私人逮捕 ⑥



 


 その後、里瀬は開き直った。


「俺、本格的に私人逮捕動画投稿者になろうと思う」


 それを聞いても二人は、お、おう、としか言いようがなかった。しかし里瀬の真剣な思いは痛いほど伝わってきた。


 それもそうだ。なぜなら里瀬は自分の画像が世間に晒されたこと、そして年齢の問題もあり、社会復帰しづらくなった。


 まあ全てはヒデの仕業であったが、二人はわざわざ言う必要ないと思い、そのままにしていた。

  

 こうなってしまえば開き直って、本格的に今やっているこの痴漢や盗撮などの逮捕に精を出すのも分かる。


「まあ、良いんじゃない?」


 まるで他人事のような感想を言うヒデに対して、レオンは少しギョッとしそうなほどの恐怖を抱いた。


 画像を晒して社会復帰しづらくした原因を作った本人が、こうも何も無いように飄々と言えるなんて、レオンには考えられなかった。少なくとも、罪悪感というものが存在していないことも想定した。

 しかし、すぐにそれもおかしくは無い、という考えに変わった。なぜなら


「二人とも、協力できるよな」


 この里瀬の性格だ。全く二人が返事もしていないし、話を聞いたばかりでもう答えが決まっている。しかも完全に自分に同意してくれる前提で話しているのだ。


 これほど自分勝手で、能天気な人間は後にも先にもこの里瀬しかいない。二人は確信していた。








 その後、案外こういう活動を応援している輩は多く、ガタイの良い男の人なども所属していったりして、メンバーはおよそ百人あたり集まってきた。


 初めはやり方が分からないなどと言っていたが、里瀬の怒鳴りとレオンやヒデの指導で徐々に慣れていった。


 しかし、時折こんな声が聞こえてくることもあった。


「レオンさん」


「ん? どうした?」


「なんか、あの人やばくないですか? 里瀬さん」


「あ、あはは……」


「あ、それちょっと俺も思うんすよ」


「あ、お前も?」


「あの人の言うことになんか俺、共感できないことが多いんすよね。ほら、あの人って感想じゃなくて根底の部分から否定するからさ」


「あ〜、それってもしかしてあれ? 映画見てる時BGMが流れると萎えるとか言ってたやつ?」


「そうそれ! それにその理由聞いたら、製作陣が観客に指示している気がして萎える、ほら、ここは怒る場面ですよ〜、泣く場面ですよ〜、面白いでしょ〜、こういうの好きなんでしょ〜、みたいな」


「それガチで困るわ。それで他の奴で何か映画見るの少し億劫になる奴とかもいたわ」


「そこまでなるのは草」


「てかあの人、なんか趣味で漫画とか描いててさ、俺もちょっと絵を描くんだけど、何か話してても、ワンピもナルト、ブリーチ、今だと鬼滅とかさぁジャンプ全部見たこと無いって言っててさ。マガジンもサンデーも何も知らないんですよ。そんでこの漫画面白いよって勧められた漫画見るんだけど、大体グロくて嫌なんだよな」


「分かる、それガチで分かる。てかあの人の勧める漫画って何であんなに犯されるの多いの? しかもその被害者が子どもでしかも大抵は男の子なのな。男の子が大人の男性に酷いことされるのあの人、大好きだよな」


「え? そういう趣味あんじゃね? 男の子に薬とかやって痛めつけるの。身体と精神を。あ、成人男性の奴もあったってよ」


「え? それマ? 引くわ〜、レオンさんたちも気をつけた方が良いかもしれませんね。あの人、いつ薬物とか使ってくるか分からないですもん」


「そ、そうなんだ……」


 正直その話は引いた。久しぶりに会ったからなのか、あと俺が漫画とかに興味ないからか、その話は初耳だった。


 その趣味は少し怖くなる。そこからあいつと一緒の部屋にいるのも避けるようになった。マジで変な薬入れてきそうだから。


 このように、協力者が里瀬のことを嫌い始めるのだ。最も、このグループのリーダーは里瀬であるから二人の内のどちらかが露骨に逆らうなどしない限り反乱的なものは起こらない。


 二人とも不満は色々と溜まっているが、それをすることは無い。なぜなら、里瀬の痴漢や盗撮を追い詰めるやり方は、他には真似できないものがあったからだ。


 相手に不満や反感を抱かせたり、不安を煽るなどして殴られたり、逃げられたら捕まえるが、流石は元有名不良と言うべきなのか、里瀬の喧嘩の実力はずば抜けて高い。


 しかも、ヒデがそこでカバーに入り、相手をそんなに怪我をさせずに拘束することもでき、うまく暴行罪にならないようにしている。


 たまに事情聴取の相手になる警察の態度が気に入らなくて、喧嘩する時はある。それでもなんとか上手くやっていた。


 レオンはこれには脱帽ものであった。


「すごいね〜」


「何が?」


 作業をしていると、突然ヒデがそう言った。


「コメントだよコメント」


 ふと、レオンの中には悪い想像が出た。


「あ〜もしかして、俺たちの悪口とか?」


「ん〜? いや逆。めっちゃ絶賛されてる」


「え?」


 レオンはその言葉を、信じられなかった。

 だからヒデのパソコンを見た。


 するとそこには多くの書き込みが、あった。

『このまま痴漢撲滅応援!!』 

『いつもありがとう』

『みなさんのおかげで毎日の投稿が少し気が楽になりました!! 前に何回か痴漢されていましたがこの動画が流行ったあたりからもうされてません!! 感謝です!!!』

 などといった感謝だった。


 これに三人のモチベーションが上がる。


「ん?」


 しかし、時折、気に入らないコメントはある。たとえ本人にとっては褒め言葉でも他のメンバーからはそう思われないものが。


『里瀬さんカッコよすぎ!!』

 百歩譲ってその言葉が褒め言葉だったとしても、他のメンバーからはあまり良い印象じゃ無い。


 それは許すとしても、中にはこんなとんでもないコメントもある。


『てか里瀬さん以外イラネ』


(ふざけんな……!!)


 思いっきりレオンは豪を煮やす。何も知らない視聴者だから、いかにも里瀬が正義の味方みたいなように見えるかもしれないが、実際はかなり冗談にならないほどの外道だ。


「ガチでムカつくんだけど」


「でしょ? このコメント書いている人たちに今、あいつの悪行を見せてやりたいくらいだ」


「でしょ?」


「それにしてもあいつ遅くね?」


 しかし、そんな時、大変な問題が起きてしまった。


 

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