私人逮捕 ④






『じゃあ行くぞ』


 ガサゴトと雑踏が鳴り始め、カメラの視界が揺れる。それと同時に三人は走り始める。

 男がそれに二度見して気づく。


『まてゴラァ!!』


 その声がすると男は逃げ出した。

 しかし、場面は暗転。次にヒデが男を確保している場面に飛ぶ。ここでわかる人は分かるが、男を確保するまでの下りはまるまるカットした。


 なぜなら里瀬が追いかけ回している時の暴言はあまりにも片腹痛いところがあるからだ。そういうのを聞くとアンチコメントをする奴もいる。だからそうした。


 さて、かなり省略したのは良いが、男が疲労困憊な様子から、追いかけ回したのだというのはバレバレだ。


『お兄さん、お兄さんあそこで何してたんですか?』


『え……いえ何』


『盗撮動画見ていたんでしょ、盗撮動画を』

 

 里瀬が男の言葉を遮り答える。


『いえ……見てませ』


『嘘つけ、見てただろ……なあ』


『見てませ』


『だから嘘つくなって言ってんだろ!?』


 そこで、ヒデが取り上げた携帯を男に見せる。


『ほら、これ。全部盗撮だろ? 違うの? 違うんですか? …………いや何黙ってんの』


 男が何も言わないので舌打ちをする。


『これ!! お兄さんこれ!! 全部盗撮だったんでしょ!!? なんなら見せる!? この場面、動画にあげる!?』


『え、いや、か、かんべん』


『え? いや、何言ってっか聞こえない。ちゃんとはっきり』


『か、勘弁してください』


『え? かんべんしてください?」


「はい……お願いします……あと……撮影も勘弁し」


「いや止めねえよ? 逆になんで撮影とめると思ってんの? 自分は盗撮してるのに。ねえ、何でそんな自己中心に生きてられるの?

 ガチでその精神、理解できないんだけど」


「す、すみません」


「謝んの遅いから。うん、そして謝られても撮影止めないから、ね? お兄さんそれほどのことしたんだから」


『も、もうしません』


『信じられるわけないやろ。ははっ……逆に信じると思った? お兄さんがさぁ、もう二度と盗撮しないってこと。信じると思った? 何度もさぁ、盗撮してるクズに』


『いえ、許して欲しいで』


『だから許さないって言ってるでしょ。それに謝る相手、違うでしょ??? お兄さんが謝らなきゃいけないのは。動画に映っている女の子たちにでしょ。ね……分かる?』


『わ、分かります』


『じゃあ謝って。盗撮してすみませんでしたって』


『盗撮して……申し訳ありませんでした』


『……認めたな?』


『え』


『盗撮したって認めたな?』


『あ……え、その、え……』


『よし、行きましょ。警察行きましょ』


『え……いや、え……』


『いやこれ盗撮だから』


 そこから思いっきり細かなモザイクがかかった画像、そして動画が流れる。顔がかかる所はモザイク。しかし、下半身の下着が映っている場面はモザイクをかけてない。そしてアングルとか視点も撮影者を全く意識していない。演技とかでもない。盗撮であることが読み取れる。


『はい、お兄さん行きましょ行きましょう』


 男は困惑して左右をキョロキョロ見るも、ヒデに立たせられて連れられる。




       中略





『お兄さん、職業何してるの?』


『か、会社員です』


『嘘つけ。そんな会社員がこんな所でウロチョロしてねえだろ』


『いえ、本当です』


『何の会社?』


『いや……それは……』


『ほら嘘だろ。嘘ついてんじゃねえよクズ』


『会社の名前は』


『いや伏せるに決まってんじゃん。何気にしてんだよ。そういうの気にする暇ないだろ』


『はい……すみません』




         中略




『あ、すみません。盗撮です』


『ほら、自分で言って』


 そこからいくつかの会話が繰り広げられる。里瀬は終始、恐喝しているような態度をとっていた。しかも警察官に注意された時、反省するどころか警察官に食ってかかった。


 あまりにもやりすぎで、公務執行妨害として逮捕されそうになった。しかし、それはギリギリで免れた。公務執行妨害って処理が意外と面倒くさいものがあるらしくて、それで逮捕されなかった。レオンとしては逮捕されて欲しいと思ったのは内緒だった。


 もちろんこれもカット。


『本当に許せないですね、ああいう人のこと考えないで卑劣な真似する犯罪者。ああいうのを社会のゴミ? なんて言うんだろうね』


(社会のゴミ……かあ)


 レオンはその言葉を聞き、どこか遠くを見るような目をした。その言葉は散々、自分たちが学生時代の頃に聞いていた言葉だった。


 それを言われるのが屈辱だった。だからその言葉を使う者は誰であろうと許さず、ぶちのめしていた。


 だが、まさか自分たちがその言葉を肯定する側に立つとは思っても見なかった。ふとレオンはヒデを見る。ヒデの瞳には何も宿っていないように見えるが、何が渦巻いているかは分からない。









 カチャ、カチャカチャカチャ ターン


「……よし、終わった」


 そう、レオンとヒデは動画編集をしていたのだ。どこをカットしてどこをどう繋げるかなどを動画を見て判断して作った。

 

 肝心の里瀬は全く動画編集には関わらない。細かい作業とかはお前らに任せる、俺が一番頑張っているんだからお前らも働けよ、なんていうことも言われた。


 それに対し不満を言わないものの、レオンは心の中にずっとためているのであった。

 横にいるヒデを見る。ヒデはカロリーメイトを食べながらキーボードを叩いている。

 何を考えているのか、全く読むことができない。


 レオンはその時、良くない考えが頭に浮かんだ。口角を引きつり言葉をぎこちなく発した。


「あの……さ……どうかしてる……よな。あいつ……さ。俺らに動画編集? 頼むなんてよ」


チラッとヒデの方をレオンは見る。ヒデは無表情でキーボードを叩いている。


「大体、俺が一番頑張った……て何かの冗談かよ。お前が一番、足を引っ張っていたよなって話じゃん。当初の計画忘れて走るわ、暴言多いわ、警察に掴みかかりそうになるわで、あいつが一番足手まといの間違いじゃねえか? 俺らに感謝して土下座するべきだよな、なぁ!?」


 カタ……


 そこてヒデの手が止まった。そして、初めて気付いたかのようにレオンの方を見る。


 賛同するか、それとも否定するか、吉か凶どちらなのか覚悟して、耳を傾ける。

 すると


「あ、ごめん。聞いてなかった」


 すぽん、とヒデはいつの間にかしたのか耳栓を両耳から外した。


 予想外の言動にレオンの空いた口は塞がらない。


「何の話してたの? なんか最後に俺に呼びかけたのは分かるけど」


「い、いや……なんでも……ない、よ」


 言っている内に虚しくなり、レオンは俯いた。どこか透明人間になったような感覚に陥る。


「うん、仕上げも終わったから俺、帰るね」


 ヒデは立ち上がった。


「ああ、じゃな」


 ヒデが立ち去る所をレオンはまともに見ることは無かった。ドアが開閉される音だけがその証拠となるものだった。


「まあ……一応確かめるか」


 誰に言うわけでもなく、徐にレオンは作業を再開した。




 

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