第2話

 ………間違いなく見捨てられるな。


 彼はマキアート家の四男だった。

 そして、彼の兄たちは父に似て野心家であり、同時に全員が父の並外れた商才と貴族然とした美しく堂々とした佇まいを持って生まれていた。


 俺だけ無能なんだよな………。


 小さい頃から言われ続けてきた。

 小さい頃から爪弾きにされ続けてきた。


 諦めの極地に至りゆっくりと瞼を落としたアフォガートは、目裏に焼きつく幼き日の、まだ心の底から華やぐような笑みを浮かべていた頃の、この世にあるどんなに綺麗で美しい言葉でも言い表せないくらいに愛らしく、美しく、そして何よりも尊いモカを思い描く。


『アホキャートさまはすごいのですねっ!モカとおんなじ年なのに、もうそんなにも先のおべんきょうをなさっているのですかっ!?』


『見て見てっ!アフォキャートしゃまっ!モカにもできたっ!!』


 小さい頃の彼女は自分の名前を上手に言えなくて、ある日思い立って愛称で呼ばせるようになるまでは出会うたびに何故か違う名前で呼ばれていた。


『アートっ!このお花なんていうの?』


『アートってすごいねっ!モカ知ってるよ。アートみたいにすっごい人のことを“天才”っていうの!!』


 モカは無邪気な笑みで、弱虫で、逃げてばかりで、バカだ、クズだ、ノロマだと罵られ続けてきたアフォガートのことを、ずっとずっと褒め続けてくれた。

 彼女の母君が亡くなられて、父君が壊れてしまって、継母に虐められて自らに余裕がなくなったとしても、モカはアアフォガートに優しくしてくれた。

 それが心の底から嬉しくて、泣きそうなぐらいに嬉しくて、だから、自分がどんなに不利な状況でもモカのそばにあり続けた。


 モカじゃないと何の意味も持たない。


「そうですか。では、俺は自室で休ませていただきます」


 ラテとカプチーノに渡された婚姻届に名前を書いたアフォガートは、自室に篭り部屋の内側に簡易の閂を叩き、ベッドに寝っ転がった。ラテのどうして扉が開かないのかと怒鳴る声と物が壊れる音が聞こえるが、そんなことは知ったことではない。

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