第30話 まったくこれだから精霊は!

『……アサヒは本当に欲のない人間ですわね。まあそこも魅力ですけど!』


 アクアはふう、とため息をつく。

 欲――か。

 第一の人生ではブラック企業で使い潰されていたし、そういう地位や名声、金を欲する気持ちもそれなりにあったけど。

 でもなんか、第二の人生の半ばくらいで使い果たしちゃったんだよな。

 何だかんだで、俺は平凡にのらりくらりと生きる方が向いている。と、思う。


『分かりましたわ。なら、旅のお役に立てるよう力を貸すと約束しましょう』

『アクア抜け駆けずるーい! あたしだって力くらいいくらでも貸すよ!』

「お、おう。ドロップスとやらの怒りを買わない範囲でお願いします……」


 アクアとフラムの言葉に、そして俺の言葉に、ほかの精霊たちもうんうんと頷いてくれた。


『――でもアサヒ、あの獣人の女の子は連れていかなくていいの?』

「えっ? ああ、エルルのことか。フラム会ったことあったっけ?」

『ふっふっふ、あたし見ちゃったんだよねー! アサヒがその子を口説いてるところ♪』

「はああ!?」


 フラムは両頬に手を当て、うっとりしたりニヤニヤしたりしながら俺の周囲をヒュンヒュン飛び回る。

 いったい何を見てそうなったんだ!


『だって「俺は一ヶ月くらいここに滞在して、その後は西へ向かう予定です」って、それってだから一緒に行きませんか? ってことでしょ?』

「いや、それは……そうなんだけど! でもそうじゃねえええええええ!」


 というか、あの場には俺とエルルしかいなかったよな!?

 どうやって聞いてたんだこいつ!


『ええー? 精霊の力を舐めてもらっちゃ困りますなあ。まさか見える人間がいるとは思いもしなかったから油断しただけで、姿を隠そうと思えばそれくらい朝飯前なのですぞ。ふぉっふぉっふぉ』


 フラムはしてやったと言わんばかりのドヤ顔で、謎キャラをキメている。

 何だよそのキャラ! 憎めないのか腹立つのか微妙な気持ちになるからやめろ!


『――で、どうするの? エルルちゃん、連れて行かなくていいのー?』

「……あいつはあとから、転移で連れて行く」

『ええー!? あんなこと言って置いて行くなんてひどくない!? エルルちゃん、見捨てられたって泣いちゃうかもよ!?』

「いや、そもそもまだ連れて行くとは言ってないし……」


 それに、無駄な危険は冒したくない。

 万が一エルルを死なせるようなことがあれば、悲しむ人はたくさんいるのだ。

 もちろん俺だって嫌だ。


『――でもほら、エルルちゃん来ちゃったよ?』

「え? ……は!?」


 フラムの言葉に思わず振り返ると、遠くの方に、大きな荷物を背負ってやってくるエルルの姿があった。

 俺がエルルに気づいたことに気づき、口をパクパクしながらこちらへ手を振っている。恐らく、「アサヒさーん」とか何とかそういうことを言っているのだろう。

 というか、こんな足元の悪い道をそんなヒョイヒョイと……嘘だろ!?!?


「おいどういうことだよ! いったいどうやってこんな――」

『知り合いの精霊に頼んで、ちょっとね~♪ ……あ、あの身体能力は、エルルちゃんが元々持ってる力だからね! あたしは何もしてないよ!』

『ちょっとフラム! いくら面白そうだからって、アサヒの大切なお友達に【誘惑】を使うのはやりすぎですわよっ!』

『あらあら~。いけない子ねえ』


 フラムのこの行動には、さすがの精霊たちも呆れていた。

 誘惑……なるほど!?


『……まったく。でも、来ちゃったものは仕方ありませんわ。フラムがどんな手を使ったにせよ、あの子だって、ここに来るのには相当な『思い』が必要だったはず。なら、それを助けるのも精霊の役目ですわ』

『……そうだね。こうなったら、みんなであの子をビスマ村へ届けよう』

『ち、ちょっと待ってください……大精霊様に怒られたらどうするんですか……』

『うふふ、その時は、みんなでごめんなさいって言うしかないわね~』

『そんなあ……うう……』


 フラムとシャインは楽しそうに、アクアとアイスは自身の役割を果たすために、ウィンはなんか丸め込まれて、エルルを連れて行く決意をしたらしかった。が!


 俺は連れて行くなんて言ってねええええええええ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る