私人逮捕 ⑤







 数日後もう既に動画は投稿されている。もちろん、里瀬に許可がないわけではない。里瀬はもう出来たら自分の許可なく動画を投稿して欲しいと言っていたので、レオンはそうした。


 この数日間は三人とも全く会うことは無かったが、動画を投稿して初めて会う日になった。ちなみにユーザー名は『里世界警備隊』という名前になった。つけたのは里瀬である。どんな意図でこの名前をつけたのか、二人は分からない。


 動画の概要欄には、痴漢と盗撮を許さないなどと私人逮捕らしい文言を選び概要に載せている。これは動画を撮った後にすぐ作った。


 この日は、それの確かめと動画の反響がどうなっているか見るために集まった。この日まで三人ともどんなコメントが書いてあるかなんて全然見ていない。


「じゃあ、行くぞ。再生するぞ」


 一番の足手纏いだった里瀬が偉そうにそんなことを言っているのがレオンは気に入らない。二人は同意すると、意を決したように里瀬は目をつぶり再生した。


 ガガガ……ガガ、ザザ


 様々なノイズが一番最初に出てきた。


「なあ、いきなり捕まえる所から始まんのかよ」


「え、どういうこと?」


「ばっか、どういうことじゃねえよ。こんなに雑音多くてよ、聞こえにくいし見にくいだろうが。お前ら見栄えってもんを考えろよ見栄えってもんをさ」


「す、すまん」


「それにさぁ、こういうのって一番最初に説明みたいなのするんもんだろ。僕たちは里世界警備隊です。よろしくお願いします。今回僕たちは云々。こうこうこういう人がいて、確信を持って確保しましたとかさぁ。そういうの何とかならなかったのかよ」


「ご、ごめん」


「ごめん、ってそんな可哀想な雰囲気出すなよ。なんか俺が悪いみたいなことになるからさぁ。それとも何だ? 俺が悪いのか俺が。あ?」


「い、いやそんなことは無いよ。全く無い」


「分かってんのかな本当にさぁ……あ〜これもうダメな。これはもうカメラマークがダメ。いいか、俺たちは動画を撮っているんだ。さっきも言ったけど、見やすさってものをだな」


 うるさい、その一言だけがレオンの頭を埋め尽くした。


(そこまで言うなら動画を全面的に任せたのは誰だよ!! お前だろ!! 何もしてないくせに何か一生懸命しているのにみたいな雰囲気出してんじゃねえよ!! な〜にが『俺が悪いのか俺が?』だよ。その通りだよ全部お前が悪いお前が!! でもそれ言ってキレられたらこっちが困るんだよ。相変わらずなんとかならねえのかよこいつの自分勝手さはよぉ!)


 同じような不満をぶつけられてヒデは何を思っているのか気になり、チラとヒデを流し目で見る。


 ヒデは頬杖をかき、たまに退屈そうにあくびをしていた。

 うらやましい、と心の底からレオンは思った。


(きっとこいつは里瀬が今、俺たちのことを責めていても何も感じていないんだろうな。いいよな天然って、何言っても動じることがねえんだからよ。自分以外の相手なんざどうでも良いんだろ。どうせ、今、指摘されているのは俺の方だから、自分に非がない関係ない何も感じないんだろどうせ。良いよな。悩みごとがない奴はよ)


 そんなことを考えていると、いつの間にか里瀬の指摘は動画後半部分に差し掛かってきた。ここまで来るとヒデの撮影期間に入る。


 里瀬はヒデにも容赦ない罵声に似た指摘をした。それに対しヒデは、は〜い、など間延びした返事をするなどして人を食ったような態度をとっていた。

 

 しかし、それに対してヒデは何も感じていないのか、どこを見ているのか分からない視線をしながら生返事をしていた。

  

 うらやましい、と改めてレオンは思った。


 そんなことをしていると動画は終わり、里瀬の総評に入った。色々と指摘されたがレオンの頭の中には入ってこない。怒られたという事実だけが入る。


(なんか……まるで会社だな)


 素直にレオンはそう思った。


 上司に事細かに指示やイチャモンをつけられて、謝罪の言葉を述べながらペコペコと頭を下げる。そして言われたことは自分の頭に入っているわけでもなく、ただ怒られたという事実があるだけでそこに成長の兆しがあることなんて全くない。


 ブラック会社のようだと感じても不思議ではない。それよりもまず、自分たちの関係はと友だちかもしれないが、三人の中で階級がある。

 

 里瀬がリーダー、ヒデが副リーダー、レオンが一番下だった。


 今まで散々、子供の頃から男の人間関係の残酷さを経験していたレオンだったが、再び同じことを味わうのは、レオンの中で耐えがたい苦しみになっているのは確かである。


「はぁ〜なんとかギリギリ及第点だが、こんなもんか」


 その偉そうな物言いに、レオンは歯を食いしばった。


「じゃあコメント見るぞ。期待できねえけどな。まあ、初心者なんてこんなもんだよな。まずは、一歩一歩進んでいけば良い」


(良いこと言っているつもりかよ)


 心の中でレオンは静かに業を煮やす。


(期待できないとか、初心者ならこんなもんとか、お前が偉そうにするんじゃねえ!! お前は一度も動画作成経験者じゃねえだろうが!! 俺がお前らを使ってやってるとか思ってやがんのか? ふざけやがって! 俺らがいなけりゃお前は今の時代に生きることができない不良だろうが!!)


