろうが!! たとえ犯罪を犯したとしても、この女性をあそこまで追い詰めるのはおかしい!? んだそれ!! 知ってっからな!! このコメントした奴。前回まで大絶賛してたのをよ!! 痴漢や盗撮をもう世の中から出れないように社会的にぶち殺してくださいとかコメントしてたの、知ってるからな!? 何で痴漢相手が女性だと擁護しまくるんだよ!! あと、いまさら金儲けのためにとこ行ってる奴も、ついこの間まで、痴漢と盗撮する奴らはもう処分して良い、なんて言ってただろうが!! お前ら何なんだよ!!」



 その後、すごく里瀬は暴れまくった。

 見苦しいほどに暴れ回るその姿は、ミミズが苦しみもがく姿を彷彿させる。


 そして、その日に最悪なことが起きた。


 私人逮捕をするような動画投稿者に利益収入が入らないようになったのだ。


 ネットでは、戦犯『ジューCボーイ』などと言われている。


 やっぱり俺たちのあの動画が決めてになったと言われていた。そこから俺たちが嫌われていくのが分かった。


 過去の動画にも『チャンネル停止しろよこの性犯罪者のクソオス』とか色々な誹謗中傷が書かれた。


 あまりにも酷かったのでXにそれを止めるようなことを求めるツイートをしたら『誹謗中傷じゃないでしょ。ちょっと忠告してあげただけでしょ』『この程度の言葉が誹謗中傷なら何も言えんぞ?』などと言われ、Xを見ることさえ嫌になった。


「どうする? やめる?」


 そう言ったのは、ヒデであった。

 あまりにも能天気だから、お前が何かしたんじゃねえか? と思ったけどなにもしていないらしい。


「いや、やる」


 意外な答えだった。里瀬を見るとこいつは炎を灯したような熱い瞳をしていた。


「俺たちの目的は痴漢や盗撮を撲滅する事だ。収入は関係ない」


 改めて里瀬を見直した。


「俺たちは金儲けのためにしているわけじゃない。痴漢や盗撮を撲滅するためにしているんだ。だから辞めない。絶対に」


 やっぱり、こいつ、根は良いやつなんだよ。







 翌日、久しぶりに動画を投稿しようと思い駅に赴いた。


 その時、運良くなんて言うとアレだが、明らかに挙動不審な男がいた。どう見ても女性のスカートの中に自撮り棒を入れている。


「行くぞ」


 里瀬が言うまでもない。俺たちは急いで男に近づく。男はこっちを見てギョッとした。

 

 ほぼ現行犯逮捕だ。里瀬は見事に男を捕まえた。


「おい、おっさん。何堂々と盗撮してんだ」


 その時だった。男がニヤリと笑った。


 その表情に俺、そして里瀬も少し慄く。


「何笑ってるんですか、一人の女性を」


「違います」


 それは毅然とした声だった。

 里瀬の声が止まったのは、その言葉に驚いたからではない、その言葉を使ったのが彼女だったからだ。


「違います。彼は盗撮してません」


 そう言ったのは、さっきまで男にスカートの中を撮られていたような女だった。


「え、何言ってるんですか」


「証拠はあるんですか?」


「そんなん」


 よほど慌てたのか、里瀬はいきなり男のスマホをぶんどって中を見る。しかし、どこを見てもその形跡は全く掴めなかった。


「は? ない? いや、ちょっと待て……どこに隠したんですか教えて」


 里瀬は男の襟首を掴む。だが男はますますニヤニヤしている。


 なんだ、何が起こっているんだ?


「おい、やっぱりアレじゃねえか? なあ、あのツイート、マジだったんじゃねえか?」


「やっぱクズだって証明されてしまったな」


 なんだ、周りの声がうるさい。

 

 ツイートという言葉が出てきたので、Xを開いた。するとトレンドの一位を開くとそこには……


「何で」


 里瀬の不良時代の頃の写真が載せられていた。過去を掘り起こされているのだ。

 誰がこんなことをしたか、もう答えは分かる。俺はヒデの方を見た。だけどヒデよりもその向こう側に視線が注がれる。



 四方八方、全てがスマホに囲まれていた。


「やめろ、撮るんじゃねえ! 撮るんじゃねえ!!」


 里瀬がいくら言っても誰もスマホを下げない。虚ろな目でこちらを見ながらスマホを向けている。


 ああ、そうか。やっと理解した。


 こいつらにとって、痴漢や盗撮の撲滅とかそういうのってそこまで重要じゃなかったんだ。気に入らない、気持ち悪いと思う奴らや物をこの社会から排除したい。それだけだったんだ。


 この間までは痴漢と盗撮がその格好の餌食に。そして今度は異常な動画投稿者として俺たちがその対象に選ばれた。

 

 もしかしたら、今も何かのSNSで撮られているのかも知れない。目が真っ暗になるのが分かった。


「てめえら……ぶっ殺す」


 ふと、里瀬の声が聞こえた。


「ヤバくね? ねえ、これ止めた方が」


 よく分からないヒデが何かよく分からないことを言っている。その顔が少し歪むような笑みをしていたから脳裏に焼きついた。


 ふと、雄叫びが聞こえた。

 どこから手に入れたのか、里瀬は警棒を右手に持ち、スマホ集団に突っ込んでいくのが辛うじて見えた。


 大きな衝撃音、そして悲鳴、その後に僕ほ目の先の景色は真っ暗になった。そんな気がした。

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