第29話 ドロップスと呼ばれる神獣たち

「それなら案内してもらえるか?」


 森の中は何が起こるか分からないし、精霊たちがついていてくれるのは、俺としてもとても心強い。


『わたくしたちに任せておけば、何も問題ありませんわ』

『うふふ、アクア嬉しそうね~』

『そうと決まれば! 早速向かうわよ! 人間とおでかけなんてあたし初めて! ワクワクするわ!』


 精霊たちは、嬉しそうに俺の周囲をヒュンヒュン回っている。

 この状況にもだいぶ慣れてきたな!


 ――そういえば、一度行った場所には【地図帳】を使えば転移で行けるんだよな。

 だったら俺が一度ビスマ村へ行けば、連れていくりより安全にエルルを――。

 まあ詳細なポイントは指定できないけど。

 でも、とりあえず森さえ抜ければいいわけだし!


 森の中は思った以上に木々が密集しており、葉の密度も濃い。

 そして地面には、背の低い植物や苔がびっしりと生えていた。

 おまけに、土から飛び出た木の根っこや大きな岩も多く、とにかく足場が悪い。

 だが、「アサヒ」の体は思った以上に軽くて動きも良く、前世で培った感覚も相まって案外サクサク進むことができた。


『アサヒすごーい! 人間ってもっとのろまばっかりだと思ってた! あはは』

「おい、言い方! まあ、前世ではこういう道も嫌というほど通ったからな。でも、それにしたって結構な歩きづらさだな……」


 いくら森が畏怖の対象だとは言っても、たまには冒険者や旅人、商人が通ることだってあるはずだ。

 それなのに、不思議なくらいに人が通った形跡がない。


『この森にはね、精霊の世界に繋がる大樹があるの。だから植物が強い力を持っていて、あっという間に人が通った道を消しちゃうんだー。だから普通の人間は、簡単に森から出られなくなっちゃうの。ドロップスの数も多いしね!』

『毎年、森では何人もの人間が迷いのエリアへ誘われたり、ドロップスに戦いを挑んで命を落としたりしているよ』

「……うん? ドロップス?」


 ってなんだ?

 この国特有の魔物か何かだろうか?

 というか、そんな恐ろしい何かがいるなら先に言ってほしい!


『ドロップスは、人間の言葉でいうなら神獣だよ』

「――――え。し、神獣?」


 アイスによると、ドロップスというのは「神の雫」という意味を持つ神獣全般を指すらしく。それは人間や魔物から精霊と森を守るため、神によって創られた存在だと教えてくれた。


『森は、よくも悪くも大きな力を持っているんだ。特にこの森はね。だからボクたち精霊やドロップスの管理が行き届いていないと、すぐに魔物の巣窟になってしまう』

『つまり、ドロップスは森の管理者ということですわ。でも、ドロップスの生態はわたくしたちにもよく分かりませんの。共存はしているけれど、特別交わることはない存在――と言えば分かるかしら』

「な、なるほど……?」


 まあ人間の好きにさせて、精霊たちの大切な場所が奪われたら困るだろうしな。

 ドロップスは森を「危険な場所」だと認識させて人間を遠ざけ、人間は森は恐ろしい場所だと思って安易には近寄らない。

 だからこそ、このクレセント王国という場所が守られているのだろう。多分。


 ――でも、それなら。

 人間である俺が、「ギルドとの関係を構築したいから」なんて理由で森の特別な薬草を採るのは違う気がする。

 今後のことを考えると、そうした脅威(?)とは良好な関係を保っておきたいし。


「――やっぱり、今日は薬草を採るのはやめておくよ。俺が持ち込んだ薬草で、人間が必要以上に森に近づくようになったら困るだろ?」

『ええっ? でも、採取場所や節度を守れば問題ありませんのよ? 森は、精霊やドロップスだけが独占していいものではないもの』

「人間の中には欲深いヤツもいる。それが金になると分かれば、独占しようと悪だくみをするかもしれない。俺は、不要な争いは生みたくないんだ」


 正直、そういう奪い合いの戦いはもううんざりだった。

 あれはとても疲れるものだ。体はもちろん、心も。


「――その代わりと言ってはなんだけど、君たちに頼みがある。今後も、俺の旅に付き合ってくれないか?」

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