第19話 エルルの両親と故郷のこと

「……どういうことですか?」


 突然連れて行ってほしいと言われても、俺とエルルは出会ったばかりだ。

 それに俺はこの世界のことをまだほとんど知らないし、どんな危険があるのかも分からない。


「……あいつの本当の故郷は、ウェスタ町じゃないんだ。幼い頃――たしか八歳くらいだったか――その頃、両親の仕事でこの町に来た。でもその両親が仕事中に事故で死んじまった」


 ガラルによると、エルルの両親は何かの研究をしていたらしく。度々ウェスタ町近辺の森へ行っていたらしい。

 だがある日、調査中の事故で帰らぬ人となった。


「エルルが生まれた村は、獣人が暮らすビスマ村ってところでな。ここからだと、深い森や険しい山をいくつも越えないとたどり着けない。平民の子ども一人のためにそんな危険を冒せるヤツはいない。だから――」


 ガラルは、西側に小さく見える森を見つめてそう言った。

 エルルの故郷は、ウェスタ町の北西にある森を抜けた先の町を越え、さらにもう一つ森を抜けたところにあるらしい。

 クレセント王国最西端の村。それがビスマ村だと教えてくれた。


「……だからここで暮らすことになった、ってことですか」

「そういうことだ。でもここは獣人の町じゃない。中にはエルルに差別的な、奇異の目を向けるヤツもいる。それでもあいつは、この町を好きだと言ってくれるが――」


 しかし、時々あまり人が訪れないこの花畑に来ては、ビスマ村の方角をじっと見つめている、と話してくれた。

 菜の花はビスマ村周辺に多く見られる花らしく、ウェスタ町にいる間も、たまにエルルの両親が菜の花を使った料理を作っていたらしい。

 まだ幼かったエルルは、「苦い」と言ってあまり食べなかったそうだが……。


 ――にしても差別か。

 レスタでは特に感じなかったけどな。女将さんとも親しく話してたし。

 ……いや、そもそも差別をするようなヤツは、レスタに来ないのかもしれないな。


「……少し考えさせてください。それに、エルルさんの意向も聞きたいです」

「それはもちろんだ。今すぐ決めろなんて言わねえよ。でも、考えてみてくれ」

「分かりました。でも、なぜ俺なんです? てっきり俺は、ガラルさんはエルルさんのことを好きなのかと」


 俺が悪いヤツかもしれない、とは思わないのだろうか?

 ましてや俺は男で、エルルは年下の女の子だ。


「いや、オレにとって、エルルは放っておけない妹みたいなもんなんだ。仲は良いし好きだけど、そういう好きじゃねえよ。それにオレの実力では、あの山や森は越えられねえ。そもそも、今は弟たちがいるから動けねえしな」


 ガラルはそう言って笑う。

 そのカラッとした言い方から、恐らく本心なのだろう。


「おまえはなんか……悪いことができなさそうなヤツに見える。オレの直感だ。エルルも懐いてる。店で会ったときは不審者かと思ったがな。それに、一人で森を抜けてきたってことは強いんだろ? そもそもこんな辺境に旅人が来ること自体珍しい。このチャンスを逃したら、次はいつになるか……」


 ガラルは、どこかでこうしたチャンスが訪れるのを待っていたのかもしれない。

 見た目はいかついが、心は優しいいいヤツだ。


「――そういうことなら」

「助かるよ。ありがとな。んじゃあ、オレはそろそろ行くわ。何かあったらいつでもミスレイ雑貨店に来てくれ。大抵はいるからよ」


 ガラルは立ち上がり、俺に背を向けヒラヒラと手を振り行ってしまった。


 ――考えさせてくれとは言ったものの。

 この世界での俺がどれほどの強さなのか、まだまったく分からない。

 そもそも俺は、自力で森や山を越えられるのだろうか?


 前世ではそれなりに戦闘訓練も経験も詰んでいるし、これでも俺は魔王を討伐した当人だ。

 でも、だからと言って油断はできない。


 ――まあどうせ暇だし、ちょっといろいろと試してみるか!

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