私人逮捕 ⑧



 しばらく、目立たないようにバレないようにレオンと協力者はスマホを女性と男性に向ける。しっかり映っているのがバッチリ見えている。痴漢をしている現場はしっかり押さえた。


 そうこうしていると、やがて女性が先に降りる時になった。

 

「行くぞ」


 里瀬の言葉で五人全員動き出した。

 なんだかんだでこの時がある意味辛いのだ。


 乗客に「すみません、どいてくださ〜い」と何回も言いながら進む。中々どいてくれない人もいるし、どくスペースがない時だってある。

 

 しかしそれでも関係なく進まなければならない。理由はもちろん痴漢に逃げられてしまうからだ。


 そして、それに付随して問題なのは里瀬の態度だ。焦ると、どいてくださいから、すぐに「おいどけ邪魔だ。だからどけっつってんだろうがデブ!!」なんて暴言も飛び出す。


 それを編集するのも一苦労なのである。


 そして、今日は里瀬の様子は機嫌が悪かった。先ほどは落ち着いていたが何をするか分からない。緊張して進んでいった。


 だがその心配は杞憂に終わる。


 里瀬は今までで一番、真摯な態度で呼びかけていた。いつもの悪態とは全く比べものにならないほどであった。

 そして今五人は女性が出て行った直後に電車から降り、そのままその女性を追いかけた。


 もちろんその際に、ヒデの方で被害者の男性に話しかけて一緒についていってもらうように言い、交渉していた。結果は同意してもらえた。


 これで残すは、まずは女性を取り締まるだけとなった。


 里瀬はその女性に追いついて手を伸ばした。


「あの、すみません。お姉さんすみません。ちょっと伺いたいのですがさっき……










「俺、少しあいつのこと見直した」


「ん? どしたの急に」


 いつも通り、レオンとヒデは動画編集をする。動画編集をしながらレオンが急にしみじみと語り出したのでヒデは驚きのあまり手を止めた。


「いや、あの撮影の時、実は俺は止めようと思っていたんだ。取り締まろうとするの」


「ふ〜ん」


 その返事でヒデが全く興味ないことをレオンは悟ったが構わず話し続けた。


「俺はあいつの発言で気付かされたよ。そうだよな。性犯罪に男女がどうとか、見た目がどうとか関係ないんだ。されたら誰だって怖いし嫌なんだ」


「あ〜いるよね〜。昔の人で冗談かわかんないけど、女の子に股間掴まれたらラッキーだと思えみたいなこと言うの。確かに嫌だよねえ


 少し話はずれていたが概ねその通りであった。


「ああ、そうだ。もしかしたら今日、電車の中で被害に遭っていた男性も嫌だったと思う……怖かったと思う。だけど俺、こう思っちまったんだ。別に良いんじゃないかって、肩を触られるくらい普通だって。あれほど多くの汗が流れているのを、怖がっている顔を見ていたのにそう思っちまった。最低だった。だけど、手を止めていた時、里瀬の奴が言ったんだ。男とか女とか痴漢に関係ないって、それで目が覚めた」


「ふ〜ん、そっか」


「あいつ、正直言うと俺は金目的でやっていると思ってた。だけど、あの言葉からあいつも真剣な気持ちでやっているって分かった。だから、ヒデ」


「ん?」


「これからも頑張ろうな」


 その言葉にヒデはしばらく口をとんがらせてつぐむ。何も言わないその様子にレオンは不信感を抱いたが、やがてヒデは口を開く。


「まあ、金儲けでやってないかどうかは分かんないけど、よろしく〜」


 相変わらず軽いノリだが、ヒデが頼りになるのは知っていたので、レオンは、ああ、と答えた。


「でもさ〜、レオン」


「ん?」 


 思わずレオンはヒデの顔を見る。

 その顔はなんて言えばいいか分からないが一言で表すなら昏い顔をしていた。

 それが何を意味するのか、レオンには分からない。


「人っていうのは、そんなに変わらないと思うよ。俺はよく知ってる」


「そっか……でも、もう一度、人を信用してみるのも悪くないんじゃ、ないか」


 ヒデは動画編集をしながら何も答えない。

 そのまま何も言わないかと思った時だ。


「俺は裏切られたから分かるんだ」


「裏切られた? 誰に?」


 再び沈黙。話は終わりかと思った時だ。


「昔さ、俺はこんなんじゃなくてもっと物静かで何も喋らない奴だった。何考えているか分からないって、いつも言われていた」


 何を考えているのか分からないのは、いつものことだと、レオンは思ったが、それは心の内に止めようと思った。


「仲良くなった友だちもすぐに周りからとやかく言われていたら離れちゃった。そんな時だ。あいつが来た。里瀬が」


 里瀬に友だちを助けるなんてことをしたことがあったことを聞き、レオンは目を丸くする。


「あいつに誘われて俺の学校生活は変わった。友だちがたくさんできて、漫画とかも興味持って、いろんなイタズラもした。可愛いものからやばいものまでな。俺もガキだった。色々とな」


 ガキなのはある意味で今も同じだと思ったが言わないことにしておいた。


「出会った時、あいつはいつも俺とかに優しかった。成績も良くて運動抜群。みんなの憧れだった。少なくとも男子からは。だけど、何がきっかけかは知らない。急にあいつの態度が激変したんだ。周りの奴に使えないとか当たり散らすは、自分の言う通りにしなかった奴を責めたりもした。そして自分より下だと判断した奴を見下すだけじゃなくて、グループ内でイジリという名のいじめをした」


 レオンはなんとなくその様子を想像することができた。当たり散らす里瀬をなんとかしようと抑える自分。そして、見下されていてホントはいけないことだと分かっているけど、笑っている自分の姿を容易に想像できた。

 

 きっとヒデもそうだったのだろう、とも思っていた。しかし


「俺がそのイジリの標的にされたのも時間はそんななかからなかった」


「え」


 ヒデが里瀬からそんな扱いをされたことが信じられず、ぽろりと驚嘆の声が出た。


 すると、その反応を、予想していたかのように、ヒデは動画編集しながら目だけをレオンに向けた。


「だから、あまり一つの行動で善人なんて決めるもんじゃないと思うよ。本質的に悪なのは変わりないんだからさ」


「そう……だな」


 乾いた笑いが出てきてしまった。

 本当は、それは違うのではないか、と反論したかった。


 しかし、レオンも里瀬の今までの行動を振り返ってみた。


 執拗に怒っているかのように何度も確認する姿、気に入らないことがあるとすぐ機嫌が悪くなる姿、舌打ち、貧乏ゆすり、物を投げたり八つ当たり。

 

 どれもこれも辛いものばかりだった。

 あの言葉だけでチャラには出来ないものだ。しかし、それでもそれを直接聞いてしまったレオンは、それで絆されそうになった。


 自分でも甘い奴だと、レオン自身も自覚した。


 そして翌日、今回は里瀬を加えて何度も確認して、投稿した。

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