私人逮捕 ③



 


 

 里瀬の計画では、痴漢の時はしっかり画面に犯行を抑えた後に腕を掴む。今回の盗撮の時は、レオンがスマホを近づけさせながら、すみません、お兄さんすみません。と適当に声をかけて反応するかしないかの所でスマホを持ってる手を押さえる。そういう計画だった。


 だが本番で緊張したのか、まずレオンがスマホを近づけようとしたがその前に、いきなり里瀬が小走りし始めた。


(ちょっ、里やん!?)


 コッソリと近づくはずが、里瀬が走り出した。そのせいで計画の根幹が破綻してしまった。更に、疑われた男が、意外と早く気づいてしまった。


 男は初めは自分じゃないと思ったのか、チラッとこちらを見たが、自分のだと分かったのか、一瞬でびっくりして二度見。そこからスマホをポケットにしまい逃げ出した。


「おいこら逃げんな!! おい!! 逃げてんじゃねえぞ犯罪者!! おい!!」


 馬鹿かあいつは!!


 走りながらレオンは心の中で叫んだ。もう一瞬で計画は台無しだ。


 これは下手すると自分たちが逆に逮捕されるかもしれない、とも思った。


 側から見ると、どう考えても柄の悪い不良が、善良な一般市民を追っている図にしか見えない。


 里瀬が、犯罪者!! と叫んでいるからこれは違うのか? と思う人もいるかもしれないけど、そういう人がいることは梅雨に等しい。その程度しか期待できない。


(くそ、あのクソ馬鹿)


 レオンは心の中で毒を吐く。


 思えば、レオンはいつも里瀬に振り回されてばかりだった。里瀬が勝手にルールを作りそれに従う。だけど、ある時に里瀬が飽きたという理由でルールを消す。それまで自分がやっていた行動も変えなければならない。


 どういう場面にそういうことをしていたかなんてのは言い表すことはできない。なぜなら数え切れないほどそういう場面があったからだ。小学生から遊びでもなんでも。


 しかし、そんな中、絶対のルールとして、里瀬を馬鹿にしてはいけないという暗黙の決まりがある。


 例えば、中学時代、自分たちが有名な不良だった時、仲間の一人が里瀬の五十メートル走が七秒後半台のタイムだったので、めっちゃおっそいじゃん、と言ったらその場で顔面複雑骨折されるほど暴力を振るわれた。

 そういうルールがいくつもあった。


 それになんとかレオンはついてこれた。

 ヒデはあの性格だから問題なかった。


 ついてこれなかった者は、大体酷いことになっていた。なまじ不良だったことからそういう末路を辿ってしまったのだ


 だが、好き勝手に暴力を振るっていた当の本人は案外、勉強ができ、大手の会社に入社した。

 

 ふざけるな、と思ったが復讐はできない。

 大体、返り討ちにされるだけだ。


 だが、仕事をクビになり再就職できなくなったなんて、相談が来た時は心の中で喜んだ。ざまあみろ、と。


 そこから今、現在、自分たちが私人逮捕の動画を撮ることになるとは思いもよらなかった。


 つくづく、俺たちの友達関係は正に男社会だとレオンは思っている。


 そんなことを思っていると、いつのまにか自分たちと男の距離が近くなっていた。

 男は自分たちに比べるとスタミナが無いらしい。

 

 レオンは安心したが、それも束の間、すぐに里瀬が何するか分からない、という恐怖に変わった。


「おい逃げてんじゃねえぞおい!!」


とうとう男に追いついた里瀬は思いっきり腕を引き、今にも殴りかかろうとする。


「ま、待って里やん!! 今殴ったらあかん!!」


 おもわず地元の方言をこぼしてしまうほどレオンは焦った。ここで暴力なんて振るったらやばいことになる。


「とりあえず落ち着いて!!」


「うるせえ!!」


 怒号と共にレオンは頬に、鈍い痛みが襲いかかる。


 鼓膜が破れたかのように右耳が音を聞き取ることが出来なくなり、キーンと耳鳴りがする。ズキン、ズキンとその周辺に痛みが走る。

 どうやら、自分は里瀬に殴られたことに気づいた。


「わ、大丈夫かレオン!」


 大丈夫じゃないと言いたかった。

 こういう所がある、里瀬は。

 自分が殴ったにも関わらず、すぐ申し訳なさそうな顔をする。その顔をされるとレオンは許さざる終えなかった。それに状況が異常事態だったから尚更だ。


 その時、男が再び逃げようと駆け出す。

 

 里瀬は顔色を変えて追いかけようとした。

 

 しかし


「行き止まりだから」


 その前にヒデが立ちはだかった。


「っは……はは」


 なぜかそれを見て、里瀬は嬉しそうな顔をしてレオンを見た。


「な!! あいつがいてくれて良かっただろ!?」


「そ、そうだな……はは」


 自分がしたことを忘れて外で遊び回る少年のように無邪気な笑顔を向ける里瀬に殺気を抱いたのは内緒だ。


「あ」


「え、どうした? 里やん」


「カメラとかの撮影、ちゃんとできたよな」


 忘れていた、レオンは里瀬の機嫌を気にしすぎるあまり、撮影どころではなかった。

 途中から全力で走っていた。

 里瀬にどんな言い訳をしたら良いか迷った時であった。


「撮影こっちで撮っていたけど?」


 ヒデがそう言ってスマホを見せた。


 里瀬が大喜びしたのは言うまでもない。


 レオンは顔を引き攣らせながら笑った。






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