第1話 異世界生活、はじめました

 まあ、ちょっと疲れているのかな、と思った。

 別に100ファンは特別なことではない。それが来てしまう確率は1%だ。1%は小さい数字だと思うかもしれないが、そんなことはないだろう。宝くじに当たる確率を思えば、はるかに高確率といえる。ともあれ、100ファンというのはつきものだ。そこまでショックを受けるほどのものでもない。まあそりゃ、こんな大事なタイミングで100ファンしちゃうとは思わなかったけどさ。

 というわけで、意識がぶれたのは凄まじい眠気に襲われたのだろう。最近は深夜卓が続いて寝不足だったし。この卓が終わったらちゃんと寝よう。このままでは本格的に体調を崩してしまいそうだ。

 

 そう思っていた。次に目を開けたときには、目の前にいる人が誰か分からなかった。明るい茶髪の男女。2人とも西洋風の顔つきをしている。ついでに、その2人が話している言語もよく分からなかった。日本語ではない。英語でもない。それ以外の言語の可能性も考えた。…少なくとも、聞いたことのある言語ではない。

 …訳が分からない。落ち着け。とりあえず状況を説明しよう。言葉はわからなくても、身振り手振りで伝える努力をしよう。そう思って、両手をあげる。


 俺は驚愕した。


 俺の体は赤子だった。

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 俺が生まれてから1か月が経過した。1か月も経過すればだんだんとこの状況を飲み込めるようになってくる。

 俺は異世界転生したのだ。

 俺はまだこの世界の言語が分からないが、俺の名前はわかった。両親は俺のことを頻繁に「フォルト」と呼んでくるから、それが俺の名前なのだろう。

 フォルト。俺はこの名前をよく知っている。俺がこの世界に来る直前までやっていたTRPGにおける俺のPC、「フォルト=シャルロ」だ。おれは、「フォルト=シャルロ」として、「クス伝説TRPG」の世界で生きることになったと考えるのが自然だ。

 しかし、頭では分かっていても、気になることは多い。

 俺はなぜ異世界転生した?俺は死んだのか?いや、そんなはずはない、おれはファンブっただけだ。他のPLはどうなった?俺と同じように異世界転生したのか?KPはどうなっている?声高にファンブルを宣言していたが…。


 TRPGでファンブったタイミングで、俺はどうなるんだ?


 想像したらゾッとした。16歳のときの迷宮探索の決戦中、俺はファンブった。そこで死ぬのか?それはいやだな…。

 よし、そんなことにはならないよう、16歳の迷宮探索までに体を鍛えておこう。

 こうして、俺の異世界生活は始まる。

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 1年が経過。俺は1歳になった。

 1年もこの世界で暮らしていると、この世界の言葉もだんだん分かってきた。前の世界では言語学習が苦手だった俺だが、赤ん坊の脳というのは、言語習得能力に長けている。日常会話ならできるかもしれない。だが、ぺちゃくちゃと喋る赤ん坊は非常に気持ちが悪いだろう。だから俺は、両親に対して「あばー」だの、「ばぶー」だの、「ばー」だのというだけだ。こうすると母は決まって

 「あら~、おしゃべりが上手だこと!賢い子ね~!」

と頬をすりすりされる。この母は若い美人さんだ。前の世界の俺より年下かもしれない。そんな美女ママに頬ずりされる。幸せ以外の何物でもないだろう。

 「この子には強く育ってほしいなぁ」

 こう発言する屈強なこの男は、父だ。汗を拭っている。剣術の修行から戻ってきたところなのだろう。おおっと、お前は俺に頬ずりするんじゃあないよ。汗がべとつくから。にしても、俺は将来、こいつに剣術を習わされるのだろうか。こいつ、スパルタそうだなあ。やだなあ。…いや、強くなっておかないと、16歳の迷宮探索で死ぬかもしれないな。きついのは嫌だけど、剣術の稽古は、真面目に受けておこう。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 俺は2歳になった。

 この世界に来て、はやいもので2年だ。もうおしゃべりをしてもキモがられない年齢だ。

 「それでは、今日の仕事に行ってくる」

 「いってらっしゃい」

 「ああ。フォルト、今日もいい子にしているんだぞ」

 「はい、父さん!いってらっしゃい!」

 こうして、俺は両親の輪に入って会話をするようになった。どうやら俺は、両親に賢い子だと思われているようだ。転生児であることがバレつつあるのか?

 文字も習いつつある。夜、俺が寝る前に、ベッドの上で母に読み聞かせをしてもらっているのだ。美女ママに読み聞かせをしてもらえる。夢のようだ。

 さて、文字の読みがだんだんと分かってきた。だがこうした自然学習では限界がある。俺は言語学習に魔導書「魔導読本」を使うことにした。「魔導読本」は、魔術師になるにあたってまず読む入門教科書のようなものだ。世界の魔術の歴史から始まり、魔術体系の説明、基礎魔術といった内容だ。

 世界の魔術の歴史から読み始める。すごく長い。しかも難解。言語学習の教科書、間違えたか…?と思ったが、この世界の言語というのは割と簡単で、単語さえ覚えれば、文字の習得も苦労しなかった。魔術史に関しては俺も全てを覚えているわけではないし、理解も難しいので、機会があれば紹介するとして。

 魔術体系は面白かった。魔術には大きく分けて、攻撃魔術、防御魔術、回復魔術、特殊魔術がある。攻撃魔術はその名の通り攻撃用で、火属性、水属性、風属性、土属性、電属性がある。防御魔術はそのままだが防御用の魔術。回復魔術は治療に使うもので、再生系、解毒系がある。特殊魔術は、その他みたいな感じだ。実に多彩な魔術があるが、普通の魔術に比べて習得は難しいらしい。

 まあ、これを読んで、この世界が本当に「クス伝説TRPG」の世界だということに確信がついた。攻撃魔術、防御魔術、回復魔術。どの話もルールブックで見たことがある。特殊魔術は、「この世界には特殊魔術なるものもあるが、探索者諸君は知る必要がない」と書いてあったため、知らなかったが。

 キャラシによれば、俺はかなり強い魔術師になるらしい。将来、命を守るために、今すぐにでも基礎魔術の習得に移るとしよう。


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