「おい……」


 スクロールする手が止まり、里瀬から震えた声がした。しかし、その後が何も続かない。ただ唇を震わせ、目を一心不乱に動かしているだけ。


「ど、どうかしたのかい?」


 少しでも場を和ませようとレオンは冗談めいた口調で言ったが、里瀬はギョロリとレオンを見た。


「お前……動画の撮影のこと誰かに言ったか?」


「え……言って、ないけど……」


 そう答えると、里瀬はヒデに顔を向ける。


「僕じゃない」


 その返事を聞くと再びパソコンに視線を戻し、ガタガタと震え上がった。


「お前ら、これ見てみろよ」


 そう言われたので二人とも里瀬のそばに行った。すると画面には


   



『てかこれ何年か前に地元で有名な不良だった里瀬君じゃん里瀬君。めっちゃ似てる www あいつ今げんきにしてんのかなぁ。ワンチャン死んでる?』


「おい、ふざけるな!! 過去のことまで見透かすんじゃねえ!!」


 里瀬は怒り狂っていたが、更に怒りのボルテージが激高になることが起こった。


 なんと、いきなりパッとパソコンの場面が真っ暗になったかと思うと、突然、シュポ、と音がすると、可愛らしい天真爛漫な少年の写真が現れた。無表情なのをみると、卒業式であることが読み取れる。


『これが悪魔と呼ばれた不良の過去写真』


 その他にも、他の友だちやレオン、またはヒデとのツーショットなんてのもあった。

 レオンとヒデはモザイクがかけられていたが、里瀬だけはかけられていなかった。


(あれ?)


 それを見て、一人、ある違和感に気づいた。しかし、それを本人に言えばたちまち修羅場になると思ったから、もう一人は言わなかった。

 

「何で俺の過去の画像が載ってやがる。しかもあれ小学校に入ったばっかの写真とかもありやがる……」


「誰かがやったんじゃな〜い?」


「そんなことは分かってんだよそんなことは!! 何で俺の写真が載られたんだよクソ!!」


 里瀬はいよいよイライラが絶頂に達しそうになったのか、テーブルに手を振り上げた。

 

「落ち着いてよ」


 だがそれは、ヒデの鶴の一声で止まった。

 ヒデの声は普段より大きく、少しドスが効いていた。だからなのか里瀬はそうなった。


 ヒデは里瀬に視線を向けると、里瀬は汗を、少し流し始めた。


「過去のことを調べられたからって、それが終わりなんてことはない。ここで里瀬が暴れたら全てが終わる。もし里瀬が暴れる危険性があったら……殺さなければいけない」


 レオンも恐怖した。滅多に本音を言わないヒデは本音を出したら絶対行動するのだ。


 つまり、これ以上、里瀬がガタガタ言ったら殺す、という意味であった。


「分かったよ……くそ……誰がこんなこと」


 その後、三人はもう動画の確認だからで無くなったので解散した。


 









