第3話
それから1年はラテとカプチーノが出かけている間のみ部屋の外に出て、長期保存可能なできる限りの多くの保存食等々を持って部屋に立て篭もり、アフォガートはラテたちの興味が自らから去る事を待ち続けた。
日に日に頬がこけ、肌が青白く、筋肉が衰えて行くのを感じたが、アフォガートにはこれしか道が残っていなかった。
ストレスによって喉を通らぬ食事を辛うじて飲み込み、ラテたちに出会った時にはできうる限り虚ろで正気を失った顔と行動をする。
何十年にも感じられる虚無で空虚な時間は、アフォガートの心をじわりじわりと確実に蝕んでいった。
部屋の中でモカの遺していったものに囲まれて暮らしていなかったら、アフォガートは1年も持たずして自害していたかもしれない。
今日も彼女がくれた手紙を撫でて、撫でて、撫でて………、瞳から溢れる涙によって便箋が濡れてしまわないように注意しながら彼女の手紙を抱きしめる。
———コンコンコン、
………このノックの仕方はラテ嬢だな。
居留守を用いようとベッドに寝っ転がった瞬間、アフォガートの耳を不愉快で仕方がない声がくすぐった。
「わたくし、あなたと離婚いたしますわ。幸いにもわたくしとあなたは清い関係。扉の間から離婚届を突っ込みますので、サインしてさっさと返してくださいませ」
僅かな警戒心すらも抱かなかった。
声に歪む愉悦から、彼女がしているであろう荒み切った微笑みから、一瞬でも早く離れたいと思っていたアフォガートにとっては縋るに相応しい代物であったから。
扉の隙間から入ってきた離婚届にじっくりと目を通し、一切の不利益がないことを確認したアフォガートはささっとサインし、扉の隙間から離婚届を返す。
「あぁ、そうそう。お姉様、ターキッシュ伯爵様と結婚なさるそうですわよ。よかったですわね、大好きなお姉様が幸せになられて。あはっ!」
楽しそうな声と共に胸の中に寒い風が吹き荒んだ。
………彼女に幸せになってくれと言ったのは他のだれでもない俺自身じゃないか。
自嘲の笑みを浮かべたアフォガートは、けれど次の瞬間首を傾げる。
ターキッシュ伯は好色で有名な男だったはずだが………、
疑り深く抜け目がなく、それでいてふしだらな人間を嫌うモカの人選とは到底思えない婚姻に、アフォガートは思案に耽るが、やがてそれら全ては意味をなさないと悟り苦笑した。
「………俺はモカが幸せそうに微笑んでいたら、それで十分だ。そうだろう?」
自らに言い聞かせるように呟いたアフォガートはそのままベッドに突っ伏し眠ってしまった。
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