ポッキーよりプリッツの方がゲームとして平等だよね

SEN

本編

「ポッキーゲームってゲームとして不備があるよね」


 突然私の恋人、穂木ほきチコがそんな事を言った。今日は11月11日。世間がポッキーアンドプリッツの日だと騒ぎ立てる日だ。


 かくいう私たちもポッキーとプリッツをそれぞれ二箱ずつ買って、チコの家で軽いお茶会みたいな事をやっていた。


「……何が?」


 50センチ離れた場所に座っている彼女にさっきのセリフの解説を求める。すると彼女はポッキーを一本抜いて私に見せた。


「ポッキーってチョコがついてる方とついてない方があるよね。あれって不平等でしょ」

「まぁ、チョコがある方が太いけど、あれをガチで勝ちに行く人っていないでしょ」


 ポッキーの構造の問題からくる不平等の話をしているのだろうが、そもそもそこまで本気になれる競技性がポッキゲームには存在しない。しかしチコは私の淡白な反応に頬を膨らませて不満を分かりやすく伝えている。


「私は勝ちたいの! りっつんも負けるのは嫌でしょ!」

「えぇ……」


 ポッキーゲームをする間柄の人間にそう考えるわけないでしょうに。でもチコはそう考えてるみたいで、引き下がりそうにない。ポッキーとプリッツを一本ずつ両手に持って、私との距離25センチくらいまで詰め寄る彼女に、さすがの私もまともに取り合わないと置いてかれそうだと悟る。


 ちなみに私に名前は不律ふりつ沙羅さら。チコはりっつんとあだ名で呼んでいる。珍しい苗字だからこっちをもとにあだ名を作ったほうがいいとのことだ。


「そういうわけで、平等な真剣勝負のためにプリッツを使うことを提案します!」

「は、はぁ……え、やるの? ポッキーゲーム」

「やるに決まってるでしょ。というか、これはポッキゲームじゃなくてプリッツゲームだよ。競技性的には本当はこっちが流行るべきだよ」


 チコはそう言いながら逃げ場をふさげようにポッキーを食べると、プリッツの一端を私に向けた。


「くわえて」

「そ、その前にちゃんとした体勢で向き合わないと。この体勢だったらそっちの方が有利でしょ」

「そっか。ふふ、なんだかんだ言ってそっちも乗り気みたいだね。そういうところ好きだよ」

「……はいはい」


 こうやって正面から好きと言えてしまう恋人に、私はいつも振り回されてしまう。彼女は可愛い顔をして、ダウナーで人が嫌いだった私を引きずり回してあれよあれよと恋人にしてしまう策士なのだ。


 いや、チコはなんにも考えてないか。


「これで準備オッケーだね」


 お互いが正座で向き合ってポッキーゲームがやりやすい体勢になる。プリッツをくわえるからか、その距離は僅か20センチ程度。少し私のほうが背が高いから完璧に公平とは言えないけど、彼女はそのことに気が付いていないみたい。


「はい、くわえて」


 そうやってプリッツの一端を差し出す彼女は分かりやすくワクワクしていて、ここでようやく彼女が急にポッキーゲームに異議を唱えた理由を理解した。


「それじゃあ私も」


 彼女もプリッツのもう一端をくわえて準備は完了。あとはよーいどんをするだけなのだけど、チコはプリッツを加えたまま動かない。


 わずか11センチ程度、ポッキーよりも短い距離で見つめ合っている。だから、彼女の完熟トマトのように真っ赤になった顔がはっきりと見えた。自分からけしかけておいてこれなのだから、私の恋人は本当にアホ可愛い。


「……よーい、どん」

「あっ、わわ」


 チコは何も言いそうにないから、私が代わりに合図を送ると、惚けていた彼女は急いでプリッツを食べ進め始めた。カリカリとハムスターのように食べ進める彼女のスピードは私より圧倒的に速い。


 でも私は焦らない。ただプリッツを折らないようにゆっくりと食べ進めてゆく。この後の展開は全部わかっているから。


「ぅぁ」


 彼女の動きが止まる。私との距離はわずか5センチ程度。少しでも前に進めば鼻と鼻が触れ合う距離だ。そして私も食べ進めるのを止める。


 そのままじっと彼女を見つめ続けると、急に私から顔を逸らした。チョコがコーティングされておらず耐久面が低いプリッツは、その衝撃であっけなく折れてしまった。


 プリッツのかけらが白いフワフワのカーペットにボロボロとこぼれ落ちる。私を部屋に呼ぶからか、いつも綺麗にしてくれているのに勿体ない。けれど掃除は後回しにして、私から顔を逸らした敗北者に目を向けた。


「自分から目を逸らしたら負けだったよね」

「お、折れたから引き分けだもん」

「自分で折ってたよね。あれで引き分けって、競技としてダメだと思うんだよね」


 さっきまであんなに近くで目を合わせていたのに、彼女は詰め寄る私を手でおさえて顔を見せてくれない。


「チコの負けで私の勝ち。これでいいよね?」

「わかった! わかったからちょっと止まって!」

「だーめ」


 チコの制止を振り切って覆いかぶさる。それでも抵抗する彼女の頬に触れて、耳から3センチ離れた場所でささやきかけた。


「敗者は勝者の言うことを聞くべきじゃない?」

「ひゃ、そ、それは……」


 チコの考えは手に取るようにわかる。今日という日にかこつけてポッキーゲームをし、私とキスがしたかったのだろう。でもいざとなったら緊張して顔をそらしてしまったのだ。そういう積極的なんだけど詰めが甘いところも可愛い。


 こんなに可愛いところを見せられたら、あなたが大好きな私がどうなっちゃうか分かってるのかしら。


「こっち見て」

「ま、まだ……」


 チコはまだ私をじらすつもりみたいだ。私はあなたの言うことを聞いてあげたのに、そんなの不平等よ。


「だめ」


 彼女の頬を掴んで、無理矢理こっちに顔を向かせる。すると、熟れすぎて堕ちてしまいそうな唐紅の恋人と目が合った。その瞬間、私の本心をコーティングしていたチョコレートがどろりと溶けて、獣のような欲が表出した。


「大好きよ、チコ」


 恋人への愛を伝え、彼女に唇を落とした。


 0センチ。密着した唇から彼女の体温を感じ取る。赤く染まった恋人の体温は私より高くて、触れ合う肌から彼女の忙しない鼓動が伝わってくる。


 キスをした瞬間、あんなに騒いでいたチコは大人しくなり、されるがままになっている。


 キスをするのが目的だとして、ここまで計算通りだったとしたら恐ろしいけど、チコのことだから全部偶然なのだろう。


 ただ私のことが好きで、真っ直ぐ愛を伝えようとした。私もチコが大好きだから、どんな過程を辿ったとしてもこの結果は必然だった。


 口の中に残ったプリッツの塩味が彼女の甘味で上書きされる頃、私はようやく唇を離した。


 満たされた表情で惚けている彼女の頭を撫でると、自分から頭を擦り付けてきて、あまりにも愛おしい姿に自然と微笑んだ。


「りっつん、だーいすき」

「私もよ、チコ」


 私たち二人しかいないこの空間で、ポッキーに負けないくらい甘い言葉を囁く。チコとのキスで私はさらに確信を深めた。


 私たちの愛はプリッツみたく簡単に折れたりしない、永遠のものなんだって。

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ポッキーよりプリッツの方がゲームとして平等だよね SEN @arurun115

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