「何か大変だったね」


 その夜、レオンたちはまた動画の編集のために集まっていた。周りに人はおらず完全に二人きりだ。誰かに話を聞かれることなどありえない。


 レオンの隣で秀はクッキーを食べてた。


「めっちゃ怒ってたよな、里瀬。ウケる」


「ああ、あれは少し傑作だったな。何度もあいつの不機嫌だったりブチ切れた顔を見てきたけど、今回はどたまにきてたなありゃ」


「わかるわかる、めっちゃキレてた」


 珍しく二人は軽快に話していて、スムーズに話を進めていた。


「てかあれよく取り出せたよねえ」


「それな、ゴリッゴリのヤンキーだもんな」


「ああ、あの髪とかありえないよな。観察と黒髪混ざりの、あれ? 何だっけ、なんかのアニメキャラじゃなかった?」


「そうそうそうそう、なんか子供向けのバイオレンス漫画のやつ。あれ朝からやってたのビビるわ。みんなトラウマになるだろ」


「あ!! あれか!! 何回も死んだり、キスしたりして過去に戻ることができるあれか!! あれの真似してたのか!!」


「じゃないか? ほとんど同じ髪だし、しらけど」


「あのキャライケメン設定じゃかなったっけ?」


「よせよせよせよせ、あれでも本人、今でもイケメンだと思ってるかも死んねえから」


「え? げっろ、きっつ」


「てか考えれば考えるほどあのアニメが朝七時にやっていたとはお前ねえわ。だってキスシーンがあるだけでも、ん? て思うのに、もう致すシーンまであるんだもん」


「それな、それはビビる」


「そんで最後の方、なんか超能力者だらけになってなかった? あいつもこいつも? みたいな」


「あ〜そうだったっけ?」


「うん、そうだった気がする……知らんけど」


「知らんのかい」


「知らんのよ」


 少し大爆笑とはいかずとも、笑い声を二人は囃し立てた。こんなに仲良くなったのは初めてであった。


「あんさ〜」


「ん〜? 何だい?」


「里瀬の写真載せたの、君でしょ」

 

 時間が凍りつく。時が止まったようにその場の全てが硬直した。しかし、時計の秒針が動く音がやけに大きく鼓膜に入っていく。

 ヒデの方に。


「……一応聞くけど、何でそう思ったの」


 抑揚を感じさせない声でヒデはレオンに聞く。


「写真だよ、里瀬の写真」


「ああ〜、それがどうかしたの?」


「あれはほとんど俺たちが知り合った頃に撮られたような写真だ。だけど、一枚だけ。一枚だけ異例があった」


「異例?」


「その中に俺が全く知らない写真が一枚あった。その写真は、里瀬の奴が小学生の時の写真だ」


「小学生ってそんなよ大したことないでしょ。たしかにあの頃からあいつ変だったし。いつも威張り腐っていたからなぁ。大人になったらマシになるかと思ったらもっとひどくなった」


「そんなことじゃない」


 自分の言葉を否定したような言葉だと解釈したのか、それとも自分の思惑が外れたからか、鋭い目を向けてくる。


 しかし、レオンはそんなことはお構いなし時に話を続ける。


「俺は知らない。あいつのああいう姿を、写真を」


「は? イミフじゃね? お前もあの場にいたじゃん」


 ヒデの言葉を聞き、レオンは、ハッとした顔を一瞬見せたが、それはすぐに冷ややかな顔になった。


「いないよ」


「は?」


「僕が里瀬と知り合ったのは中学生からだ。小学生の時はまだ知り合っていないゆだ」


「あ〜、そういうことか」


 つまり、小学生の時に里瀬とレオンは知り合っていない。知り合っているのはヒデ。


 だから、里瀬の写真を載せることが可能性が多いのはヒデだけねあった。


「ああ〜…………なるほどそっかそっか〜そういうことか〜。たしかにこの二人ならそうだよね〜。あ〜ごめんね? 変な言い回しをしてたと思って。第三者がいるやつな。だけど今回のこれは関係ない気がする。言ってしまえば君の言う通りだ」


 事実を認めたことを聞いても、まだレオンは信じられなかった。あの能天気なヒデがこんなにも真剣な顔をするのが信じられなかった。


「だって、あいつ……うざいじゃん」


「え?」


 意外な理由だった。二人の仲は良好だとレオンは勝手に思っていたが、現実は真逆だった。


 良好どころか、里瀬から不明だがヒデはら完全に里瀬のことを嫌だと思っていた。


「だ〜って遅刻するくせに訳わかんない言い訳するし、しかもその内容つまんないし。それにすぐ人のせいにするし、いつも偉そうだし、さっきだってそうだったでしょ。俺らが作った動画をあいつはずっとこきおろしていたよね。あれに応えない人間いる? もう参ったよ。もう少しで殺す所だった」


 ハッとした。レオンは目から鱗が落ちたのがわかった。ずっと耐えていたのは自分だけでは無かった。ヒデも一生懸命耐えていたのだ。それをレオンはわかってやれなかった。


 その冗談とも言えない物言いにレオンはいつものヒデとは違う雰囲気を感じたので、ぞくっと、体仲の毛を逆立たせた。


 嫌っている。それどころか恐らく、ずっお抱えきれないほどの殺意を隠し持っている。


 隣の芝生は青く見える、なんてよく言ったものであった。


「それで、どうするの」


「え、どうするって」


「あいつに言うの? あのクッソボンボン」


 ブハッ!!


 ヒデの例えがあまりにも面白かったのでレオンは盛大に吹き出した。今までの怒りや苦しみの気持ちは全てそれに変わった。


「言わない。俺もあいつが嫌いだから」


「ふ〜ん」


 まだ疑っているのか、ヒデはそっけない返事をする。しかし、すぐに。


「じゃあ仲間だね。俺たち」


「だな」


 その後は卑怯で汚いし陰湿かもしれないが、里瀬の悪口に悪の話を咲かせた。


 友だちが初めてできた感覚を、レオンは噛み締めていた。


 


 


 



 


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