私人逮捕 ⑦
その日は干上がるほどの暑い日差しが肌に刺さる紫外線が来る晴天であった。
「あっつ、マジでクソ暑いだろ。ぶっ殺すぞ夏」
「今って秋じゃね〜?」
「うるせえぞヒデ」
「はいはい」
レオン、そして今回来た協力者の一人は内心怖かった。秋なのにこの暑さは信じられないこともあったが里瀬の機嫌の悪さがピークに達していたのだ。
何かあるごとに舌打ちしたり、貧乏ゆすりをするように踵を何回も地面に下ろしたりして、もう機嫌が悪いことを全面的に押し出していた。
協力者は少し気が弱そうな男性だったのでそれをなるべく見ないように顔をそらしていた。しかし、その逸らし方があまりにもあからさまだったのか、何回か。
「おい、お前。お前だよお前」
「あ、僕ですか?」
「当たり前だろうがお前以外いるのか?」
「え、それは」
「いねえよなぁ」
「……」
「返事しねえのか?」
急に協力者に近づこうとしたので「あ、すみません。すみません!!」と協力者は怯えて謝る。それを見て里瀬は舌打ちして踵を返した。
そんなやり取りを繰り返しながら、五人はターゲットを探すために駅にたむろしていた。
予めスマホとかで見張りしてると、バレたり、駅員さんから注意されることもあるので、なるべくバレないようにする必要がある。
しかし発見したら全員が一丸となって行動できるようにする必要もあるので目立たないような格好をして集まっている。
しかし、それは駅にいる時の話で電車に乗ってしまえば話は変わる。
乗客によって全員が絶対に同じ場所にいれるわけじゃないから、なるべく離れないようにするのが精一杯。
撮影するのも至難の業に近い。充電とか足りなくなることもあるし、携帯的に持ち歩いている充電器も使いにくい。なるべく、満員電車に乗って張り込むには十分な充電をしていることが求められる。
そして、この日は異例中の異例が起きてしまったのだ。
いつも通り、彼らは電車の中で痴漢、もしくは盗撮がいないか見張っていた。
痴漢は尻や背中、あろうことが胸を直接触ろうとしたケースもある。そう言ったことから注意深く見ている。
そして盗撮は案外、分かりにくい。自撮り棒を使ったり大胆にスマホを直接スカートの下から写す場合もあるが、最近は超小型のカメラなんてものもある。それを落とした体でしかけることがあり、そこから盗撮なんてこともある。
だから何か落とした物があれば、すぐに確認しないと逃げてしまう可能性もあるし、間違う可能性だってある。
間違うことがあれば金を渡すなら何なりして、謝罪するが里瀬はそれも嫌な風な態度をとるので危ない。
そのようにして彼らは見張っていた。
そのまま半月が過ぎた頃だった。
もう里瀬はイラつきにイラついて軽く舌打ちして拳を軽く何回も膝に落としていた。
この暑さで冷静さを失うのは困ることだ。
やり過ぎる暴力を振るってしまうこともあるからだ。そんな時は動画を撮る風にして撮らない、みたいなことをするが、それでも収穫無しなのは彼らにとっては良い話ではない。
一抹の不安をレオンが抱いている時であった。初めに気づいたのは協力者の一人であった。
「あの……レオンさん……あれ、もしかして」
「え? いた?」
二人は声をひそめて会話する。
協力者はこっそり指をさす。その方向を見てレオンは信じられず眼を大きく開く。
その目に映った光景はこのようなものであった。
身長が百八十は超えていそうで、体型見た感じ鍛え抜かれていそうな筋肉をして、横顔からはなんとも爽やかな好青年に見える。
横からだったので学生か社会人かは不明だがそのあたりの年齢の人物に見える。
そして問題は後ろであった。
後ろには、この夏だからか少し黒いノースリーブのような服を履いている女性がいる。
化粧で年齢は分からないが、アイシャドウをしており、かなり派手であることは確かである。よくよく観察しても、レオンなどはあまり女性の年齢というのが見た目から判断できない男であった。
それに昨今はただでさえ、化粧や身長などで大人に見えているが、実は中学生にもなっていないモデルの女性だっている。だから見た目で年齢が判別しにくくなっている。
その二人の見た目は言ってしまえばどうでも良かった。
問題はその二人がどんなことをしているかだった。
はっきりと二人は言える。もっとこれが逆で、あれば単純な問題であった。しかし、今の状況はその単純とは程遠い場所にある。
前にいる男性は、チラッチラッと後ろを見ようとするが、遠慮しているのか中々見ない。
そして後ろにいる女性は、その男性の背中を人差し指と中指を使い、何度も何度もなぞっている。字を書くわけでもなく、上下に何度も何度も、うっとりするような薄ら笑いをしながらなぞっていた。
それを男性は声を上げずに前を向いて、頬から汗を少し流している。
そりゃそうだ。自分がその男性と同じ立場になってもそうする。まず怖いのもあるが、困惑の方が大きい。この女性は何のためににこう言った行為をするのか、全く理解できない。
レオンは財布をバッグにしまう派なので、スリということも考えられなかった。
それに最近はスリという単語も聞かなくなったので無理もない。
はたしてこれは痴漢なのだろうか、という疑問が二人の中に生まれる。
女性は男性の背中をなぞっている。それだけでケツを触ったり揉んだらしているわけではない。股間を触るということでもない。
背中を触っているだけ。これは痴漢なのか分からなかった。もしかしたらそういうプレイなんじゃないかということも思っていた。
男性が無理矢理、女性に自分の身体を触ることを強要しているのも考えた。
しかし、あの緊張感で切羽詰まったような顔と流れる汗を見るとそうじゃないことは一目瞭然だ。
だから、この両者が逆であれば、男性が女性の背中をなぞっているとかなら痴漢だと言うのは簡単だった。
だが今のような状態だと、これはセーフなのではないか? とも考えてしまう。
女性が男性に痴漢するニュースなんて、最低でもこの五人は聞いたことが無い。だから女性は男性にそういうことを一切しないものだと思っていた。だから、どうするべきか悩んでいた。
痴漢だとしても、女性がしているのはあまり信じられない。それに実は何かのプレイだったということであれば、少し面倒くさいことにもなりそうだ。どうすればいいか本格的に悩んだ時だ。
「おい、撮れ。あれを撮れ」
いつも間にか、里瀬が近づいていた。
「え、でもまだ痴漢かどうか分からな」
「バカかてめえは!?」
里瀬は声ではなく吐息程度で済ませようとしていた。それでも十分大きいことには変わりはなかったが。
「お前、何言ってんだ」
「いや、でも相手は男」
「関係ねえだろ」
その言葉で二人はハッとした。もしかしから誰よりもそういうのを気にしそうな里瀬が言ったから二人はハッとしたのかもしれない。
里瀬は顎を男性の方に少ししゃくり上げた。その合図がなんなのかは言うまでも無い。
「見ろ、あの怯えた顔。痴漢の被害者はいつだって君の悪さを感じて恐怖しちまうんだ。そこに男や女とか関係ねえだろ」
その通りだった。
痴漢に性別なんて関係ない。
男性から女性でも
女性から男性でも
男性から男性でも
女性から女性でも
性別なんてことは些細な問題にも満たない。
相手に性的に嫌なことをして喜ぶ卑劣な行為は許さない。それだけのことであった。
それに二人は気づいた。
「俺は痴漢や盗撮を撲滅するためにやってんだ。性別で左右されるならそんな活動、今すぐやめろって話だ。違うか?」
返事をするまでもなかった。
二人の目は変わり、力強く頷いた。
「よし、行動開始だ」
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