2.
寝取られ師になるやつは、恋愛にそもそも興味のない人間か、寝取られ趣味の性欲おばけのどちらかで、あたしは前者だ。
正直なとこ性自認も曖昧だし、性欲こそあるから便宜的にはバイセクシャルだと言ってはいるものの、誰かを焦がれるほど好きになって恋して愛して……みたいな記憶は、あたしにはない。
ただそれは人に興味が無いということじゃなかった。
あたしはフウコのことを素直に心配していたし、もちろん寝取られ師としての立場もあるからどうなったのか知っておく必要もあったのだけど、それはそれとしても仮初めの恋人を捨て置くほど、人でなしでもないつもりだった。
あれからしばらくして、傍目から見てもフウコは元気をなくしていた。
前付き合いの仲とは言え、大学の中ではあたしたちは顔見知り以上の振る舞いはしていなかったし、フウコはフウコの交友関係があり、あたしがそれに近づくことはできない。
それでも連絡の一本も寄越さないのはさすがに気になって、あたしは彼女にメッセージを送るが、いつまで経っても返信はこなかった。
それから一ヶ月ほどが経ち、分かったのは、フウコが明らかにあたしを避けているらしいということくらいだ。
――本命の男とは、上手くいってるのだろうか。
「なんか悩んでるね、荒田君」
寝取られ師の友人のイトセが人の良い笑顔でにこにこやってきて、大学の講義前にスマホを見るあたしのことを見透かすようにそう言った。
「られ待ちの子なら、ちょうどひとり紹介できるけど」
「何よ、あんたこの講義取ってないでしょ。……生憎、仕事なら大丈夫よ。もうすぐお二人、お見送り予定」
「荒田君は顔がいいもんね、やっぱりられ師向きだ。――いやられ待ちの子さ、誰を紹介しても相性が悪いのかな、あんまり他のられ師にハマんないっぽくて次を紹介して欲しいんだって。一ヶ月でもう四度目なんだよね。荒田君なら丁度良いと思って」
「なに? やっぱ仕事の話じゃない」
「ごめんごめん。ちょっと訳ありっぽい子で。この子なんだけど」
そう言ってイトセが見せてきたられ待ちの女のインスタのアカウントを見てあたしは驚いた。
そこに写っていたのはフウコだったからだ。
「は? なんでフウコ?」
「あれ、知り合い?」
「先月まで前付き合いしてたのよ。あたしも付き合いやすかったし、いい子だったわよ。え、ちょっとまって。フウコと話したんでしょ、元気だった?」
「元気……ではなかったかな」
「……そう。本命の男と上手くいってないってことかしら」
あたしの言葉に、なぜかイトセの顔が次第に曇っていった。
「……なによ。あたしの方が気になることあるんだけど」
「いや、荒田君のせいじゃなくて、あまり良くないことが起こってるかもと思ってね。――フウコちゃんと前付き合いしてたってことは、もう本命に寝取られた後ってこと?」
「そのはずよ。本命の男が遂に二人きりで会おうって言ってきたって、喜んで話してた。……ただそのあとは知らないのよ。どうもあたし避けられてて。二回くらいメッセージは送ったけど返事はないわね。あたしも寝取られ師だし、あんまり深入りは良くないでしょ。それにオカマとは言え、もう誰かと恋仲になった子にちんぽ付いてるやつが何度も連絡するわけにもいかないし」
「なるほど……フウコちゃんの本命の男って。誰か分かる?」
「知らないわよ。――あ、名前はShojiだわ、確か。多分バイト先のひと?っぽい」
「しょうじ、か」
「聞き覚えがあるの?」
「ちょっとね……待ってて、一本電話」
そう言うとイトセはどこかに電話をかけるために立ち上がった。あたしは少し前に見かけたフウコの浮かない顔を思い出し、頭を抱えてしまった。
「何やってんのよ、あの子ほんとに……」
やがて「お待たせ」と言いながら、イトセが戻ってくる。「しょうじって名前に聞き覚えがあったから、ちょっと先輩に聞いてきた。何年か前にられ師のOBにさ、評判が悪くてられ師会を出禁になった人がいるんだ。とにかく女の子が寝取られるのが好きな人で、られ師としての仕事じゃ飽き足らず、本命の女の子を色んなやつに寝取らせて自分の欲求を満たしてた、最悪な寝取られ師だったって。――名前がショージさん」
「何よそいつ、人としてどうかしてんじゃないの」
「否めないね。……ショージさんのせいでうちの学校のられ師会は荒らされて評判が落ちて、一時期は大変だったみたい。うちのられ師に頼んだら本命にられた後に、さらにられ返されて、らせまでやらせられるとか言われてたらしい。だからフウコちゃんに本命……ショージさんが無理矢理『寝取らせ』をやらせてるのかも」
「……つまりフウコの本命がらせ専のクズだったってことね」
「そういうことだろうね。本来はられるのが生業のられ師に、知らず知らずのうちに人の女を寝取らせる、自分だけがそれを支配してる、みたいなプレイなのかも知れない」
「うわ……追い出された復讐心とかではなく?」
「僕もられ専だから、その心理はなんとなく分かる。――分かるけど、他人を犠牲や道具にして自分の性欲の踏み台にしてるのは頂けないな。それにほら、られ師って結構関係にはドライじゃん? 踏み込んでこないし。しかも前付き合いでも便宜的には恋人になるわけで、風俗とか出会い系よりは素性が知れてるし安全というのもある。女の子にられるのを慣れさせるって意味ではちょうどいい、ってのは勘ぐりすぎかな。でもそうだとしたら、きっとどんどん寝取らせはエスカレートしてくんじゃないかな」
普段は温厚なイトセも、珍しく苛立った様子だ。いまのられ師会のまとめ役としては気が気じゃないというのもあるだろうが、しかしそれにしたって、あたしたちが出来ることは少ない。
少ないけど――
「――ねえイトセ、お願いなんだけど」
「ダメだよ。られ師会としては、もう荒田君とフウコちゃんは終わってるはずだし、会わせられない」
「分かってるからお願いしてんでしょ」
「……やっぱり、荒田君は良い奴だよね」
そう言うとイトセはスマホを机の上に置く。
インスタのDMに、待ち合わせ場所と時間が載っていた。16時に校内のカフェだ。
「られ師会としては会わせられないけど、君が同級生として彼女のことを心配する分には大丈夫でしょ」
「――あんたも大概良い奴よね」
「うっかりが多いだけだよ。うっかり君に画面を見られただけ。今日もうっかり待ち合わせに遅れるかも知れないし」
「恩に着るわ」
「一応、待ち合わせ場所には遅れて僕も向かうけど、トラブルになりそうだったら連絡して。そこに居なかったら、なんとかなってると思うから。後でショージさんの写真、共有しとくから」
講義のチャイムが鳴り、イトセが席を立つ。
「じゃ、今度ごはんね」
「もちろん、ありがと」
そのままイトセは人の良い笑顔でにこにこ手を振りながら、教室を去って行った。
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